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先天性QT延長症候群
佐藤 浩樹

監修医師
佐藤 浩樹(医師)

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北海道大学医学部卒業。北海道大学大学院医学研究科(循環病態内科学)卒業。循環器専門医・総合内科専門医として各地の総合病院にて臨床経験を積み、現在は大学で臨床医学を教えている。大学では保健センター長を兼務。医学博士。日本内科学会総合専門医、日本循環器学会専門医、産業医、労働衛生コンサルタントの資格を有する。

先天性QT延長症候群の概要

先天性QT延長症候群(Long QT Syndrome, LQTS)は、心臓の電気信号の異常によって、心電図上のQT間隔(心臓が拍動する際の電気的な活動時間)が通常より長くなる病気です。QT間隔が延長すると、不整脈(致死性の心室頻拍や心室細動)を引き起こし、突然死のリスクが高まります。

先天性QT延長症候群の原因

LQTSは、複数の遺伝子変異によって引き起こされます。現在、17種類以上の関連遺伝子が知られており、それぞれが異なるタイプのイオンチャネルや調節タンパク質をコードしています。

  • LQT1(KCNQ1)とLQT2(KCNH2)が最も多く、全体の約90%を占めるとされています
  • LQT3(SCN5A)は、睡眠中や安静時に突然死を引き起こしやすいタイプです
  • LQT7(KCNJ2)やLQT8(CACNA1C)は、ほかの症状(筋肉障害や顔貌異常など)を伴うことがあります

先天性QT延長症候群のメカニズム

LQTSは、心臓の電気信号を調整する「イオンチャネル」の異常によって発症します。

イオンチャネルとは?

心臓の細胞膜には、「ナトリウム(Na⁺)」「カリウム(K⁺)」「カルシウム(Ca²⁺)」などの電解質の流れを調整するタンパク質(イオンチャネル)が存在します。これらは心臓の正常な拍動に不可欠です。
LQTSでは、これらのイオンチャネルの機能異常が生じ、心筋細胞の電気的なリカバリーが遅くなり、QT間隔が延長します。その結果、心室頻拍(トルサード・ド・ポワントなど)や突然死のリスクが高まります。

先天性QT延長症候群の前兆や初期症状について

失神

運動や情動ストレスが誘因となる失神、急な動悸に続く失神、仰臥位での失神などが見られます。

家族歴

30歳未満の原因不明の突然死、植込み型心臓デバイスの装着歴、溺水や乳児突然死症候群、先天性難聴、LQTSの家族歴などが挙げられます。

心電図所見

QT間隔の延長、Torsades de Pointes(TdP)、T波交互脈、複数の誘導でのノッチを伴うT波、年齢に不相応な徐脈などが特徴的です。

その他

先天性難聴、周期性四肢麻痺、小顎、眼間離開、耳介低位、第5指弯曲、低身長などの外表異常が見られることがあります。

上記の症状がみられる場合は循環器内科の受診をお勧めします。

先天性QT延長症候群の検査・診断

診断には、心電図所見、臨床症状、家族歴、遺伝子検査など、多角的な評価が必要とされます。

Schwartzのリスクスコア

Schwartzらによって提唱されたリスクスコアは、LQTSの診断に広く用いられています。このスコアは、以下の項目から構成され、合計点数により診断の確実性を評価します。

心電図所見

補正QT間隔(QTc)の延長

  • ≧480 msec:3点
  • 460~479 msec:2点
  • 450~459 msec(男性):1点

運動負荷後4分でのQTc

  • ≧480 msec:1点
  • Torsade de Pointes(TdP)の既往: 2点
  • T波交互脈: 1点
  • ノッチ型T波(3誘導以上): 1点
  • 年齢不相応の徐脈: 0.5点

臨床症状

  • ストレスに伴う失神: 2点
  • ストレスに伴わない失神: 1点

家族歴

  • 先天性LQTSの確実な家族歴: 1点
  • 30歳未満での突然死の家族歴: 0.5点

合計点数が3.5点以上で「診断確実」、1.5~3点で「疑診」、1点以下で「可能性が低い」と分類されます。

心電図検査

心電図検査は、LQTS診断の基礎となる検査です。QT間隔の測定は、Ⅱ誘導またはV5、V6誘導で行い、心拍数の影響を補正するためにBazett式(QTc = QT/√RR)やFridericia式(QTc = QT/³√RR)が用いられます。QTcが500 msec以上の場合、二次性要因がない限り、LQTSの確定診断となります。

負荷心電図検査

安静時の心電図でQT間隔の延長が明らかでない場合、負荷心電図検査が有用です。運動負荷試験では、運動後4分時点でのQTcが480 msec以上であることがリスクの一つとされています。また、カテコラミン負荷試験では、アドレナリン投与によりQTcの変化を評価します。

遺伝子検査

LQTSの診断やリスク評価、治療方針の決定には、遺伝子検査が重要な役割を果たします。日本では、LQTSの遺伝子検査が保険適用となっており、特にSchwartzスコアが高い患者さんやQTcが500 msec以上の無症状患者さんに対して推奨されています。

遺伝子検査により、特定の遺伝子変異が確認された場合、診断の確定だけでなく、リスク評価や治療法の選択にもつながります。

先天性QT延長症候群の治療

先天性QT延長症候群(LQTS)の治療は、急性期の対応と長期的な心イベント予防に分けられます。治療方針は、患者さんの遺伝子型や症状の重症度に応じて個別化されます。

1. 急性期の治療

TdPが心室細動に移行した場合、速やかに電気的除細動を行います。また、硫酸マグネシウムの静脈投与(30~40 mg/kgを5~10分間で投与、その後1~5 mg/kg/分で持続点滴)は、TdPの停止と再発予防に有効です。低カリウム血症はQT延長を助長するため、血清カリウム値を4.0 mEq/L以上に維持することが推奨されます。徐脈がTdPを誘発する場合、一時的なペーシングが考慮されます。

2. 心イベント予防の治療戦略

薬物療法

β遮断薬
LQT1およびLQT2型の患者さんに対して第一選択薬として推奨されます。これらの薬剤はQTc間隔を大幅に短縮するわけではありませんが、心イベントの発生を有意に抑制します。特に、ナドロールやプロプラノロールなどの非選択的β遮断薬が効果的とされています。

メキシレチン
LQT3型の患者さんでは、遅延性ナトリウム電流の増加がQT延長の原因となるため、メキシレチンの投与がQT間隔の短縮に有効です。

その他の薬剤
LQT7(Andersen-Tawil症候群)にはフレカイニド、LQT8(Timothy症候群)にはβ遮断薬とカルシウム拮抗薬の併用が有効と報告されています。

生活指導

QT延長を引き起こす要因の回避
患者さんには、QT延長を誘発する薬剤や状況を避けるよう指導します。特にLQT1型では激しい運動、LQT2型では突然の音刺激が心イベントの引き金となることが知られています。

運動制限
QTcが500 msec以上の高リスク患者さんや、運動中に心イベントを起こした患者さんには、競技レベルの運動制限が推奨されます。ただし、適切な管理下では運動が許可される場合もあり、個別の対応が必要です。

デバイス治療

植込み型除細動器(ICD)
心停止の既往や薬物療法にもかかわらず失神を繰り返す患者さんには、ICDの植込みが検討されます。

ペースメーカー
LQT3型では徐脈時にQT延長が顕著となるため、ペーシングが有効とされています。

3. 遺伝子型別の治療

LQT1型

β遮断薬が効果的であり、特に運動誘発性の心イベント予防に有効です。競泳や潜水などの激しい運動は避けるべきです。

LQT2型

β遮断薬が第一選択ですが、その効果はLQT1型に比べてやや低く、メキシレチンやベラパミルの併用が必要な場合もあります。情動ストレスや突然の音刺激が心イベントの誘因となることが多いため、これらの回避が重要です。

LQT3型

メキシレチンがQT間隔の短縮に有効であり、特に安静時や睡眠中の心イベント予防に役立ちます。

先天性QT延長症候群になりやすい人・予防の方法

遺伝的要因

遺伝子変異

LQTSは主に心筋のイオンチャネルに関連する遺伝子の変異によって引き起こされます。これまでに17以上の遺伝子型が報告されており、特にLQT1、LQT2、LQT3の3つのタイプで全体の90%以上を占めます。

家族歴

家族内に若年突然死やQT延長症候群の診断歴がある場合、LQTSのリスクが高まります。

遺伝子型

LQT1、LQT2、LQT3などの遺伝子型により、症状の現れ方やリスクが異なります。例えば、LQT1型では運動中、特に水泳中に発作が起こりやすく、LQT2型では驚きや恐怖などの感情的ストレスが誘因となり、LQT3型では安静時や睡眠中に発作が起こりやすいとされています。

QTc時間

QTc時間とリスク
QTc時間が500ミリ秒以上の場合、心臓突然死のリスクが高いとされています。
治療の推奨
QTc時間が470ミリ秒以上の場合、β遮断薬の内服が推奨されます。

年齢と性別

性別差
小児期では男性、思春期以降では女性の方がリスクが高くなる傾向があります。

予防法

先天性LQTSは遺伝的要因が大きいため、完全な予防は難しいですが、発症や重症化のリスクを減らすための対策があります。具体的には、β遮断薬の内服や生活習慣の見直し、定期的な心電図検査などが推奨されます。

関連する病気

参考文献

  • 日本循環器学会,日本心臓病学会,日本不整脈心電学会:
    2016-2017 年度活動 遺伝性不整脈の診療に関するガイド ラ イ ン(2017 年 改 訂 版 ),2018

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