

監修医師:
伊藤 有毅(柏メンタルクリニック)
精神科(心療内科),精神神経科,心療内科。
保有免許・資格
医師免許、日本医師会認定産業医、日本医師会認定健康スポーツ医
産後うつ病の概要
産後うつ病とは、産後に発症するうつ病のことを指します。産後うつ病は約10%の罹患率があり、産後の女性なら誰にでも起こりうる病気です。産後3ヶ月以内に発症することが多いと言われています。
産後ホルモンバランスの急激な低下に加え、複数の要因が絡み合い発症します。また睡眠不足や育児のプレッシャーにより身体的・精神的に追い詰められることも発症リスク要因の1つです。
産後うつ病では、抑うつ気分や興味関心の低下などの様々な精神的および身体的症状が生じます。症状が一時的にみられる場合は問題ないことがほとんどですが、2週間以上続き生活に支障を来す場合は産後うつ病が疑われます。
治療の基本は休養と薬物療法です。十分な休息をとれない育児が続く中、できるだけ休養するためには家族のサポート体制や地域の産後ケアサービス・子育て支援サービスの活用が重要です。
適切な治療を受けた場合、一般的に1年以内に病状が回復すると言われています。一方で病状が深刻な場合、自殺の恐れもあるため注意が必要です。産後うつ病の予防と治療において、母親一人に育児を抱え込ませない社会的サポートが欠かせません。
産後うつ病の原因
産後うつ病は、ホルモンバランスの急激な変化や睡眠不足、慣れない育児による精神的ストレス、周囲のサポート不足、経済的な不安など複数の要因が絡み合うことで発症すると考えられています。
妊娠中、女性の体内ではエストロゲンといった女性ホルモンが通常より高いレベルで維持されています。しかし出産直後に女性ホルモンの分泌が急激に低下し、精神的に不安定になることがあります。
出産そのものが女性の身体に大きな負担を与えるだけでなく、産後も赤ちゃんの世話や授乳、夜泣きへの対応が求められ、慢性的な睡眠不足に陥りやすいです。産後体調が完全に回復しないまま育児を始めることが多く、身体的・精神的な疲労が蓄積します。
家族やパートナーからのサポート不足も重要なリスク要因です。父親が仕事に忙しく育児や家事を行えない場合、母親が孤独感や不安、負担感を感じやすくなります。また近くに頼れる親族や友人がいない状況では、さらに心理的な負担が増します。
さらに、経済的な不安も産後うつ病のリスク要因となり得ます。子どもを育てる上での将来の教育費などの負担や責任を過剰に感じることも、母親のストレスを増大させます。
また初めての出産を経験する母親は、育児の知識や経験が少ないため、不安を感じやすい傾向があります。
産後うつ病の前兆や初期症状について
産後うつ病では、気分が沈む、楽しいと思えたことが楽しいと思えないといった抑うつ状態が続きます。
具体的には、子育てに自信が持てなかったり、赤ちゃんが可愛く思えなかったりすることから、「母親の資格がない」と自分を責めるようになります。また感情のコントロールが難しくなり、些細なことで涙が出たりイライラしたりします。
身体的な症状として、眠れなくなったり、反対に寝すぎたり、食欲がなくなったり、食べすぎたり、疲れやすかったりすることがあります。
これらの症状が一日中かつ2週間以上続く場合は注意が必要です。1〜2週間程度で症状が改善する場合はマタニティティブルーズとして自然に回復することがほとんどです。
軽症の場合は日常生活や育児を行えていることが多く、家族や本人もうつ病だと気づかないことがあります。赤ちゃんのお世話ができなくなったり自殺願望がでたりする場合は、早急に精神科や心療内科を受診し治療を受けることが重要です。
産後うつ病の検査・診断
産後うつ病は、うつ病の診断基準が使用されます。アメリカ精神医学会が発行する精神障害の診断・統計マニュアル(DSM-5)や世界保健機構が発行する国際疾病分類(ICD-10)が用いられます。これらの基準に沿って、患者の症状や経過を詳しく評価します。なお診断には精神科や心療内科などの専門医への受診が必要です。
また一次スクリーニングとしてエジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)、赤ちゃんへの気持ち質問票が活用されています。
EPDSは10問から構成され、母親の気分や感情の状態を評価するツールです。入院中や産後2週間健診、産後1ヶ月健診で実施されることが多く、産後うつ病の早期発見に役立ちます。EPDSの合計点数9点以上がスクリーニング陽性となりますが、産後うつ病の確定診断には精神科または心療内科の専門医への受診が必要です。
産後うつ病の治療
産後うつ病の治療の中心は、休養と薬物療法です。できるだけ休養できるように、周囲のサポート体制を整えることが重要です。一人で抱え込まず、適切なサポートを受けることが回復への鍵となります。
育児負担を軽減するためには、家族や地域のサポートが欠かせません。市町村の産後ケア事業には、産婦人科の病院やクリニックで母子ともに体を休められるサービスがあります。また育児ヘルパーなどを利用し、洗濯や掃除、買い出し、食事の準備、沐浴の補助などをしてもらうこともできます。
住んでいる市町村によって利用できる産後ケアサービスや育児支援サービスは異なるので、確認してみるとよいでしょう。一人で行おうとせず、外部のサービスを利用して積極的に休む時間を作ることが大切です。
薬物療法では、主に抗うつ薬を使用した治療が行われます。うつ病の場合、数年に渡る内服が必要ですが、産後うつでは早期に薬をやめられることが多いです。
授乳中でも服用可能な薬もあるため医師に相談しましょう。また、精神科を受診しても全員が服薬するわけではなく、症状等を総合的に判断し検討されます。
産後うつ病になりやすい人・予防の方法
精神疾患を持っている人、マタニティブルーズがあった人、妊娠中のうつ症状や不安、周囲からのサポート不足、家庭内暴力、望まない妊娠などに当てはまる人は産後うつ病になりやすいとされています。
妊娠前から精神疾患の治療を受けていても、治療をして症状が落ち着いている場合は産後うつになりにくいことがわかっています。そのため妊娠中も治療を継続し病状を安定させておきましょう。
出産前からできる限り産後のサポート体制を整えておくことも大切です。妊娠中にパートナーや家族と話し合い、家事や育児の分担について具体的に決めておくとよいでしょう。家族間での分担が難しい場合は、地域のサポートや外部サービスに頼ることも1つの手です。妊娠中に地域の産後ケアサービスや子育て支援サービスで利用できそうなものはないかを調べておくことをおすすめします。
周囲の人との関係が良く家事や育児をサポートしてくれる人がいると、産後の情緒が不安定になりにくいと考えられています。つらい気持ちを一人で抱えず、信頼できる人に聞いてもらうことも大切です。産後の育児についての悩みは開業助産師や保健センターのスタッフなどの専門家に相談するのも良いでしょう。
関連する病気
- マタニティブルーズ
- 産褥精神病
参考文献




