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心気症
伊藤 規絵

監修医師
伊藤 規絵(医師)

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旭川医科大学医学部卒業。その後、札幌医科大学附属病院、市立室蘭総合病院、市立釧路総合病院、市立芦別病院などで研鑽を積む。2007年札幌医科大学大学院医学研究科卒業。現在は札幌西円山病院神経内科総合医療センターに勤務。2023年Medica出版社から「ねころんで読める歩行障害」を上梓。2024年4月から、FMラジオ番組で「ドクター伊藤の健康百彩」のパーソナリティーを務める。またYou tube番組でも脳神経内科や医療・介護に関してわかりやすい発信を行っている。診療科目は神経内科(脳神経内科)、老年内科、皮膚科、一般内科。医学博士。日本神経学会認定専門医・指導医、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医・指導医、日本老年医学会専門医・指導医・評議員、国際頭痛学会(Headache master)、A型ボツリヌス毒素製剤ユーザ、北海道難病指定医、身体障害者福祉法指定医。

心気症の概要

心気症(hypochondriasis)は、自分が重篤な病気にかかっていると強く思い込み、不安を抱える精神疾患です。 この疾患は、医学的な検査や診察では明確な身体的異常が認められないにもかかわらず、患者さんは常に病気の恐れに悩まされます。心気症は、アメリカ精神医学会の「DSM-5」では「病気不安症(illness anxiety disorder)」に改称され、より明確な診断基準が設けられました。

主な症状には、強い不安感(身体的不調に対して過剰な不安を抱き、重篤な病気にかかっているのではないかと恐れる)やドクターショッピング(様々な医療機関を訪れ、診察や検査を受けるが、異常が見つからないことが多い)、日常生活への影響(症状によって日常生活や仕事に支障をきたすことがある)、情報過剰検索(自分の症状に関連する情報をインターネットで過剰に検索し続ける傾向)があります。これらの症状は慢性的であり、時にはうつ病や不安障害と併発することもあります。患者さんは自分の健康状態について過度に敏感になり、些細な身体的変化にも強い不安を感じるため、日常生活が困難になることがあります。

原因は完全には解明されていませんが、認知の偏り(身体感覚や病気に対する認知が偏っている)や心理社会的ストレス(家族や親しい人が重篤な病気になった経験が影響する)、ほかの問題への回避(ほかの心理的問題から目を背けるために、病気への恐れが生じる)などの要因が考えられています。 診断には詳細な問診が重要です。身体的な検査では異常が見つからないため、DSM-5などの診断基準に基づいて評価されます。

治療は主に精神療法が行われます。認知行動療法や行動療法などが用いられ、不安を軽減する手助けをします。また、必要に応じて抗うつ薬や抗不安薬などの薬物療法も考慮されます。 心気症は慢性的な経過をたどることが多く、患者さんによっては専門的な治療を受けるまで時間がかかる場合があります。早期に専門機関を受診することで、より効果的な治療につながる可能性があります。

DSM-5とは

正式名称は「精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM-5)」です。このマニュアルは、アメリカ精神医学会が作成し、精神疾患の診断基準を体系的にまとめたもので、医療現場で広く使用されています。科学的根拠の重視や包括的な情報提供(各疾患について、診断基準だけでなく、病因、予後、有病率、文化的要因など多角的な情報が提供)、ICDとの整合性(世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD)に整合するように設計)、症状の連続性(特定の障害が連続したスペクトラムとして理解されるようになり、自閉症スペクトラム障害などの新しいカテゴリーが導入)によりDSM-5は精神疾患の診断と治療において、より信頼性と有用性を持つとされています。

心気症の原因

完全には解明されていませんが、複数の要因が関与して心気症の発症や持続に寄与していると考えられています。

1)認知の偏り

身体感覚や病気に対する認知が歪んでおり、些細な身体的不調を重篤な疾患と結びつける傾向があります。この認知の偏りが心気症(病気不安症)の主要な要因の一つとされています。

2)心理社会的ストレス

自身や身近な人が重篤な病気を経験したことが、心気症(病気不安症)の発症のきっかけとなることがあります。このような経験が強い不安を引き起こし、病気への過剰な恐れを助長します。

3)併存する精神疾患

心気症(病気不安症)はうつ病や不安障害と関連していることがあり、これらの精神疾患が心気症(病気不安症)の症状を引き起こす要因となる可能性があります。

心気症の前兆や初期症状について

過度の健康不安(些細な身体感覚に過剰に注目し、重大な病気の兆候ではないかと強く心配する)や頻繁な自己診断(インターネットや医学書で症状を調べ、最悪の可能性を想像する傾向がある)、ドクターショッピング(複数の医療機関を訪れ、同じ症状について繰り返し診察を受ける)、そして日常生活への影響(健康への不安が日常生活や仕事の妨げとなり始める)が挙げられます。これらの症状が持続し、医学的に説明がつかない場合、心気症(病気不安症)の可能性が考えられます。早期の専門的介入が重要です。

心気症(病気不安症)の病院探し

精神科や心療内科の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。

心気症の検査・診断

診断はDSM-5の基準に基づいて行われます。

1)詳細な問診

患者さんの症状、不安の内容、持続期間、日常生活への影響などについて詳しく聴取します。

2)身体的検査

患者さんの訴える症状に応じて、関連する身体的検査を実施します。これは、実際の身体疾患を除外するために重要です。

3)精神医学的評価

DSM-5の診断基準に基づいて評価を行います。6ヶ月以上にわたり病気に関する強い不安や思い込みが続く場合、心気症(病気不安症)と診断されることがあります。

4)他の精神疾患の除外

うつ病や不安障害など、類似した症状を示す他の精神疾患との鑑別診断を行います。

5)継続的な観察

単回の診察では診断が困難な場合もあるため、経過観察を行うことがあります。

これらの総合的な評価により、心気症(病気不安症)の診断が行われます。

心気症の治療

主に心理療法と薬物療法の2つのアプローチを組み合わせて行われます。心気症(病気不安症)は、身体的な症状が軽微または存在しないにもかかわらず、重篤な病気にかかっていると強く思い込む状態です。このため、治療には患者さんの不安を軽減し、健康に対する誤った認知を修正することが重要です。

心理療法

1)認知行動療法

患者さんの不適切な認知パターンや行動を修正し、より適応的な思考や行動を身につけることを目指します。身体感覚の誤った解釈を修正し、過剰な健康不安を軽減する効果があります。

2)行動療法

不安を引き起こす状況に対して徐々に慣れていくことで、不安感を軽減する方法です。患者さんは自分の恐れと向き合い、健康への過剰な心配を和らげることが目指されます。

3)支持的精神療法

患者さんの不安や懸念を傾聴し、理解を示すことで安心感を与え、自分の感情や不安について自由に話しやすくなります。

4)心理教育

心気症(病気不安症)のメカニズムや症状について患者さんに説明し、理解を深めることで、不安の軽減につながります。

薬物療法

抗うつ薬や抗不安薬が用いられることがあります。特に選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が用いられることが多く、不安症状や抑うつ症状の軽減に役立ちます。症状が軽度の場合には、漢方薬による治療も考慮されることがあります。

治療開始時には、医師から病気についての十分な説明と理解を促すことが重要です。さらに、治療は長期的なアプローチが必要で、患者さんの症状や状況に応じて、これらの方法を適切に組み合わせて行います。また、家族や周囲のサポートも大切であり、患者さんが安心して治療を受けられる環境作りが求められます。

心気症になりやすい人・予防の方法

なりやすい人の特徴として、完璧主義的傾向(細部にこだわり、些細な身体感覚に過度に注意を向ける人)や不安傾向が強い(一般的に不安を感じやすい性格の人)、ストレス耐性が低い(日常的なストレスに対処する能力が低い人)、過去の病気経験(自身や身近な人が重篤な病気を経験した人)などが挙げられます。

予防方法は、まずストレス管理です。日常的なストレスを軽減する方法(瞑想、ヨガ、適度な運動など)を実践することで、心身の緊張を和らげます。また、認知の修正を行います。身体感覚や健康に関する過度な心配を客観的に見直す習慣をつけます。さらに認知行動療法の技法を学ぶことも有効です。そして、健康的な生活習慣(適切な睡眠、バランスの取れた食事、規則正しい生活リズムを維持する)を送ることも重要です。社会的支援も大切です。家族や友人との良好な関係を築き、不安を共有できる環境を作ります。また、適切な頻度で健康診断を受けることで、不必要な健康不安を軽減できます。 これらの方法を組み合わせることで、心気症(病気不安症)のリスクを低減し、より健康的な心身の状態を維持することができます。

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参考文献

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