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高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

心膜のう胞の概要

心膜のう胞(しんまくのうほう)は、心臓を包んでいる膜である心膜に発生する袋状の良性腫瘍です。内部には透明な液体が溜まっています。心膜のう胞はまれな病気で、縦隔(胸の中央部分)にできる腫瘍全体のなかでも約5%を占めるに過ぎないとされ、発生頻度はおよそ10万人に1人と報告されています。 多くの場合は生まれつき存在する先天的な異常で、ほとんどが良性です。多くの心膜のう胞は無症状で経過し、健康診断の胸部X線検査やほかの目的で撮影した画像検査で偶然に見つかることがよくあります。典型的には心臓の右下(横隔膜との境界付近)にできることが多いですが、左側や上部の縦隔に発生することもあります。

心膜のう胞の原因

心膜のう胞の主な原因は先天的(生まれつき)のものです。 胎児の心臓が形成される過程で、心膜が完全に癒合せず弱い部分が残ると、その部分が袋状に突出して「憩室」となり、さらに胎児期の発達中にその開口部が閉じて袋が切り離されると心膜のう胞が形成されると考えられています。この袋は薄い膜でできており、中は血液ではなく漿液(しょうえき)と呼ばれる透明な体液で満たされています。つまり大半の心膜のう胞は、胎児のときに偶然生じた発生上の誤りによるもので、特定の遺伝や家族性の要因は知られていません。 まれに後天的に心膜のう胞が生じることもあります。例えば、心臓や胸部の手術後の癒着や、心膜炎(心膜の炎症)に伴う組織の変化によって嚢胞が形成されるケース、交通事故など強い胸部の外傷を受けた後に発生した例が報告されています。また、ごくまれですが寄生虫感染症(エキノコックス症など)によって心膜に嚢胞ができる場合や、長期間の透析治療を受けている方に生じた例もあります。ただしこれら後天的な原因による心膜のう胞は極めてまれであり、患者さんのほとんどは原因を特定できない先天性の心膜のう胞です。

心膜のう胞の前兆や初期症状について

心膜のう胞は初期には自覚症状がないことがほとんどです。そのため前兆となるようなサインはなく、多くは症状がないまま検診のレントゲンやほかの検査で偶然見つかります。 しかし嚢胞が大きく成長すると、周囲の臓器や組織を圧迫することで症状が現れる場合があります。心臓や肺、大血管、気管や食道、神経などが圧迫される位置に嚢胞があると、次のような症状が生じることがあります。

  • 胸の痛みや圧迫感(胸部の不快感や痛み、重苦しい感じ)
  • せき・喘鳴(ぜんめい)(気道が圧迫されることによる咳やヒューヒューといった呼吸音)
  • 呼吸困難(肺や気管の圧迫により息苦しくなる、息切れが起こる)
  • 声がかれる(反回神経という声帯の神経が圧迫されることで声のかすれが出る)
  • 嚥下困難(食道が圧迫されると食べ物が飲み込みにくくなったり、むせたりする)

これらの症状は心膜のう胞以外の心臓病や呼吸器疾患でも起こりうるため、症状がある場合には早めに医療機関を受診することが大切です。症状が出るような心膜のう胞では、循環器内科(心臓を専門とする内科)や呼吸器内科で精密検査を受けることが一般的です。検査の結果、心膜のう胞と診断された場合には、治療は主に心臓血管外科や呼吸器外科で行われます。

心膜のう胞の検査・診断

自覚症状がない場合でも、健康診断の胸部X線検査で偶然に心膜のう胞が見つかることがあります。 以下の画像検査によって、嚢胞が心膜のう胞であることがほぼ確実に診断できます。嚢胞内部に固形の成分がなく液体が入っていること、壁が薄く均一であること、造影剤を用いた場合に嚢胞壁だけがわずかに強調される所見などが典型的です。画像上で心膜のう胞と特徴付けられれば、通常それ以上の侵襲的な検査(生検など)を行わず経過を観察します。

胸部CT検査

X線を使って断面画像を撮影する検査で、嚢胞の位置や大きさ、周囲の臓器との関係を詳しく描出できます。CTでは嚢胞内部が液体であるため水と同じように映り、壁の厚みも確認できます。

MRI検査

磁気を使った画像検査で、軟部組織のコントラストが鮮明に描かれます。MRIでは嚢胞の中身が液体であることを強調した画像(T2強調像など)で明瞭に示すことができ、嚢胞が心臓や肺を圧迫しているかの評価にも有用です。

心エコー検査(心臓超音波)

超音波を用いた検査で、心臓周囲の構造を見ることができます。心膜のう胞が心臓の近くにあればエコーで描出されることがあり、特に心臓に対する圧迫の程度を確認したり、治療せず経過観察する際の定期チェックに利用されます。

心膜のう胞の治療

心膜のう胞が見つかった場合でも、症状がなく大きさや状態が安定している場合にはただちに治療をせず経過観察となることが多いです。良性の嚢胞であり、症状がなければリスクを伴う処置を避け、定期的に画像検査で様子を見る対応が一般的です。 経過観察中は、担当医が決めた間隔で胸部画像検査(しばしば心エコー検査やCT検査)が行われ、嚢胞が大きくなっていないか、周囲への影響が出ていないかを確認します。 一方、次のような場合には積極的な治療を検討します。

  • 症状が出現した場合 胸痛や呼吸困難など嚢胞による症状がある場合
  • 嚢胞が大きくなっている場合 定期検査で嚢胞が徐々に拡大していることがわかった場合
  • 悪性の可能性を否定できない場合 画像上で典型的でない所見があるなど、別の腫瘍の可能性が排除できない場合

このようなケースでは、心膜のう胞に対する治療として嚢胞内容の吸引や外科的摘出を行います。治療方法は嚢胞の大きさや状態、患者さんの全身状態によって選択されます。 以下の治療により、心膜のう胞による症状の改善や合併症の予防が期待できます。基本的に心膜のう胞は良性であり、適切に治療すれば予後は良好です。治療後は定期的なフォローアップを行い、再発がないか経過を見ます。摘出術を行った場合、嚢胞が完全に取り除かれていれば再発はまれです。

嚢胞の穿刺・吸引(ドレナージ)

皮膚から細い針を刺して嚢胞内の液体を抜き取る方法です。CTやエコーで位置を確認しながら行うので安全に実施できます。嚢胞の中身を取り除くことで縮小させ、症状の改善を図ります。また、抜き取った液体を検査して悪性細胞がないか確認することも可能です。穿刺吸引だけでは再び液体が溜まって再発する可能性があるため、場合によってはエタノール硬化療法といって、抜いた後にアルコール(エタノール)を嚢胞内に注入して内部を固着(硬化)させ、再発しにくくする処置を併用することがあります。この方法は身体への負担が小さく、一部の専門施設で行われています。ただし嚢胞が大きい場合や内容液がドロッとしている場合など、穿刺では十分に除去できないケースもあります。

外科手術による摘出

確実に心膜のう胞を治す方法は、外科的に嚢胞そのものを摘出してしまうことです。現在では胸腔鏡下手術(小さな切開から内視鏡と器具を入れて行う手術)が発達しており、多くの場合は肋骨の間に数箇所の小さな切開を入れて胸の中に内視鏡や器具を挿入し、嚢胞を切除することができます。胸腔鏡下手術は身体の負担が軽く、入院期間も短くて済みます。嚢胞の位置や大きさによっては、開胸手術(胸を大きく開く方法)や胸骨を縦に切開する方法が選択されることもありますが、心膜のう胞の手術では胸腔鏡で対応できることがほとんどです。摘出した嚢胞は病理検査で詳しく調べられ、良性であることを確認します。

心膜のう胞になりやすい人・予防の方法

心膜のう胞は先天的な要因で起こることがほとんどであるため、特定の「なりやすい人」や危険因子は明確にはありません。男女差も大きくなく、男女ともに発生します(いくつかの報告では女性にやや多いとされていますが、全体として誰にでも起こりうる疾患です)。 発見される年齢はバラバラですが、健康診断など画像検査を受ける機会が増える20~40代で偶然見つかるケースが多い一方、新生児期や小児で見つかる例、高齢になってから判明する例もあり、どの年齢でも起こりえます。 生活習慣や遺伝によって心膜のう胞のリスクが高まるというようなことは知られていません。基本的には胎児の発育過程で偶発的に生じるものなので、本人が予防できる性質の病気ではありません。またまれですが、前述のように心膜炎などの炎症性疾患をきっかけに嚢胞ができてしまう場合もあります。しかし心膜炎自体も予防が難しい病気ですので、心膜のう胞に関して現実的な予防策は特にないのが実情です。

心膜のう胞は予防法が確立していませんが、たとえ見つかった場合でも適切に対処すれば深刻な事態を避けられることがほとんどです。症状がある場合は放置せず早めに受診すること、症状がない場合でも一度診断されたら医師の指示する定期検査を守ることが重要です。

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参考文献

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