監修医師:
林 良典(医師)
仙腸関節炎の概要
仙腸関節とは
仙腸関節は仙骨と腸骨の関節面で構成される滑膜関節で、体幹と下肢の境界にあたります。
仙腸関節は関節面が小さく、靱帯が多くを占めているのが特徴です。この関節領域と靭帯領域を合わせた名称が仙腸関節です。
関節の前には前後仙腸靭帯、長後仙腸靭帯など多数の靭帯があり、仙腸関節の動きが制限されます。
わずかな関節運動で衝撃吸収装置として機能しているのです。
仙腸関節炎(仙腸関節障害)とは
仙腸関節で炎症が起こったり関節のずれで痛みが生じたりした場合、仙腸関節炎(仙腸関節障害)と呼びます。
腰臀部痛の原因のうち仙腸関節障害が占める割合は15〜30%とされています。
なお、仙腸関節炎と仙腸関節障害は、明確に区別されず、同義語として使用されることが多いようです。
仙腸関節炎の原因
中腰の作業や繰り返しの動きで何度も負荷がかかり、骨盤周囲の筋の協調運動に破綻が生じることにより、関節に微小なズレが生じます。
このズレにより後方靭帯に異常な緊張が生じ、衝撃を吸収する機能が阻害されます。これが仙腸関節障害です。
さらに靭帯内の神経終末が刺激されて疼痛が発せられます。
仙腸関節は大きな負荷をわずかな可動域で受けるため、関節のわずかなズレで運動制限等の機能障害が起こりやすいのです。
その結果として痛みが発生すると考えられています。
また、関節リウマチや強直性脊椎炎、ベーチェット病、乾癬性関節炎、クローン病、潰瘍性大腸炎などに伴って仙腸関節炎が生じることがあります。
仙腸関節炎の前兆や初期症状について
仙腸関節炎の初期症状
仙腸関節由来の痛みの特徴は、上後腸骨棘(PSIS)付近と鼠径部に痛みを生じることと、デルマトームに一致しない、おしりと足の痛みが出ることです。
座る姿勢、あおむけ、寝返りなど、体の向きを変える時に痛みを生じるのも特徴としてあげられます。
多くは仙腸関節ブロックによる早期診断と徒手療法を含めた早期治療により解決しますが、慢性・重症化した場合、深刻なQOL低下をきたすことがあります。
症状が現れたら整形外科を受診しましょう。
仙腸関節炎の重症化、慢性化
慢性・重症例では、外傷性の周囲靭帯・関節包の損傷、仙腸関節腔内の炎症、周囲靭帯付着部症という3種類の病態メカニズムに起因すると考えられています。
外傷による関節包・周囲靭帯の損傷
重量物の挙上や追突事故、高所からの転落など明らかな外傷を契機に発症した例では、仙腸関節腔内ブロックで関節腔内に造影剤を注入するとすぐに関節外に漏れ出すことがあります。
外傷性の後方靭帯・関節包の断裂が疑われる例です。
外傷により関節のズレや周囲靭帯・関節包の損傷が生じ、修復できないために仙腸関節痛が慢性化している可能性があります。
関節腔内の炎症
仙腸関節の微小なズレが慢性的に持続すると、関節腔内の炎症を生じてしまい治りにくくなります。
関節の不適合が長期間解除されず、物理的な刺激が続き、関節炎が二次的に生じるためです。
また、少数ですが、脊椎関節炎に関連した一次性の仙腸関節炎があります。
乾癬や掌蹠膿疱症などの皮膚疾患と連動し、慢性的な仙腸関節痛を生じている場合、脊椎関節炎に伴う仙腸関節炎が疑われます。
内科的治療が奏功する可能性があります。
周囲靭帯付着部症
慢性の関節不適合状態が続くと、仙結節靭帯および長後仙腸靭帯に過剰な牽引力が持続的にかかります。
これにより、難治性の靭帯付着部症が生じることがあります。
このような患者さんには、運動療法や体外衝撃波治療が有効です。
仙腸関節炎の検査・診断
仙腸関節炎は画像所見に乏しく、診断が遅れ、適切な治療が行われずに慢性化し、難治化することがあります。
身体所見による診断が有用です。
仙腸関節スコア
仙腸関節スコアは6項目の身体所見によるスコアです。
- One finger test でPSIS付近を指す:3点
- 鼠径部痛:2点
- 椅子座位時疼痛増強:1点
- SIJ shear test陽性:1点
- PSISの圧痛:1点
- 仙結節靭帯(Sacrotuberous ligament: STL)の圧痛:1点
各項目で点数が異なるため、合計点を評価します。
仙腸関節スコアが4点以上の時や複数の疼痛誘発テストが陽性の時、仙腸関節由来の疼痛を疑います。
One finger testとは、患者さん自身に人差し指で最も痛い部位を指してもらうテストです。
SIJ shear テストでは、てのひらで仙腸関節部を圧迫し、疼痛が誘発されるかどうかをみます。
PSIS の圧痛点は親指で、骨の膨らんでいる部分の圧痛の有無をみます。
仙腸関節炎の鑑別診断
仙腸関節炎の典型例では、One finger testで上後腸骨棘(PSIS)を指すような腰殿部痛を生じ、約半数で鼠径部痛を伴います。
腰椎椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症など腰椎疾患との鑑別にも先述の仙腸関節スコアが用いられます。
腰椎疾患との鑑別に使う場合にはスコア4点以上で感度90.3%、特異度86.4%と有用です。
特にPSISの圧痛は、日本の仙腸関節障害と確定診断した症例の82.3%が陽性と多数を占め、腰椎疾患(腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア)では22.0%で陽性のため、特徴的な身体所見と言えます。
単純X線、CT、MRIで仙腸関節の微小な不適合は直接とらえることができないため、仙腸関節の画像所見は診断に必須とは言えません。
ただし、化膿性仙腸関節炎、強直性脊椎炎や脊椎関節炎に関連した仙腸関節炎を鑑別する目的で画像検査が有用なことも多いのです。
診断を進める上で、少なくとも単純X線写真は必須となります。
最終的に仙腸関節ブロックでPSISを中心とする腰殿部痛が70%以上軽快することで診断できます。
仙腸関節後方靭帯ブロックをおこない、疼痛スケールが7割以下に緩和した場合、確定診断です。
これでも緩和が得られない場合は関節腔内ブロックを追加します。それにより7割以下に疼痛スケールが低下した場合は確定診断、緩和しない場合はほかの脊椎疾患の精査に進みます。
仙腸関節炎の治療
まず行われる治療は、安静、鎮痛薬、骨盤ゴムベルトといった保存的治療です。
保存治療
痛みが強く炎症のある時期には、安静と鎮痛薬で痛みをコントロールし、骨盤ベルトやコルセットなどを用いて関節を安定させる保存的治療が第一選択です。
また、骨盤ゴムベルトには仙腸関節の微小な不適合の発生を抑える効果があります。
これらの治療で改善しない重症例に対しては、関節腔内ブロック、体外衝撃波、仙腸関節固定術がおこなわれます。
ブロック療法
仙腸関節ブロックは後方靭帯ブロックと関節腔内ブロックの2種類です。
簡便で効果の高い後方靭帯ブロックが優先的に行われます。
通常、初回はレントゲン検査を使って行いますが、レントゲンなしで行われる場合もあります。後方靭帯ブロックが無効で夜間痛や仰臥位で痛みが出る場合、関節腔内の炎症が疑われるため、関節腔内ブロックを行います。
ブロック注射によって痛みが軽減すると仙腸関節の適合が良くなり、回復に向かうことが狙いです。
運動療法
仙腸関節の安定性を高めるため、腹部体幹筋力トレーニングが有効です。
高周波熱凝固術
高周波で生じた熱エネルギーを針電極の先端で発生させ、神経組織を熱凝固させて長期間疼痛を抑制します。
仙腸関節ブロックの効果が一時的で痛みが再度出てきてしまう場合、長く除痛効果を保てます。
仙腸関節固定術
症状として仙腸関節の痛みが強く、ブロックの効果が限定的で、徒手療法、運動療法を十分に行えない、あるいは行っても効果が限定的で持続しない重症例に対して、仙腸関節固定術が適応になります。
保存療法として運動療法、骨盤ベルトなどを6ヶ月間継続してもなお改善に向かわない症例にしぼって手術を行うべきです。
なお、脊椎関節炎に伴う仙腸関節炎には、術後に十分な除痛効果が得られない可能性が高いため勧められません。
仙腸関節炎になりやすい人・予防の方法
仙腸関節炎になりやすい人は骨盤が不安定な状態の人です。たとえば下記のような方に起こりやすいといえます。
- 体幹や股関節周囲の筋力が落ちている方や活動性の落ちた高齢者
- 体重増加やホルモンバランスの影響で仙腸関節や周囲の靭帯がゆるみやすい妊娠中や産後の女性
- 片足荷重や繰り返される体重移動などを繰り返す作業(立ち仕事のライン作業や調理師など)の多い方
- サッカーやソフトボールなどの片足に大きな力が加わるスポーツをする方
- 重いものをもつことが多い仕事の方
- 交通事故や転倒など、外傷後の方
実際に性別・年齢分布をみてみると、10代の若者から80代の高齢者まで幅広く、女性は男性の2倍以上です。
腰痛や仙腸関節障害を予防するためには、骨盤から股関節まわりの硬くなりやすい筋肉を柔軟に保ち、仙腸関節にかかるストレスを緩和することが重要です。
関連する病気
- 強直性脊椎炎(AS)
- 乾癬性関節炎
- 反応性関節炎(Reiter症候群)
- 炎症性腸疾患(IBD)関連関節炎
- 感染性仙腸関節炎
- 類風湿性関節炎(RA)
参考文献
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/spinalsurg/37/1/37_12/_pdf
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspineres/12/6/12_2021-0604/_pdf/-char/ja
- Kurosawa D, Murakami E, Ozawa H, et al. A Diagnostic Scoring System for Sacroiliac Joint Pain Originating from the Posterior Ligament. Pain Med. 2017; 18(2): 228-238