監修医師:
伊藤 規絵(医師)
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筋無力症の概要
筋無力症は、末梢神経(運動神経)と筋肉(骨格筋)の接合部である神経筋接合部の異常によって筋力の低下や疲れやすさが生じる疾患です。
筋無力症には、免疫系が自己抗体を介して引き起こす重症筋無力症(Myasthenia Gravis: MG)と、接合部での先天的なタンパク欠損が原因の先天性筋無力症候群(Congenital myasthenic syndromes:CMS)があります。これらはそれぞれ異なる病態を持つ疾患です。
MGは、全身の筋力低下と疲れやすさを特徴とし、特に眼瞼下垂や複視といった目に関する症状が現れやすいです。重症の場合には、嚥下障害や呼吸困難が見られることもあります。これらの症状は、特に運動後や夕方に悪化することが多い傾向にあります。MGの治療は、神経筋接合部の神経終末から放出され筋肉へのシグナルを伝えるアセチルコリン(ACh)が分解されるのを防ぎ、筋肉でのAChの濃度を高める薬や、ステロイド、免疫抑制剤などを使用することで症状を改善することが可能です。
CMSは、神経筋接合部でのタンパク質の欠損が原因となる遺伝性疾患で、MGや先天性ミオパチーと似た症状を示します。有効な治療法は、原因遺伝子のタイプによって異なります。
筋無力症の原因
MGの主な原因は、自己免疫異常によって引き起こされる神経筋接合部の機能障害です。具体的には、アセチルコリン受容体(AChR)に対する自己抗体が産生され、これが神経筋接合部におけるAChの信号伝達を妨げます。この結果、筋肉への電気信号が正常に伝わらず、筋力低下や疲労感が生じます。MGの患者さんの約60%では、AChRに対する抗体が確認されますが、一部の患者さんでは筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)に対する抗体も見られます。MuSKは神経筋接合部の形成に重要な役割を果たしており、その機能が阻害されることで、さらに筋力低下が進行します。自己抗体の産生メカニズムは完全には解明されていないものの、遺伝的要因や環境要因が関与している可能性があります。
CMSの主な原因は、神経筋接合部で機能する多数の分子のうち、1つの分子をコードする遺伝子の配列が正常者と異なることによって生じます。原因となる遺伝子には、CHRNA1、CHRNB1、CHRND、CHRNEなど現在30種類以上が知られており、13病型に分類されています。ほとんどのCMSは常染色体潜性(劣性)遺伝形式をとり、両親から1つずつ変異遺伝子を受け継ぐ必要があります。一方、スローチャンネル症候群(slow-channel congenital myasthenic syndrome:SCCMS)のみが常染色体顕性(優性)遺伝形式をとります。
SCCMSについて
常染色体顕性(優性)遺伝するCMSの亜型であり、神経筋接合部のアセチルコリン受容体のイオンチャンネルの開口時間が異常に延長する遺伝性疾患です。CHRNA1、CHRNB1、CHRND、CHRNEなどの遺伝子の機能獲得型変異(遺伝子に生じる変異によって、その遺伝子が本来持っていなかった新しい機能や、既存の機能が異常に亢進する変化のこと)が原因となります。主な症状は筋力低下や易疲労性(疲れやすさ)で、発症年齢はさまざまです。治療にはキニジン(主に不整脈治療に使う)やフルオキセチン(本邦では未承認)が用いられ、イオンチャンネルの開口時間を短縮させることで症状の改善を図ります。
筋無力症の前兆や初期症状について
MGの初期症状は、多様であり、個々の患者さんによって異なる場合がありますが、主に眼に関連する症状が多いようです。特に「眼瞼下垂」(まぶたが垂れ下がる)や「複視」(ものが二重に見える)は、患者さんの約半数で最初に現れることが知られています。眼症状のみは眼筋型MGに分類されます。さらに、全身の筋力低下や疲れやすさも初期症状として見られ(全身型MG)、特に午後や夕方に症状が悪化する傾向があります。具体的には、ドライヤーを使っていると途中から腕を上げられなくなる、飲み込みにくくなる、話しにくくなるといった症状が現れることがあります。これらの症状は、運動を繰り返すことでより顕著になり、休息を取ると改善することが特徴です。
CMSの初期症状は、出生直後から現れることが多く、主に筋力低下や易疲労性が特徴です。具体的には、泣く力や母乳を吸う力が弱く、呼吸困難を伴う場合もあります。これらの症状は一時的に軽快することがありますが、その後、幼少期に再び持続的な筋力低下が見られることがあります。また、運動時に筋力が弱くなる傾向があり、日ごとに筋力の変動が認められることもあります。眼球運動障害が見られることもありますが、必ずしも全ての患者さんに現れるわけではありません。特にスローチャンネル症候群では成人発症もあり、顔面の小奇形や四肢の筋萎縮を伴うことがあります。
筋無力症の病院探し
小児科や脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
筋無力症の検査・診断
MGの診断は、臨床症状と複数の検査を組み合わせて行います。
1.血液検査
抗AChR抗体や抗MuSK抗体の有無を調べます。一方で、全身型MGでは抗体陰性MG(seronegative MG)も一定数(約12〜17%)見られます。
2.塩酸エドロホウム(テンシロン)試験
コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬である塩酸エドロホニウムを静脈内投与し、症状の改善を観察します。短時間作用性のため、急速に症状が改善し、その後再び悪化する様子を確認できます。
3.アイスパック試験
冷却によって眼瞼下垂が改善するかどうかを確認する簡易テストです。神経筋接合部の温度低下により、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)の活性が低下し、症状が一時的に改善することを利用しています。
4.反復刺激試験
短い間隔で電気刺激を繰り返し与え、筋肉の電気的反応を測定します。MG患者さんでは刺激を繰り返すと反応が徐々に小さくなります(漸減現象:Waning)。
5.単線維筋電図(Single-fiber electromyography:SFEMG)
同一運動単位に属する1〜2個の筋活動電位を記録し、神経筋伝達の機能を評価します。MG患者さんでは、終板電位の発生からシナプス後膜の活動電位発生までの時間的揺らぎ(jitter値)が異常高値となります。
CMSの診断は、臨床症状に加えて遺伝子検査(特定の遺伝子変異を確認)が行われ、確定診断において最も信頼性があります。
筋無力症の治療
MGの治療には、対症療法と免疫療法、胸腺摘除術があります。
1.眼筋型MG
眼瞼下垂のみの場合は、対症療法として、ChE阻害薬(ピリドスチグミンやアンベノニウム塩化物など)とnaphazoline点眼液(本邦は保険適用外)が用いられます。
2.全身型MG
ChE阻害薬(神経から筋肉への信号伝達を増強し、筋力低下や易疲労性などの症状を改善)、免疫療法、ステロイド薬から開始します。ステロイド薬や免疫抑制剤(アザチオプリン、シクロスポリンなど)、分子標的治療薬(補体C5関連治療薬:エクリズマブやラブリズマブ、ジルコプランやFcRn阻害薬:エフガルチギモド、ロザノリキシズマブ)は自己抗体の産生を抑制し、疾患の根本的な改善を目指します。さらに近年は大量・長期ステロイド投与の弊害を避けるために「早期即効性治療(early fast-acting treatment:EFT)」が主流となって来ています。これは、免疫グロブリン療法や血漿浄化療法にステロイドパルスを上手に組み合わせながら初期から治療することで、経口ステロイドを少量に抑えたまま治療目標を達成する治療法です。
3.胸腺腫を合併したMG
第一に胸腺摘除術が施行されます。その後、全身型MGの治療に則ります。
CMSの治療にはMGと同様の薬物治療があります。しかし、病型によって、ChE阻害薬は無効または、症状を増悪させることが報告されており、使用においては注意が必要です。またDOK7型筋無力症など特定の遺伝子変異に基づく疾患では、最近の研究により神経筋接合部の形成を促進する治療法がマウスの実験で開発されています。
筋無力症の対処法
MGとCMSは厚生労働省の特定疾患(指定難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。
筋無力症になりやすい人・予防の方法
MGは、特に女性に多く見られ、発症年齢は20代から30代と60代以降にピークがあります。男性では一般的に60歳以上での発症が多いようです。甲状腺疾患や膠原病など、他の自己免疫疾患や胸腺腫を罹患している人もMGを発症しやすいです。
予防は、バランスの取れた食事や定期的な運動を心掛け、免疫系を維持します。またストレスは症状を悪化させる要因となるため、リラクゼーションや趣味を通じてストレスを軽減することが重要です。早期発見と治療が重要であり、特に家族に自己免疫疾患がある場合は注意深く観察する必要があります。
CMSは、主に遺伝的要因によって発症するため、家族にこの病気を罹患した人がいる場合、リスクが高まります。また常染色体潜性(劣性)遺伝が多く、両親からそれぞれ遺伝子の変異を受け継ぐことで発症します。
予防方法としては、家族にCMSの患者さんがいる場合、遺伝カウンセリングを受けることでリスクを理解し、適切な対策を講じることができます。また早期診断と治療が重要です。出生時や幼少期に筋力低下の兆候を見逃さず、専門医による早期診断を受けることで、適切な治療を開始できる可能性があります。
これらの対策を通じて、MGやCMSのリスクを軽減することが期待されます。
関連する病気
- 胸腺疾患
- 自己免疫疾患
- 神経筋疾患
- 甲状腺疾患
- 薬剤誘発性筋無力症
参考文献