

監修医師:
前田 佳宏(医師)
性別不合の概要
性別不合とは、出生時に割り当てられた性と自身が認識する性が一致しない状態を指します。
ICD-10では、身体的な性と性自認が一致しない状態を「性同一性障害」としていましたが、ICD−11から、精神疾患の分類ではなく「性の健康に関連する状態群」に分類される「性別不合」という名称となりました。また「身体的な性」が「出生時に割り当てられた性」に、「性自認」を「実感している性」に変更されました。
DSMでは「性別違和」という名称で扱われています。
岡山大学の研究では、狭義の性別不合の方の割合は0.31%、広義の性別不合の方の割合は0.96%であったという結果が出ています。
性別不合の方には、自分の持っている男性に特徴的な身体特徴、女性に特徴的な身体特徴への嫌悪、自分が出生時に割り当てられた性と反対の性を意識した振る舞いがしばしばみられます。
身体的な性別に対する違和感、周りの方の目により、精神的なストレスを感じることも少なくありません。性別不合を背景とした抑うつ・希死念慮(死にたいと思うこと)など精神的な問題を抱える方もいます。
性別不合は、精神疾患ではなく性の健康に関連する状態群と捉えられるようになり、性別不合の方が自分らしく生きられるように、法律の整備など社会の変化も求められています。
性的多様性の話題でLGBTという言葉があります。LGBTはL:レズビアン、G:ゲイ、B:バイセクシャル、T:トランスジェンダーの頭文字を取った言葉です。LGBは性的志向のカテゴリで、Tは性自認のカテゴリです。
性的志向と性自認は独立した別の問題であり、トランスジェンダーがLGBに該当するとは限りません。トランスジェンダーを、医療的サポートの枠組みのなかで扱うときに性別不合という呼び方をします。
性別不合の原因
性別不合の原因は、はっきりとは分かっていません。
性別不合の原因として、生物学的要因、心理社会的要因、親子相互作用などがある可能性が考えられています。性別不合は、単一要因ではなく、複数の要因が複合的に関わっている可能性があります。
性別不合が起こる際に、生物学的な要因が関わっていることを示唆する研究結果が発表されています。
性別不合がある方の脳が、身体の性と反対の性の状態と近かったとされる研究結果があります。性別不合は、胎児期に身体または脳の性的分化に異常が生じた可能性があると考えられています。
性別不合の前兆や初期症状について
性別不合の方は、自身の割り当てられた性(身体的な性)と実感している性が一致していないことにより、心に葛藤を抱えることがしばしばあります。身体的な性が男性の場合は、変声期後の低い声を嫌だと感じたり、身体的な性が女性の場合は、思春期以降乳房が膨らむことに嫌悪感を持ったりすることがあります。また、身体的な性と反対の性を意識した話し方、振る舞いをするようになります。
周囲の方から割り当てられた性のように振る舞うことを求められたりすることにより、精神的ストレスを受けることもあります。また、差別や偏見に晒され、悩みを抱える方もいます。
性別の違和感を覚えた時期に関する研究において、自身の割り当てられた性に違和感を覚える年齢は、トランス女性では70%、トランス男性では33.6%、全体の56.6%が小学校入学以前からという回答が得られています。小学校入学前から違和感を覚えていた方も多いものの、思春期や大人になってから違和感に気づくケースもあります。
性別不合では、まず精神科・ジェンダークリニック・ジェンダー外来などを受診しましょう。性別不合の診断の過程において、当事者の方の性別に関する内的体験を聴取し、ほかの精神疾患との鑑別、合併する精神的問題のケアをする必要があるため、精神科医が診察にあたります。
性別不合の診断や性適合手術を実施する際には、泌尿器科・婦人科が関わります。
性別不合の検査・診断
性別不合の診断は、日本精神神経学会により性別不合に関する診断と治療のガイドラインに沿って進められます。
性別不合の診断のためには、まず実感する性別と割り当てられた性との間の不一致の確認をします。生育歴と現在の生活、今後どのような生き方をしたいかを当事者の方に確認し、聴取した内容から割り当てられた性との不一致について検討します。
実感する性別に関する当事者の方の情報は、服装や社会的なあり方で表現されているものがすべてではないことに留意します。
次に、身体的性が男性の場合は泌尿器科医、身体的性が女性の場合は婦人科医により身体的性に関連する状況の検討が行われます。染色体検査、ホルモン検査、性器の診察その他医師が必要と判断した検査を行い、泌尿器科医ないし婦人科医により作成された結果に関する文書を精神科医が確認します。
割り当てられた性との不一致、身体的性の状況が確認できたら、統合失調症などの精神疾患との鑑別を行います。また、抑うつなど精神科的な合併症がみられる場合は、対応します。
上記の手順を経て、精神科医がICD-11の診断ガイドラインに基づき、診断を確定します。
性別不合の治療
性別不合に関する治療には、精神科領域の治療と身体的治療があります。
精神科領域の治療とは、性別不合の方に対する精神的ケアのことで、希望者に行われます。精神科領域の治療は、主に精神科医・臨床心理士・公認心理士が行います。精神科領域の治療には、精神的ケア、カムアウトの検討、実生活の検討などがあります。
精神的ケアでは、当事者の方が性別不合であるために受けた精神的・社会的・身体的苦痛に対し共感・支持する姿勢で関わります。カムアウトの検討は、家族や職場へのカムアウト(性別不合であることを伝えること)をするかどうか、する場合はどのような形でするかを当事者の方と考えます。実生活の検討は、どのような性のあり方で、どのように生活するのが相応しいかを当事者の方が考えるサポートをします。
身体的治療には、ホルモン療法と外科的手術があります。身体的治療を行うには、性別不合の診断が確定している必要があります。
ホルモン療法では、女性から男性への性別不合(FTM)では男性ホルモンを投与し、男性から女性への性別不合(MTF)では女性ホルモンを投与します。また、ホルモン療法に先行して二次性徴抑制療法を行う場合もあります。
外科的手術の実施は、精神科医2名または精神科医1名と心理関係の専門家(臨床心理士・公認心理士)1名の意見書をもとに医療チームで検討し決定します。
割り当てられた性が男性の場合は陰茎・睾丸摘精巣切除術、膣形成術、豊胸術などがあります。
割り当てられた性が女性の場合は、乳房切除術、子宮卵巣摘出・膣閉鎖術、尿道延長術、陰茎形成術などがあります。
性別不合になりやすい人・予防の方法
割り当てられた性と実感している性との不一致は、「性同一性障害」から「性別不合」に名前を変え、精神疾患ではなく性のあり方の状態像のひとつととらえられるようになりました。
医療のサポートや予防の対象となるのは、性別不合自体ではなく、性別不合により二次的に起こる当事者の方の生きづらさ、精神的・社会的・身体的苦痛です。性別不合により当事者の方が社会的な不和に見舞われたり、精神的苦痛を受けたりすること、精神的ストレスにより心身の不調をきたすことを避けるための手立てをする必要があります。
2015年の北海道薬科大学の論文では、割り当てられた性への違和感による困難を乗り越えた要因を考察しています。性の多様性に関する知識・理解があると、自身の違和感を言語化しやすくなり、自己肯定感を育む力となります。
性に違和感を持つ仲間とのつながりを持つことで、自身の性のあり方を考え、性に対する取り組みの方針を決める助けとなります。また、家族や親しい友人からの受容も、支援者を増やし生きやすさにつながります。学校・職場の方の理解を得ることも、社会的ストレスを軽減するために大切です。
性別不合の方が得られるサポートや利用できる相談窓口を知っておき、いつでもアクセスできる準備をしておくことも、性別不合に関連した精神的な問題への備えとなるでしょう。
関連する病気
- 抑うつ症状
- 不安障害
参考文献
- 日本精神神経学会 性別不合に関する診断と治療のガイドライン
- 性同一性障害を「精神障害」の分類から除外へ WHO|NHK
- 性別違和の人口割合を0.3–1%と大幅に上方修正!(人口ベース調査) - 国立大学法人 岡山大学
- 多様な性への理解と対応ハンドブック
- トランスジェンダー 性同一障害(性別不合)
- 性同一性障害(性別違和)|日本形成外科学会
- Gender incongruence and gender dysphoria in childhood and adolescence—current insights in diagnostics, management, and follow-up - PMC
- 性同一性障害|一般のみなさまへ|日本女性心身医学会
- 性同一性障害当事者が抱える困難と 困難を乗り越える要因




