

監修医師:
松繁 治(医師)
岡山大学医学部卒業 / 現在は新東京病院勤務 / 専門は整形外科、脊椎外科
主な研究内容・論文
ガイドワイヤーを用いない経皮的椎弓根スクリュー(PPS)刺入法とその長期成績
著書
保有免許・資格
日本整形外科学会専門医
日本整形外科学会認定 脊椎脊髄病医
日本脊椎脊髄病学会認定 脊椎脊髄外科指導医
日本整形外科学会認定 脊椎内視鏡下手術・技術認定医
筋ジストロフィーの概要
筋ジストロフィーとは骨格筋の壊死 ・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称です。筋ジストロフィーは、筋繊維を構成するタンパク質に異常が生じることで引き起こされます。筋ジストロフィーには、デュシェンヌ型、ベッカー型、顔面肩甲上腕型、肢帯型など複数の種類があり、それぞれのタイプによって症状の出現の仕方や進行速度が異なります。筋ジストロフィーは一般的に、幼児期から成人期にかけて発症し、徐々に症状が進行していきますが、眼咽頭筋型では中年期以降の発症が確認されています。現在のところ、筋ジストロフィーの根本的な治療法は確立されていません。そのため、症状の管理や進行の遅延を目指す治療が行われます。
筋ジストロフィーの原因
筋ジストロフィーの原因は遺伝子の変異によって生じます。筋肉を構成する特定のタンパク質の喪失や機能異常を来たし、筋繊維の変性や壊死を招きます。例えば、デュシェンヌ型およびベッカー型では、ジストロフィンというタンパク質の遺伝子変異が発症の原因です。ジストロフィンは、筋細胞膜をつなぎ止める役割をしているのです。
遺伝形式としてはX染色体劣性遺伝が多く、これは男性に症状が現れやすいことを意味します。女性でも発症することはありますが、軽度の症状しか現れないか、全く症状が現れないことが一般的です。
筋ジストロフィーの前兆や初期症状について
筋ジストロフィーの初期症状は、発症するタイプによって異なりますが、一般的には筋力の低下や筋萎縮が生じることで運動機能の障害がみられます。
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)とは
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、3歳から5歳の間に症状が現れます。走れない、転倒しやすくなる、階段を上るのが困難になるなどが代表的な症状です。ふくらはぎの筋肉が異常に発達する(仮性肥大)ことや床から立ち上がる際に膝に手をつきながら立ち上がること(ガワーズ徴候)も特徴の一つです。
ベッカー型筋ジストロフィー(BMD)とは
ベッカー型筋ジストロフィー(BMD)はDMDに比べて進行度合が遅いです。症状はDMDと比べて発症年齢は遅く、歩行能力は15歳前後まで保たれます。DMDに比べて筋力低下が軽いため心臓に負荷がかかりやすく、心臓の筋肉に障害が起きやすいのが特徴です。顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)は、顔面、肩甲骨、上腕の筋肉に障害が出現します。発症時期はさまざまで、乳幼児期から成人期と幅広いです。腕を上げるのが難しいといった症状がみられます。
肢帯型筋ジストロフィー (Limb-Girdle Muscular Dystrophy, LGMD)
肢帯型筋ジストロフィー(LGMD)は、肩や骨盤の筋肉に筋力低下を引き起こす遺伝性筋疾患です。特に下肢帯の筋肉が障害されやすく、初期症状として転倒や階段昇降が困難になるなどが見られます。発症年齢は小児期から50歳代以降までと幅広く、デュシェンヌ型と比較すると障害の程度は軽く、進行速度は遅いとされています。例外もあり、デュシェンヌ型と変わらない重症度で経過する方もいるため留意しておきましょう。多くは常染色体劣性遺伝形式(2型)を示しますが、まれに優性遺伝(1型)と分類されます。その他の半数以上は遺伝子解析や筋病理検査である筋生検を行っても原因が特定できません。身体的な特徴としてふくらはぎの膨隆が見られる「仮性肥大」が見られ、診断の際に判断基準となります。に
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー (Facioscapulohumeral Muscular Dystrophy, FSHD)
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)は、顔面、肩甲帯、上腕近位部の筋力低下を特徴とする遺伝性筋疾患です。初期症状として表情筋の機能低下による表情の乏しさや筋力低下による上肢の挙上困難、翼状肩甲などが見られます。発症年齢は幼児期から壮年期と幅広いですが、20歳までに発症するケースが多いです。症状の進行は比較的緩やかですが、進行とともに下肢にも障害が見られるようになり、車椅子生活を余儀なくされます。FSHDは常染色体優性遺伝形式をとり、4番染色体長腕のD4Z4反復配列の減少が関与しています。
先天性筋ジストロフィー (Congenital Muscular Dystrophy, CMD)
先天性筋ジストロフィー(CMD)は、出生時または乳児期早期から筋力低下や筋緊張低下、体重増加不良、発達遅滞を示す遺伝性筋疾患の総称です。CMDには、福山型、Walker-Warburg症候群、Muscle-Eye-Brain病など、さまざまな病型が含まれます。これらの病型は、遺伝子変異により筋細胞の正常な機能が破綻し、筋力低下や運動発達遅滞を引き起こします。CMDの症状には、呼吸不全、心不全、知的発達障害、けいれん発作、眼合併症などの種々の障害が見られる重度の筋ジストロフィーです。
これらの症状がみられた場合、子供は小児科、大人は神経内科などを受診して適切な検査・治療を受けることをおすすめします。
筋ジストロフィーの検査・診断
筋ジストロフィーの診断は、臨床症状の評価、遺伝子検査、筋生検、血液検査などを組み合わせて行われます。
問診・視診
まず、医師は患者さんの運動機能や筋力低下の程度を評価し、家族歴や病歴を確認します。また、筋ジストロフィーに特徴的な症状も重要な診断手掛かりとなり、デュシェンヌ型で見られるガワーズ徴候が有名です。
血液検査・遺伝子検査
血液検査では、クレアチンキナーゼ(CK)という筋肉酵素のレベルが測定され、筋ジストロフィーの患者さんは、筋肉の破壊によりCK値が通常よりも上昇します。
遺伝子検査は、特定の遺伝子変異を検出することが可能です。
デュシェンヌ型やベッカー型の場合、ジストロフィン遺伝子の変異を確認することが診断に繋がります。
筋生検
筋生検では筋組織の一部を採取し行われます。筋ジストロフィー患者さんの筋組織には、特有の病理学的変化がみとめられ、他の筋疾患との鑑別診断に役立ちます。電気生理検査は、筋肉と神経の機能を評価するために行われ、筋肉の電気活動を記録して異常がないかを確認します。
筋ジストロフィーの治療
筋ジストロフィーではデュシェンヌ型やベッカー型などそれぞれのタイプで合併症が異なるため、各症状に合わせた治療を選択していかなければなりません。具体的な治療法として理学療法や作業療法、呼吸リハビリテーション、非侵襲的換気療法(鼻マスク人工呼吸)が挙げられます。また、デュシェンヌ型などの場合、ステロイド療法も適用となります。
また、関節の変形や脊柱側弯症の治療のために外科手術を行い身体機能の改善と生活の質向上を目指します。
理学療法や作業療法について
理学療法や作業療法では筋力や身体機能の維持や日常生活動作の向上を目指します。
理学療法士や作業療法士は、患者さんに適した運動プログラムを立案し、筋力低下などの進行を遅らせるサポートや日常生活動作を改善するため、補助器具の使用方法の指導も行います。
ステロイド療法について
デュシェンヌ型筋ジストロフィー症などで用いられるステロイド療法では、コルチコステロイドなどが使用されます。ステロイド療法は歩行可能期間の延長や側弯、呼吸機能、心機能への有効性が報告されています。、しかし、ステロイド薬の長期間の使用には副反応が伴うため医師の指導のもと、それぞれの患者に合わせた治療が選択されるべきです。
非侵襲的陽圧換気療法(NPPVなど)や呼吸リハビリテーションについて
筋ジストロフィーが進行していくと呼吸筋の弱化により呼吸困難が生じることがあります。そのため、肺炎などの呼吸器合併症を予防するために非侵襲的陽圧換気療法(NPPVなど)の使用や、徒手で呼吸機能を補助する手技が有効です。また、呼吸リハビリテーションを行うことで肺や胸郭の可動性を維持・向上することが期待できます。
体重管理について
筋ジストロフィーでは、体重増加は筋肉への負担が増加するため、適切な体重管理も必要とされます。栄養士から食事指導を受け、適切な体重を維持するよう心がけましょう。
筋ジストロフィーになりやすい人・予防の方法
筋ジストロフィーは遺伝性疾患であり、予防する方法は現在のところありません。しかし、家族歴がある場合は、遺伝カウンセリングを受けることが推奨されています。また、妊娠中に受ける出生前検診では、染色体や遺伝子の異常を知ることができます。
遺伝カウンセリングとは
遺伝カウンセリングとは、染色体や遺伝子の異常など、さまざまな問題を相談し、支援していく場です。既往歴や家族歴、診断や過去の検査結果、治療について詳しく聴取し、情報をもとに病気や遺伝の可能性を評価します。
患者さんやご家族に対して、病気のことや社会資源についての適切な情報提供が行われます。遺伝カウンセリングを受けることで、家族は筋ジストロフィーのリスクを理解し、前向きに問題を解決していけるようになるはずです。
出生前検診とは
出生前検査は、妊娠中に遺伝子に異常がないか調べる検査です。出生前検査は特定の遺伝子変異の評価や妊娠中の胎児の健康状態を評価するためにも使用されます。
検査で事前に異常がわかることで、治療やサポートについて準備ができます。しかし、人によっては将来の不安や悩みが増えることがあるため注意が必要です。事前に病気がわかることの影響を考慮し、検査を受けるかについてはご家庭でよく話し合うことをおすすめします。
筋ジストロフィーの早期診断と治療は、症状の進行を遅らせることや患者さんやご家族の今後の生活の質向上を考えるうえで重要になってきます。
また、定期的な診察と適切な治療を行うことは、患者さんの健康管理において重要です。家族と医療従事者が協力して、患者さんをサポートする体制を万全にすることが望まれます。
関連する病気
- デュシェンヌ型筋ジストロフィー
- ベッカー型筋ジストロフィー
- 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
- 肢帯型筋ジストロフィー
- 先天性筋ジストロフィー
- 眼咽頭筋型筋ジストロフィー
参考文献
- 筋ジストロフィー|厚生労働省
- 筋ジストロフィーのしくみ|独立行政法人 国立病院機構 宇多野病院
- 筋疾患の診断と治療|久留 聡 J-Stage
- Duchenne型筋ジストロフィーのステロイド治療 update|竹内 芙美、小牧 宏文
- Duchenne型筋ジストロフィーにおける非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)使用状況と呼吸機能|本間 優希、三浦 利彦、石川 悠加
- 筋ジストロフィー症における栄養・代謝障害とその対策|高田 博仁
- 遺伝カウンセリングとは|日本認定遺伝カウンセラー協会
- 出生前検査でわかること|こども家庭庁
- 神経筋疾患における出生前診断の実際|竹下 絵里、小牧 宏文、杉本 立夏、後藤 雄一
- 筋ジストロフィー|国立精神・神経医療研究センター NCNP病院