監修医師:
木村 香菜(医師)
陰茎がんの概要
陰茎がんは、男性の陰茎に発生する稀な悪性腫瘍です。
発生率は日本で人口10万人あたり0.4〜0.5人程度で、主に60歳以上の男性に多く見られます。
このがんは、主に亀頭や包皮に発生し、扁平上皮がんが最も一般的です。
主なリスク要因として、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染・喫煙・包茎があります。
陰茎がんの主な症状は、陰茎のしこりや潰瘍・出血が挙げられますが、初期段階では症状が軽微なため早期発見が重要です。
治療は手術・放射線療法・化学療法などがあり、がんの進行度によって治療法が選択されます。
陰茎がんの原因
陰茎がんの原因は完全には明らかになっていませんが、いくつかのリスク要因が知られています。
特に、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が陰茎がんの発症に関与していることが近年の研究で示されています。
陰茎がん発症のリスクを高める主な要因は、以下の通りです。
包茎
包茎は、陰茎がんのリスクを高める重要な要因です。
包茎では亀頭や包皮の清潔を保ちづらく、慢性的な炎症や感染を引き起こしやすくなります。
新生児期に包皮切除を行う国々では、陰茎がんの発生率が低い傾向があります。
ヒトパピローマウイルス(HPV)感染
HPVは100種類以上の遺伝子型があるウイルスで、性交渉によって感染します。
陰茎がんだけでなく、子宮がんや腟がんなど多くのがんに関与しています。
喫煙
喫煙は陰茎がんのリスクを高めます。
タバコに含まれる有害物質が細胞に悪影響を与え、がん細胞の発生を促進することが知られています。
喫煙者は非喫煙者に比べ、陰茎がんのリスクが約3倍に増加するという研究結果もあります。
生殖器の不衛生
生殖器の不衛生な状態は、細菌やウイルスによる感染を引き起こし、慢性的な炎症を通じてがんの発生につながる可能性があります。
免疫力の低下
免疫系が弱まると、体内で発生した異常細胞を排除する能力が低下し、がんのリスクが高まります。
陰茎がんの前兆や初期症状について
陰茎がんは初期段階で痛みを伴わないことが多く、以下のような初期症状を示します。
腫瘤(しこり)
亀頭や包皮に硬いしこりが発生することがあります。外側に向かってカリフラワー状に発育するのが特徴です。
びらん
皮膚の表面がただれた状態を指し、陰茎がんではびらんが生じることがあります。びらんに伴う痛みは、通常ありません。
潰瘍(かいよう)
身体の一部が深いところまで傷ついた状態です。陰茎がんでは、周囲が盛り上がった浅い潰瘍を認め、進行すると出血や感染による膿が生じる場合もあります。
痛みや灼熱感
陰茎がんの初期段階では痛みを感じない場合が多いものの、進行すると熱を持った感じや、包皮のかゆみを感じる例があります。
その他の症状
陰茎がんでは、亀頭や包皮にかゆみを感じたり、異常な分泌物が出たりする場合があります。赤いブツブツした湿疹が見られるケースや、腫瘤を形成しない例も初期症状のひとつです。
陰茎がんは進行すると、太ももの付け根(そけい部)のリンパ節に転移しやすくなり、これが進むとリンパ液の流れが悪くなり、足のむくみを引き起こすこともあります。
恥ずかしさや性感染症との混同から受診をためらう人もいますが、早期発見が治療の成功につながるため、陰茎に異常を感じた場合は、早めに泌尿器科を受診しましょう。
陰茎がんの検査・診断
陰茎がんの診断は、視診や触診などから始まり、病理組織検査や画像検査を組み合わせて行われます。
視診と触診
陰茎がんの診断の基本で、カリフラワー状の腫瘤・びらん・潰瘍形成といった外観を確認します。進行している場合は、そけい部のリンパ節が腫れているかどうかも確認します。
病理組織検査(生検)
病理組織検査は生検とも呼ばれ、腫瘍組織の一部を採取し、顕微鏡でがんの有無を判断する検査です。
がんの診断において重要で、約96%の症例で、がんかどうかを正確に診断できます。
画像検査
画像検査では、以下の方法が用いられます。
超音波検査
陰茎の深部までがんがどれくらい進んでいるかや、内部の海綿体と呼ばれる部分への浸潤の評価に優れています。
MRI検査
超音波よりもやや劣るものの、陰茎の内部への浸潤の診断に用いられます。いくつかの特殊な撮影方法を組み合わせて、がんの詳細な状態を評価します。
CT検査
リンパ節や全身への転移を評価します。
PET-CT検査
必要に応じて、がんが全身に広がっているか評価します。
病期(ステージ)判定
陰茎がんは、TNM分類に基づいて進行度を評価し、病期(ステージ)を判定します。
TNM分類は、以下の状態を総合的に評価する国際的な基準です。
- 腫瘍の大きさ(T)
- リンパ節への転移(N)
- ほかの臓器への転移(M)
この病期判定によって、陰茎がんの治療方針が決定されるのが一般的です。
T(原発腫瘍の広がり) | |
---|---|
Tis | 上皮内癌 |
Ta | 非浸潤性の限局性扁平上皮癌 |
T1 |
亀頭:腫瘍が固有層に浸潤している 包皮:腫瘍が真皮、固有層または肉様膜に浸潤している 陰茎幹部:部位を問わず、腫瘍が表皮と海綿体の間の結合組織に浸潤している |
T1a | 脈管侵襲および神経周囲浸潤を認めず、高異型度(Grade 3または肉様腫)ではない |
T1b | 脈管侵襲および/または神経周囲浸潤を認めるか、高異型度である |
T2 | 腫瘍が尿道海綿体に浸潤している(尿道浸潤の有無は問わない) |
T3 | 腫瘍が陰茎海綿体(白膜を含む)に浸潤している(尿道浸潤の有無は問わない) |
T4 | 腫瘍が隣接臓器(陰嚢、前立腺、恥骨)に浸潤している |
N(リンパ節転移の有無) | |
N0 | 触知可能または肉眼的な鼠径リンパ節転移がない |
N1 | 可動性のある触知可能な鼠径リンパ節を片側に1つだけ認める |
N2 | 可動性のある触知可能な鼠径リンパ節腫瘍、または片側か両側の骨盤リンパ節腫大を認める |
M(遠隔転移の有無) | |
M0 | 遠隔転移がない |
M1 | 遠隔転移がある |
陰茎がんの治療
陰茎がんの治療は、がんの進行度や広がりに応じて異なり、以下のような方法があります。
手術療法
手術は、陰茎がんの治療で最も一般的な方法です。がんの状態に応じて、以下の手術が行われます。
陰茎温存手術
がんが小さく、陰茎の表面にとどまっている場合に行われます。レーザー治療や局所切除によって、がん細胞を除去します。
この方法は、陰茎の形状と機能を保つために選択されますが、再発率がやや高い傾向にあり、定期的な経過観察が必要です。
陰茎部分切除術
この手術は、がんが陰茎の先端近くに限定されている場合、病変部分を切除する方法です。陰茎の機能をできるだけ維持しつつ、がんを完全に取り除くことを目指しています。
陰茎全切除術
がんが広範囲に広がっている場合や進行している場合には、陰茎全体を切除します。手術後、排尿のために尿道を会陰部(肛門と性器の間)に形成する必要があります。
リンパ節郭清
がんが鼠径部のリンパ節に転移している場合に行われる手術です。リンパ節を取り除き、がんのさらなる拡散を防ぎます。
放射線療法
放射線療法は、陰茎がんの局所治療における選択肢のひとつです。
この治療法は、がんのある部位や転移が確認された箇所に放射線を照射し、がん細胞を破壊します。
特に、表在性の小さな腫瘍や初期段階のがんに対して有効とされ、手術と同等の治療効果が期待できます。
放射線療法の利点は、陰茎の形状を保ちながらがんを治療できることです。
しかし、副作用として、潰瘍の形成や尿道が狭くなる(尿道狭窄)といった症状が現れる可能性があります。
化学療法
化学療法は、陰茎がんが進行している場合や転移がある場合に用いられる治療法です。
この治療では、抗がん剤を用いてがん細胞の増殖を抑制します。
手術や放射線療法と併用されることが多く、リンパ節への転移がある場合はリンパ節郭清と併せて行われます。
治療後の経過観察
陰茎がんの治療後は、再発を早期に発見するために、定期的な視診や触診、画像診断などによる経過観察が重要です。
陰茎がんになりやすい人・予防の方法
陰茎がんは、特定のリスクを持つ人に発生しやすいため、予防が重要です。
包茎の人
包茎の人は、清潔を保つことが難しく、細菌感染や炎症を引き起こしやすくなります。
日常的に陰茎を洗浄し、清潔を保つことが重要です。
性行為を持つ人
性行為を持つ人は、HPVの感染リスクがあります。
HPVワクチンを接種し、適切な性行為を心がけることが大切です。
喫煙者
喫煙はタバコに含まれる化学物質が陰茎の細胞に悪影響を及ぼし、がんのリスクを高めます。
禁煙プログラムや医師の相談を活用することで、禁煙を成功させる手助けになるでしょう。
免疫力が低下している人
免疫力が低下すると、身体が異常細胞を排除しにくく、がんのリスクが高まります。
健康的な食生活や適度な運動によるストレス管理を行い、免疫力を維持しましょう。
参考文献