

監修医師:
大迫 鑑顕(医師)
術後精神病の概要
術後精神病(術後せん妄)とは、さまざまな外科的な手術を受けたことを機に幻覚や妄想、せん妄、強い不安感、抑うつなどを認める状態を指します。 手術後にみられる精神症状のうち、中心となる症状はせん妄で、手術後2~5日で発症し、多くは2~5日続き、回復後は何ら精神的な後遺症を残さないものとされる。
手術の種類によって侵襲(しんしゅう=身体に与える負担)の程度は異なりますが、いずれの手術であれ、患者さんは不安を抱えることがあります。また、術後の創部に痛みを感じたり、入院によって普段とは異なる環境で長時間過ごしたりすることでも、精神的に不安定になることが考えられます。
このように術後精神病は、手術に伴う身体への侵襲、不安感、入院に伴う環境変化や昼夜リズムの乱れなど、さまざまな要因が重なることで発症すると考えられています。
特に、高齢者は加齢に伴う器質的な変化が影響して術後精神病を発症しやすいと言われています。また、悪性疾患の手術では、良性疾患と比較して手術時間や手術中の出血量も多くなりやすいことから術後精神病のリスク要因になるケースもあります。
主な精神症状がせん妄であるため、「術後せん妄」とも呼ばれます。術後せん妄は、手術から数日経過して急激に妄想や幻覚、錯乱などを認め、時間の経過とともに落ち着いていく状態です。
症状によっては、そこにいるはずのない人の声が聞こえたり、誰かの姿が見えたりすると訴えるケースがあります。また、夜間に大声を出して病室を飛び出したり、点滴などのチューブ類を抜いてしまったりすることもあります。さらに、時には物を投げるなどの興奮した状態になってしまうことも見られます。
一般的に、術後精神病は全身状態の改善、時間の経過とともに自然に軽快すると考えられています。しかし、高齢者など術後精神病を発症するリスクが高いと考えられる場合には、事前に手術に対する疑問や不安を軽減しておくことが有効です。
術後精神病の治療では、まず術後の全身状態の改善が必要です。その上で、発症者が不安を軽減できるよう配慮したケアがおこなわれます。また、必要に応じ、向精神薬を用いた薬物療法がおこなわれることもあります。
術後精神病の原因
術後精神病は、さまざまなタイプの外科的手術をきっかけに発症する可能性があります。手術に伴う身体への侵襲や創部の痛みに加え、入院に対する不安感、普段とは異なる生活習慣になることなど、さまざまな要因が重なることで発症すると考えられています。
発症の背景因子の一つに高齢であることが挙げられ、加齢に伴う脳機能の低下が術後精神病の発症に関与しているのではないかと言われています。また、高血圧や動脈硬化があることでも発症率が高まることがわかっています。
このほか、術後にICUに入室することも術後精神病の発症に大きく関わります。ICUに入室するほど侵襲の大きな手術を受けたこと以外に、心電図モニターや点滴、尿管チューブの挿入などの処置が精神的に悪影響を及ぼすことが考えられます。
術後精神病の前兆や初期症状について
術後精神病では、手術を受けた後に強い不安に襲われたり抑うつ状態に陥ったりすることがあります。また、妄想、幻覚、幻聴、幻視、せん妄など精神病のような症状がみられます。 術後せん妄では、手術を受けた後数日ほどして急に妄想や幻覚、錯乱などが続き、しばらくすると自然に平常心に戻ります。しかし、発症中は夜間に大声を出して暴れたり、点滴などのチューブ類を抜いてしまったりすることもあります。
術後精神病の検査・診断
術後精神病を診断するための検査方法は特に定められていません。術後急激に妄想や幻覚、錯乱、せん妄などが見られる場合には術後精神病が疑われます。
診断をする上で、認知症や他の全身疾患、精神疾患と鑑別するために、問診や血液検査、尿検査、CTやMRI検査などの画像検査、認知機能検査などをおこなうことがあります。
認知機能検査では、記憶力を確かめる簡単なテストや、医師の質問に回答してもらうテストなどがおこなわれます。
術後精神病の治療
術後精神病の治療では、まずは術後の全身状態が軽快することが重要です。それに加えて、精神的な負担となる刺激を取り除き、安心感を得られるよう配慮したケアがおこなわれます。
手術を受け、普段と異なる環境で治療を受けたり長時間過ごしたりすることは精神的な負担になり、せん妄や幻覚などを招く原因になることがあります。そのため、医師や看護師は発症者にとって負担となるものを極力取り除き、安心感が得られるよう配慮してケアをおこないます。
例えば、手を握って話すなどのスキンシップを図る、見当識を正常に保てるようその時の日付や時間などを伝えたる、などの工夫がおこなわれます。また、患者さんのベッド周辺の環境を変える、可能なら屋外へ連れ出して気分転換を図るといった対応をする例もあります。このようなケアをおこなっても症状が改善しない場合には、必要に応じて薬物療法をおこなうこともあります。薬物療法では、生活リズムを安定させるためや様々な精神症状に対処するために、睡眠薬や抗精神病薬などが用いられます。
向精神薬を用いることによる副作用の出現もあり得るため、その使用か必要最低限の用量、期間で行われます。
術後精神病になりやすい人・予防の方法
術後精神病は外科的手術をきっかけに誰にでも発症する可能性があります。 特に発症リスクが高いとされるのは、高齢者です。 また大がかりな手術や、ICUに入室するような重篤な疾患の手術では、さらに発症リスクが高いと考えられています。
術後精神病を予防するには、術前に手術や入院に対する不安を軽減することが、発症予防に繋がる可能性があります。
また、昼夜のメリハリをつけ、睡眠と覚醒のリズムを整えることも発症予防につながります。術前に不眠状態が続くと、術後精神病の発症に繋がることがあります。そのような場合、術後に十分な睡眠をとることで軽快する事例もあると報告されています。
術後は主治医の指示のもと早期から離床し、リハビリテーションや散歩をおこなうことも有効です。
関連する病気
- 術後精神障害
- 術後せん妄
参考文献




