

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
目次 -INDEX-
進行性筋ジストロフィーの概要
進行性筋ジストロフィーとは筋繊維が進行性に破壊されていき、徐々に機能を失っていく遺伝性の疾患です。
筋繊維が壊れると、筋力が低下し、最終的には運動機能が著しく低下します。進行性筋ジストロフィーは急激な筋力の低下は引き起こさずゆっくりと進行するため、長期間にわたって患者さんの日常生活に影響を及ぼし、徐々に生活の質を低下させていきます。
進行性筋ジストロフィーの種類
進行性筋ジストロフィーは複数の型に分類されます。臨床症状の特徴や発症年齢、遺伝子異常の形態によってデュシェンヌ型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィー、福山型筋ジストロフィー、筋強直性筋ジストロフィー、肢帯型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーなどさまざまな型に分類されます。
進行性筋ジストロフィーの中で最も発生頻度が高いものはデュシェンヌ型筋ジストロフィーとされています。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの特徴として、主に3〜5歳で発症し進行が速いため、20〜25歳頃には歩行が困難になり、最終的に心不全や呼吸不全で死亡することが多いです。しかし近年では人工呼吸器の導入や薬物の進歩により40歳まで延命が図れた症例報告もあります。
進行性筋ジストロフィーはいずれの型も筋肉を構成するのに必要なタンパク質を作れず筋繊維が変性し、筋力の低下や筋萎縮を生じ運動機能の低下を招きます。型によって症状の経過や合併症も異なるため、正確な型の鑑別を行うことが大切です。
進行性筋ジストロフィーの原因
進行性筋ジストロフィーの主な原因は遺伝的な異常であり、性染色体に関連するものと常染色体に関連するものに分けられます。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーやベッカー型筋ジストロフィーは性染色体であるX染色体に存在するジストロフィンという遺伝子の異常が原因です。
ジストロフィン遺伝子には、筋細胞の膜を守る役割をもつジストロフィンという重要なタンパク質を作る情報が含まれています。この遺伝子が破損または欠損すると、ジストロフィンが合成されず、筋細胞の膜が損傷しやすくなり、筋肉が次第に壊死していきます。
ジストロフィン遺伝子はX染色体上に存在するため、デュシェンヌ型筋ジストロフィーやベッカー型筋ジストロフィーはX連鎖劣性(潜性)遺伝の疾患です。男性の性染色体はXYの組み合わせでありX染色体を1本しかもたないため、ジストロフィン遺伝子に異常があればその男性は必ず発症するという特徴をもっています。一方、女性の性染色体はXXの組み合わせでありX染色体を2本もつため、片方に異常があっても、もう片方が正常であればデュシェンヌ型筋ジストロフィーやベッカー型筋ジストロフィーは発症しません。しかし、女性はキャリア(保因者)として遺伝的に疾患を次世代に伝えていきます。
進行性筋ジストロフィーの発症に関しては、母親がキャリアであることが多く、父親が患者である場合もあります。父親から息子に疾患が遺伝することはありませんが、母親が保因者の場合、約50%の確率で息子に遺伝します。
デュシェンヌ型筋ジストロフィーやベッカー型筋ジストロフィー以外の進行性筋ジストロフィーは常染色体に関連するものがほとんどです。常染色体とは性別に関係なく両親から受け継ぐ染色体であり福山型筋ジストロフィー、筋強直性筋ジストロフィー、肢帯型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは性別に関係なく発症する可能性があります。
しかし進行性筋ジストロフィーは遺伝によることもあれば、突然変異的に発症することもあり責任遺伝子が未同定なものや詳細な発症メカニズムが不明なものも多数存在します。
進行性筋ジストロフィーの前兆や初期症状について
進行性筋ジストロフィーの前兆や初期症状として、筋力の低下や運動機能の低下が現れます。型によって発症時期はさまざまであり臨床像や進行速度には多様性があります。
未満児に発症しやすいデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、通常の未満児が生後12か月目頃から最初の一歩を歩き始めるのに対して、下肢の筋肉に影響を受けやすく歩き始めが遅れることがあります。また、歩いていても階段の上り下りや走ることが難しく、つま先立ちで歩くことが増える場合があります。さらに、歩行が不安定になり疲れやすく、つまずきやすいといった症状が現れやすくなります。
腰や大腿部などの下肢の筋肉が低下すると立ち上がりが容易ではなくガワーズ徴候と呼ばれる特徴的な起立様式を示します。ガワーズ徴候とは座った状態から立ち上がるときに手を膝に置いて支えにしながら立ち上がる動作のことです。筋力低下により足の筋肉が十分に使えておらず、手で膝を支えなければ立つことが難しいのです。この動作は、筋肉の低下を示す典型的なサインであり、筋力低下が進行していることを示唆します。これは下肢の筋肉に影響を受けやすいデュシェンヌ型筋ジストロフィーの大きな特徴です。
また、そのほかの型でも筋力低下だけでなく、筋肉の不均衡な衰退が原因で、姿勢や歩き方に変化が現れることがあります。筋肉のバランスが崩れると、歩行や立ち姿勢が不安定になり、特に前かがみの姿勢が見られることがあります。これは、体を支えるために無意識に体幹の筋肉を過剰に使うために起こります。また、歩行時につま先立ちになりやすくなることがあります。これは、足首の筋力が低下し、かかとを地面に着けて歩くことができなくなるためです。
進行性筋ジストロフィーでは、筋肉が破壊されていく一方で、破壊された筋肉の代わりに脂肪や結合組織が蓄積することがあります。これを筋肉の偽性肥大といいます。筋肉の偽性肥大は筋肉が実際には萎縮しているにもかかわらず、代わりに脂肪や結合組織が増えた結果、筋肉が膨らんで見える現象です。特にふくらはぎの筋肉が膨らんで見えることが多いですが、触ると硬さや弾力がなく、実際には筋肉が減少していることが分かります。
気になる症状がみられるときは神経内科を受診しましょう。
進行性筋ジストロフィーの検査・診断
進行性筋ジストロフィーの診断は、臨床評価を基本に、血液検査、遺伝子検査、筋電図、筋生検、MRIなど、複数の検査方法を組み合わせて行います。特に遺伝子検査は、疾患の正確な診断と型の特定において重要な役割を果たします。
進行性筋ジストロフィーが疑われる場合、最初に行うべきは臨床評価と病歴の聴取です。患者さんの症状や病歴を基に疾患の可能性を検討します。
特に、家族歴の確認が重要です。進行性筋ジストロフィーは多くの場合が遺伝性であるため、家族に同様の症状がある場合、遺伝的な要因が強く疑われます。
血液検査ではクレアチンキナーゼ(CK)の測定を行います。この項目は筋肉の損傷を表し筋繊維が破壊されていく進行性筋ジストロフィーではクレアチンキナーゼが著明に上昇します。しかし、クレアチンキナーゼはほかの疾患や筋肉の炎症でも上昇するため、クレアチンキナーゼの上昇が必ずしも進行性筋ジストロフィーを示唆するわけではありません。
遺伝子検査は進行性筋ジストロフィーの型を特定するのに用いられます。前述の性染色体や常染色体を検査し進行性筋ジストロフィーの診断において最も確実な方法の一つです。
進行性筋ジストロフィーの治療
現在のところ、進行性筋ジストロフィーに対する根本的な治療法は確立されていません。そのため症状の進行を遅らせるためにステロイドを用いることがあります。
しかし、2020年5月に日本初となるデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する治療薬が発売されました。これはデュシェンヌ型筋ジストロフィーの1割弱の患者さんに対して効果があるとの発表があり、ほかの型についても近年の医学の進歩はめざましく新薬の開発が着々と進められています。
進行性筋ジストロフィーになりやすい人・予防の方法
進行性筋ジストロフィーになりやすい人は男性、家族歴がある、特定の遺伝子異常を持つ両親から生まれた人です。遺伝子異常によって発症リスクが高まり、特に乳幼児期に症状が現れやすくなります。家族内ですでに発症している人がいる場合、その遺伝子異常は次の世代に引き継がれる可能性が高くなります。特に、家族内に進行性筋ジストロフィーを患っている親や兄弟がいる場合、その遺伝子異常を引き継いでいる可能性があるため、発症の可能性が高くなります。
また、家族歴に進行性筋ジストロフィーがない場合でも、遺伝的突然変異が原因で疾患が発症することもあります。
進行性筋ジストロフィーは遺伝性の疾患であるため完全に予防する方法はありません。そのため、遺伝カウンセリングや出生前診断を通じて発症のリスクを把握し、リスクのある場合には早期に適切な対応を取ることも可能となります。また、早期に診断することで、症状の進行を遅らせるための治療やリハビリを開始することができ、生活の質を保つための重要な手段となります。
関連する病気
- 心筋症
- 呼吸不全
- 脊柱側弯症