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監修医師:
神宮 隆臣(医師)
脊髄性筋萎縮症の概要
脊髄性筋萎縮症(SMA)は、脊髄の中にある「脊髄前角細胞」が徐々に変性し、消失していくことによって引き起こされる遺伝性の神経筋疾患です。この病気は、主に体幹や手足を中心に全身の筋肉に影響を与え、筋力が低下したり、筋肉が痩せていったりします。その結果、運動の発達が遅れるといった症状が現れます。SMAは「常染色体劣性遺伝」と呼ばれる遺伝形式をとり、両親からそれぞれ1つずつ、異常のある遺伝子を受け継ぐことで発症します。
脊髄性筋萎縮症の原因
脊髄性筋萎縮症(SMA)は、主に「SMN1」という遺伝子に異常が生じることで発症します。この遺伝子が正常に働かないと、「運動神経細胞生存(SMN)」タンパク質が十分に生成されず、不足してしまいます。結果として、脊髄の中にある運動神経が壊れてしまい、筋肉を動かす機能が損なわれます。SMNタンパク質は、体のさまざまな臓器や組織で重要な役割を果たします。SMNタンパク質不足は、特に脊髄運動神経細胞に大きな影響を及ぼします。ただし、なぜ運動神経細胞に影響を与えるのかは、まだ完全には解明されていません。
SMAの発症には、「SMN1」遺伝子と「SMN2」遺伝子の2つが関わっています。「SMN1」遺伝子が正常に機能しない場合、「SMN2」遺伝子が代わりに少量のSMNタンパク質を作ります。SMN2遺伝子が多いほど、症状は軽くなる傾向がありますが、作り出されるタンパク質の量は十分ではありません。
SMAの約95%の患者さんでは、「SMN1」遺伝子の特定の部分(エクソン7・8またはエクソン7)が両方とも欠失しています。残りの5%は、一部が欠失しているか、遺伝子のわずかな変異によって発症します。そのため、多くのSMAは両親ともに遺伝子異常を持っていて、偶然異常な遺伝子同士が対になることで発症する常染色体潜性遺伝の形式をとります。
脊髄性筋萎縮症の前兆や初期症状について
脊髄性筋萎縮症(SMA)の初期症状は、病気のタイプ(0型~5型)によって異なり、症状が現れる時期もさまざまです。ここでは、各病型の主な初期症状を紹介します。小児の場合は小児神経科、成人では脳神経内科を受診しましょう。
0型(最重症型)
最近になり認知されるようになった最重症型です。すでに胎児期に発症し、子宮内で胎動が少ないなどで気づかれることがあります。出生直後から筋力低下のため呼吸障害が見られます。積極的な蘇生処置、人工呼吸器が必要となります。
1型(重症型)
生後6ヶ月までに発症する重症型で最もよくみられます。出生後から全身の筋力低下が目立ち、呼吸が悪くなったり、哺乳が難しかったりします。首がすわらず、座れるようになりません。泣き声が弱く、哺乳がうまくできない、仰向けに寝たときに手足を上げるのが難しい(frog-leg姿勢)、呼吸の仕方が異常(奇異呼吸)などの症状が見られます。
2型(中間型)
生後6ヶ月から18ヶ月もしくは1年6ヶ月までに発症します。座ることはできても、歩行が難しい場合が多い。運動の発達が遅れ病状が進行すると、運動能力が低下し、できていた立ったり、歩いたりすることもできなくなってしまいます。さらに、飲み込む機能も低下し、肺炎などの呼吸器感染症を繰り返します。筋力低下、関節の固まり、背骨が曲がる(側弯)、呼吸器感染、飲み込みが難しいなどの症状が見られます。
3型(軽症型)
生後18か月(1年6ヶ月)以降に発症します。自分で歩くことができるようになりますが、運動は苦手なことが多い。転びやすかったり、かけっこが遅かったりすることで気づかれることがあります。徐々に運動機能は低下し、次第に歩けなくなります。転びやすくなったり、歩行が困難になることがあります。手を上げるのが難しく、背骨が曲がることもあります。
4型(成人型)
成人期に発症し、一般には30代以降が多い稀な型。徐々に筋力が弱っていくが、歩行ができなくなることはない。
脊髄性筋萎縮症の検査・診断
脊髄性筋萎縮症(SMA)の診断は、臨床症状と遺伝子検査によって行われます。
臨床症状
SMAの症状は病気のタイプによって異なりますが、共通して以下のような症状が見られます。
筋力低下
症状は全身に及びますが、体の中心部分(体幹)や首の筋肉が弱くなります。
筋萎縮
筋肉が痩せて細くなります。
運動発達の遅れ
座ったり歩いたりするのが遅れたり、一度できるようになった動作ができなくなることもあります。
深部腱反射の低下または消失
例えば、膝の皿の下には膝蓋腱があります。通常では腱反射が起きるのですが、SMAでは起きにくかったり、起こらなかったりすることがあります。
線維束性収縮
舌や腕、足などの筋肉自体が細かく震えることがあります。疲れた時に目の周りの筋肉がぴくつくことがありますが、その時のような小さなぴくつきが、筋肉の一部で見られます。
遺伝子検査
SMAの確定診断には、遺伝子検査が欠かせません。この検査では、SMAの原因となる「SMN1」遺伝子の欠失や変異を確認します。
MLPA法
SMN1遺伝子のコピー数を調べるために使われる一般的な遺伝子検査です。
SMN1遺伝子の塩基配列解析
MLPA法でSMN1遺伝子が1コピーしかない場合、もう片方のSMN1遺伝子に変異がないか、さらに詳しい解析を行います。
SMAの診断手順
1.SMAの症状が疑われる場合、まず血液検査や筋電図などの基本的な検査を行います。
2.検査結果と症状を総合してSMAが疑われる場合、遺伝子検査(MLPA法)を実施します。
3.MLPA法でSMN1遺伝子の欠失が確認されれば、SMAと診断されます。
4.もしSMN1遺伝子が1コピーしか検出されない場合、SMN1遺伝子の塩基配列解析を行い、細かい変異がないか確認します。
早期診断の重要性
SMAは進行する病気のため、早期診断と治療が非常に重要です。最近では、新生児のマススクリーニングが行われるようになり、早期診断が可能になりつつあります。
鑑別診断(他の病気との区別)
SMAと似た症状を持つ病気はたくさんあります。そのため、ほかの神経や筋肉の病気(筋ジストロフィーや先天性ミオパチーなど)や、脳の障害(脳性麻痺など)との区別が必要です。
脊髄性筋萎縮症の治療
以前はSMAの治療は症状を和らげることが中心でしたが、近年では病気そのものに作用する治療薬が承認され、選択肢が広がっています。SMAの治療薬は、体内で不足している「SMNタンパク質」を補うことを目的としています。日本で承認されている主な治療薬は、ヌシネルセン、オナセムノゲンアベパルボベク、リスジプラムの3種類です。
1. ヌシネルセン(スピンラザ®)
作用
SMN2遺伝子に働きかけ、正常なSMNタンパク質を作る手助けをします。
投与方法
髄腔内注射(背中の脊髄に注射する方法)
対象
すべての年齢のSMA患者
効果
運動機能の改善、死亡や人工呼吸器が必要になるリスクの低下
副作用
水頭症や無菌性髄膜炎などが起こることがあります。
2. オナセムノゲンアベパルボベク(ゾルゲンスマ®)
作用
遺伝子治療の一種で、ウイルスを使って体内に正常なSMN1遺伝子を導入し、SMNタンパク質を作らせます。
投与方法
点滴で一度だけ投与します。
対象
2歳未満で、特定の抗体を持っていないSMA患者
効果
運動機能の改善、死亡や人工呼吸器が必要になるリスクの低下
副作用
肝機能障害や血栓症などが起こることがあります。
3. リスジプラム(エブリスディ®)
作用
SMN2遺伝子に働きかけて、正常なSMNタンパク質を作る手助けをします。
投与方法
経口(飲み薬)で1日1回服用します。
対象
2か月以上のSMA患者
効果
運動機能の改善
副作用
これまで大きな副作用は報告されていません。
脊髄性筋萎縮症になりやすい人・予防の方法
SMAは常染色体潜性遺伝形式で遺伝します。両親がSMAの「保因者」(病気の遺伝子を持っているが発症していない人)である場合、次のような確率で子どもがSMAに関連します。
- 25%の確率でSMAを発症します。
- 50%の確率でSMAは発症しませんが、保因者になります。
- 25%の確率でSMAも発症せず、保因者にもなりません。
SMAの発症には両親が保因者として偶然にも共に、遺伝子変異をもっているとされます。遺伝子は両親から一つずつ受け継ぎ対になります。SMAの場合も同様で、両親からどちらも異常なSMN1が受け継がれるとSMAを発症します。
予防法について
現在のところ、SMAの発症を防ぐ方法はありません。しかし、早期に診断して発症する前、遅くとも重症化する前に治療を始めることで、病気の進行を遅らせたり、生活の質を向上させることが期待されています。また、一部の地域では新生児マススクリーニングが導入されており、生まれてすぐにSMAを診断し、SMAを発症するより前に治療が行われた報告もされています。これにより、将来的にSMAの早期発見と治療開始に大きく貢献することが期待されています。
関連する病気
- 筋ジストロフィー
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
- 進行性筋萎縮症(PMA)
- 急性灰白髄炎
- 遺伝性運動神経変性症(HSP)
参考文献
- 脊髄性筋萎縮症<SMA>診療の手引き編集委員会(編):脊髄性筋萎縮症(SMA)診療の手引き.メディカル レビュー社,2022
- 荒川玲子,他:神経筋疾患の遺伝学的検査.脳と発 達 50:2018