

監修医師:
伊藤 有毅(柏メンタルクリニック)
精神科(心療内科),精神神経科,心療内科。
保有免許・資格
医師免許、日本医師会認定産業医、日本医師会認定健康スポーツ医
性同一性障害の概要
性同一性障害(Gender Identity Disorder、GID)は、個人の身体の性別と心理的な性別の認識が一致しない状態のことが原因で、身体的・精神的・社会的などに苦しむ状態です。性同一性障害の有病率(有病率)は、一般的に人口の約0.3%〜0.6%程度といわれていますが、詳細な割合はまだ不明です。
性同一性障害は単なる好みや趣味の問題ではなく、自己認識の根底に関わる深刻な問題ですが、症状は幼少期から自身の性別に違和感を覚え始め、思春期や成人期にかけてその感覚がより強くなる傾向です。
そのため、身体的には男性として生まれたが、自分自身を女性だと強く認識している、あるいはその逆のケースなどのように、自身の身体の特徴や社会から期待される性別役割に強い違和感や苦痛をよく感じています。
近年では少なくなってきましたが、社会的偏見や差別にさらされて、うつ病や不安障害などの精神的健康問題を生じる場合が時々みられます。
よく似た言葉で「トランスジェンダー(Transgender)」があります。これは、レズビアン(Lesbian)・ゲイ(Gay)・バイセクシュアル(Bisexual)・クエスチョニングまたはクィア(Questioning, Queer)に分類し、「LGBTQ+」と総称されていますが、性同一性障害とは下記の違いがあります。
トランスジェンダー
個人が生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性別の自己認識を持つことをいい、性自認が中心です。そのため、トランスジェンダーであること自体は医学的な診断や治療を必要とするものではありません。
性同一性障害
個人が生まれたときに割り当てられた性と自身の性自認との間に不一致を感じて、それが原因で強い不安や苦痛を引き起こす状態のことです。そのため、性同一性障害の場合は、性自認と生物学的性別との不一致によって生じる「苦痛」や「不安」が主な内容です。
上記のように、2つの言葉には明確な違いがあるため、トランスジェンダーの方が全員、性同一性障害を抱えているわけではなく、性同一性障害の診断を受ける全ての方がトランスジェンダーであるわけでもありません。
性同一性障害の原因
性同一性障害の正確な原因は、現在も完全には解明されていませんが、下記のように、生物学的要因・心理的要因など複数の要因が絡み合って影響していると考えられています。
生物学的要因
近年では、遺伝子や胎児期のホルモン環境が注目されています。特に、胎児期の脳の発達過程で、通常とは異なるホルモン環境にさらされることで、身体の性別と脳の性別の発達に不一致が生じる可能性が指摘されています。
その他にも、脳の構造や機能に関する研究も進められており、性同一性障害を持つ場合の脳に特徴を示す場合があることも報告されていますが、まだ因果関係の特定には至っていません。
心理的要因
幼少期の経験や家族関係などが影響を与える可能性が指摘されています。例えば、性別役割の強要や、反対に極端な性別中立的な養育などが影響する可能性があると一部では指摘されていますが、個人の性別認識の表現や受容に影響を与える可能性の方が高いと考えられています。
性同一性障害の前兆や初期症状について
性同一性障害の前兆や初期症状は、個人によって大きく異なるだけでなく、障がいに気が付く年齢によっても変わります。
多くの場合は、幼少期から自身の性別に違和感を覚え始めますが、思春期や成人期になってから違和感を覚える場合もあります。
まず、幼児期や児童期においての前兆や初期症状は下記のようなものが挙げられます。
- 反対の性別の服装や玩具を好む
- 反対の性別の役割を演じることを好む遊びに没頭する
- 自分の身体的特徴に違和感や嫌悪感を表現する
- 将来、反対の性別になりたいと繰り返しはなす
- 同性の友達よりも異性の友達と遊ぶことを好む
ただし、上記の行動がみられるからといって、必ずしも性同一性障害を意味するわけではありません。成長過程において、多くの子どもが、一時的に性別に関して興味的な行動をおこすことも多くあります。
一方、大人へ成長した思春期や成人期になると、より明確な症状が現れることがあります。
- 自分の身体的性別の特徴に強い違和感や嫌悪感を持つ
- 反対の性別として生きたいという強い願望を持つ
- 自分の性別に関連する社会的役割や期待に強いストレスを感じる
- うつ症状や不安症状を伴うことがある
- 自分の性別を隠そうとしたり、反対の性別として生活しようとしたりする
これらの症状が持続して、日常生活に支障をきたす場合は精神科の医療機関を受診しましょう。近年では性同一性障害に特化したクリニックやジェンダークリニックなども増えているので気になる場合は一度受診しましょう。
性同一性障害の検査・診断
性同一性障害の診断は、1つの検査や簡単な問診だけで診断を下すことはできず、複雑で慎重さを要します。
一般的な性同一性障害の検査・診断は下記の手順で行ないます。
ジェンダー・アイデンティティ(心の性別)の決定をする
生育歴・生活史・服装、これまでの言動、人間関係などについて質問し、患者さんが訴えている性別違和の原因や実態を聞き取ります。聞き取りは、その他の精神疾患を除外する意味も含めて、精神障害の判定・統計のマニュアルであるDSM-Ⅳ-TR や ICD-10を参考にします。
身体的性別の判定、異常の有無を確認する
男性なら泌尿器科、女性なら婦人科の医療機関に協力を依頼して、患者さんの身体的性別の判定や、身体的性別に関する異常の有無を判定します。
ほかの精神疾患などの可能性を除外すべきか判断する
統合失調症など、性同一性障害以外の精神疾患によって自分の性別を否定したり、性別適合手術を希望している可能性がないことを確認します。
性同一性障害の診断確定
上記の内容を総合的に判断して、身体的性別と心の性別が一致しないことが明らかと判定されれば、性同一性障害と診断します。
なお、性同一性障害の診断を確定させるためには、2名の精神科医が一致して性同一性障害と診断する必要があります。
性同一性障害の治療
性同一性障害の主な治療方法は下記の3つです。
精神療法
今までの日常生活において、性同一性障害のために受けてきた精神的・社会的・身体的な苦痛などについて、ゆっくりと時間をかけて聞き出し、今度はどちらの性別で生活するのが本人にとってふさわしいのかを決定し、生活を支援します。
ホルモン療法
決定した性別の身体的特徴に少しでも合わせようと希望する場合にはホルモン療法を行ないます。ホルモン療法中は、肝機能・腎機能・多血症などの危険性があるため、半年~1年ごとに血液検査を実施して健康状態を確認します。
外科的治療
外科的手術により身体的特徴を希望する性別に近づけます。男性から女性への外科的手術には、陰茎・睾丸摘精巣切除術・豊胸術などがあり、女性から男性への外科的手術には、乳房切除術・子宮卵巣摘出などがあります。
ただ、ホルモン療法・外科的治療を行ないながらも、精神療法は基本的に併用して行ないます。
性同一性障害になりやすい人・予防の方法
性同一性障害は、特定の人々が「なりやすい」というものではなく、また、予防もできません。性に関しては、生まれつきの特性であるため、個人の選択や環境によって引き起こされるものではありません。
ただ、性同一性障害は個人の身体の性別と心理的な性別の認識が一致しない状態で、精神的な苦痛を感じている状態のため、早期の性への気付きと、専門家によるカウンセリングや心理療法などの心理的サポートを行ないましょう。
性についての理解を深めて、無理に抑圧させないことが重要です。
参考文献




