

監修医師:
上田 莉子(医師)
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ラトケのう胞の概要
ラトケのう胞(ラトケ嚢胞)は、脳の下垂体という場所にできる袋状の構造です。
胎児の脳にはラトケ嚢という組織があり、これが成長して下垂体の一部になります。正常であればラトケ嚢は胎児が成長する過程で消滅します。しかし、一部が袋状のまま残ってしまうことがあり、それをラトケのう胞と呼びます。
下垂体は脳の底にぶら下がっている組織で、大きさ7〜8mm、重さは0.7gほどしかありませんが、生命維持に不可欠なホルモンを数多く分泌する大変重要な臓器です。前葉と後葉の2つの部分から構成されており、残存したラトケ嚢はこれら前葉と後葉の境界部分にあります。
ラトケのう胞は腫瘍(がんなどの悪性のかたまり)ではなく、良性の嚢胞(液体のたまった袋)組織に過ぎません。嚢胞内部は粘り気のある液体で、色は透明から白濁または米のとぎ汁様になることもあります。1839年に初めてマーティン・ラトケが記述したことから、ラトケ嚢と名付けられました。
ラトケのう胞は多くの場合まったく症状がなく、健康診断や別の病気の検査で偶然見つかる無害なものです。内分泌学会のWebサイトによれば[1]、剖検例の0.5~22%で見つかったとの報告があり、ラトケのう胞自体は決して珍しいものではありません。
しかし嚢胞が大きくなると、周辺にある下垂体や視神経、視床下部という脳の重要な部分を圧迫し、視力障害やホルモンのバランス異常、頭痛などの症状が現れる可能性があります。また、まれですが嚢胞内部から炎症が波及することで周辺臓器に炎症を起こすこともあります。
ラトケのう胞の原因
ラトケのう胞は、胎児の発生過程で本来消えるはずのラトケ嚢が一部残ることが原因です。なぜ一部が残って嚢胞になるのか、その詳しいメカニズムはまだはっきりわかっていません。遺伝的な要因や環境の影響などが関係している可能性もありますが、現在のところ明確な原因は解明されていません。
ラトケのう胞の前兆や初期症状について
多くのラトケのう胞は無症状ですが、嚢胞が大きくなると以下のような症状が現れます。ただし症状はゆっくりと進行するため、症状に気付くまで長い時間を要することが一般的です。
頭痛
嚢胞の圧迫や炎症により頭痛が生じることがありますが特別な特徴はないため、頭痛の原因がラトケのう胞かどうかは慎重に判断する必要があります。
ホルモン異常による症状
下垂体は身体のホルモンバランスを調整する重要な部分です。嚢胞が下垂体やその周辺を圧迫するとホルモンの分泌が減少して、さまざまな症状が現れる可能性があります。
下垂体前葉が分泌するホルモンとその作用は以下のとおりです。
- 成長ホルモン(GH)
骨の成長、タンパク質合成、脂肪分解を促す - 甲状腺刺激ホルモン(TSH)
甲状腺から甲状腺ホルモン(T4、T3)の分泌を促す - 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)
副腎からコルチゾールなどの副腎皮質ホルモンの分泌を促す - 性腺刺激ホルモン(FSH、LH)
女性では卵巣の卵胞刺激や黄体形成、男性では精巣の精子形成を促す - プロラクチン(PRL)
乳腺の発達、乳汁の分泌を促す
下垂体後葉が分泌するホルモンとその作用は以下のとおりです。
- 抗利尿ホルモン (ADH) / バゾプレシン
腎臓の尿細管に作用して尿量を減少させることで体液量を維持する - オキシトシン
子宮の収縮を促進し、授乳時の射乳を促す
これらのホルモン分泌が不足すると、疲れやすさ、無気力、体重の増減、(尿が大量に出る)尿崩症といった症状が起こる可能性があります。特に甲状腺刺激ホルモンや副腎皮質刺激ホルモンの不足は、全身の代謝や免疫に影響します。
視力・視野障害
嚢胞が視神経や視交叉(左右の視神経が交差して重なる部分)を圧迫すると、視力が低下したり、視野の外側(耳側)が見えにくくなったりします。これは両眼の外側の視野が欠ける両耳側半盲と呼ばれる状態です。
ラトケのう胞による症状は多様で緩徐のため、通常は症状に応じて受診先を決めます。頭痛が主症状であれば神経内科や脳神経外科、ホルモン異常が契機となる場合は内分泌内科を受診しましょう。両耳側半盲は特徴的な症状で、やはり神経内科を受診することが望ましいでしょう。
ラトケのう胞の検査・診断
ラトケのう胞は、医師が一般的な問診や身体診察から脳下垂体の障害を疑ったときに、以下のような検査を行うことで診断されます。これらの検査結果を総合して、ラトケのう胞の診断と治療方針が決まります。
ホルモン検査
血液や尿を採取し、下垂体や関連するホルモンの量を測定します。ホルモンの異常があれば、内分泌内科医と連携して詳しく評価します。
MRI検査
脳の断面を詳しく撮影し、嚢胞の大きさや位置、周囲の組織との関係を調べます。ラトケのう胞はMRIで袋状の液体として映ります。
CT検査
MRIが難しい場合や骨の状態を確認するために行うことがあります。
視力・視野検査
眼科で視力や視野の状態を調べ、視神経の圧迫による障害の有無を確認します。
ラトケのう胞の治療
多くのラトケのう胞は無症状で経過観察が可能です。嚢胞が小さく、ホルモン異常や視力障害がない場合は、定期的にMRIやホルモン検査を行い、嚢胞の変化を見守ります。
嚢胞が大きくなり視力障害やホルモン異常、頭痛などの症状が出た場合は手術が検討されます。現在の主な手術法は経蝶形骨洞手術と呼ばれるもので、鼻の穴から内視鏡を挿入して嚢胞を切開・排出し、中を洗浄します。この方法は脳に直接触れずに安全に手術ができるため、患者さんの負担が少ないのが特徴です。一般的には、脳神経外科が手術を担当します。
手術の入院期間は通常約2週間で、術後はホルモン検査や画像検査を行いながら経過を観察します。多くの患者さんは手術後に症状が改善し、嚢胞も小さくなります。
手術後に嚢胞が再び大きくなる再発が起こることも報告されています。しかし再発したとしても、必ずしも再手術が必要になるわけではなく、症状がなければ経過観察が続けられます。
ラトケのう胞になりやすい人・予防の方法
ラトケのう胞は胎児期の発生異常が原因であるため、明確な予防方法はありません。年齢や性別による差はないとされており、誰にでも見つかる可能性があります。
ただし、症状が出た場合は早期発見・治療が重要です。以下の点に注意しましょう。
定期的な健康診断や脳の画像検査
頭痛や視力の異常、疲れやすさなど気になる症状があれば早めに医療機関を受診し、MRI検査を含む適切な検査を受けましょう。
ホルモン異常の早期発見
疲れやすさ、体重変化、多尿などの症状があれば、内分泌専門医に相談しホルモン検査を受けることが大切です。
診断や治療を受けた場合
ラトケのう胞があると診断された方や、手術を受けた方は、その後の拡大や再発がないかどうか定期的な受診や検査によるフォローアップを受けましょう。
関連する病気
- 下垂体機能障害
- 視神経圧迫による視野障害
- 慢性頭痛




