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高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

乏突起膠腫の概要

乏突起膠腫(オリゴデンドログリオーマ)は、脳にできる神経膠腫(グリオーマ)と呼ばれる腫瘍の一種です。
神経膠腫とは脳の支持細胞であるグリア細胞から発生する腫瘍の総称で、乏突起膠腫は特に乏突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)と呼ばれる細胞が由来と考えられています。

乏突起膠腫は成人に発生する代表的な脳腫瘍の一つで、その悪性度はグレードⅡとⅢに分けることができます。グレードIIの乏突起膠腫は低悪性度で、さらに細胞の悪性度が増したグレードIIIのものは退形成性乏突起膠腫と呼ばれます。頻度としてはまれな腫瘍で、脳腫瘍全体の約1~2%を占めるに過ぎません。患者さんの好発年齢は20~40代の成人で、小児に発生することは少なく、男女比では男性にやや多い傾向が報告されています。

乏突起膠腫の原因

乏突起膠腫が発生する原因は明確にはわかっていません​。一般的ながんと同様に何らかの遺伝子の変化によって正常な細胞が腫瘍化すると考えられますが、日常生活におけるリスク因子は特定されておらず、喫煙や食事など生活習慣との明確な関連も知られていません。

現在までの研究では、多くの患者さんで偶発的に細胞に遺伝子変異が起こって発生すると考えられています。一部、発症と関連が示唆されている要因もあります。例えば、過去に頭部へ強い放射線照射を受けたことがある場合、脳腫瘍全般のリスクが高まることが知られており、乏突起膠腫もその一つです。総じて、乏突起膠腫の発症は原因不明であり、多くの患者さんには特定できる誘因がないのが現状です。

乏突起膠腫の前兆や初期症状について

乏突起膠腫の症状は、腫瘍のできた場所と大きさによってさまざまですが、初期から出やすい症状としててんかん発作(けいれん発作)がよく知られています​。その他、脳腫瘍一般にみられる頭痛吐き気・嘔吐、脳の特定部位が圧迫されることによる手足の麻痺やしびれなど局所的な神経症状が現れることがあります。以下に代表的な症状を示します。

こうした症状は乏突起膠腫に限らず脳腫瘍全般で見られるものですが、今までにない症状が続く場合には注意が必要です。特にけいれん発作は明らかな異常ですので、一度でも起きた場合は早急に医療機関を受診してください。また、慢性的な頭痛や軽い麻痺など少しおかしいなという程度でも、放置せずに脳神経外科脳神経内科を早めに受診することが大切です。

けいれん発作(てんかん発作)

突然意識を失って倒れたり、身体がガクガクと震える発作です。

頭痛

腫瘍が大きくなると頭蓋内の圧力が高くなり、慢性的な頭痛が起こります。

吐き気・嘔吐

頭蓋内圧の上昇により、胃のむかつきや嘔吐がみられることがあります。

しびれ・麻痺

腫瘍が脳の運動や感覚を司る領域にある場合、片側の手足の脱力や麻痺、あるいはしびれ感が現れることがあります。

性格変化・認知機能の低下

前頭葉に腫瘍がある場合、怒りっぽくなる、無気力になる、判断力が鈍る、物忘れがひどくなるなど、周囲から見て人が変わったようだと感じる人格変化が生じることがあります。

乏突起膠腫の検査・診断

乏突起膠腫の診断には、症状の経過や神経学的診察に加えて画像検査が重要です。まず医師による問診と神経学的な診察を行い、脳のどの部位に異常がありそうかを評価します。
そのうえでMRI検査CT検査といった画像診断を行い、脳内に腫瘍が存在するかを調べます​。また、CT検査では乏突起膠腫に特徴的な石灰化が腫瘍内部に見られることが多く、診断の手がかりになります。
画像検査で脳腫瘍が疑われた場合、最終的な確定診断には病理検査が欠かせません​。病理検査とは、腫瘍の一部または全部を手術で採取して顕微鏡で詳しく調べる検査です。採取された組織は病理医によって観察され、腫瘍の種類(組織型)と悪性度(グレード)が判定されます。

近年では病理組織の顕微鏡検査に加えて分子遺伝学的検査も行われ、腫瘍細胞の遺伝子を調べることが標準的になっています。乏突起膠腫の診断には2つの特異的な遺伝子異常(IDH遺伝子変異と1p/19q共欠失)が検出されることが必要であると定義づけられています。この2つの遺伝子異常が揃って検出される場合、組織学的に神経膠腫の所見があれば乏突起膠腫と診断されます​。逆にいえば、IDH変異がなく1p/19q共欠失もない腫瘍は乏突起膠腫ではなく、同じ神経膠腫でも別の型に分類されます。遺伝子検査の結果は治療方針にも影響するため、正確な診断のため必ず行われます。

乏突起膠腫の治療

乏突起膠腫の治療は、ほかの脳腫瘍と同様に手術放射線治療、化学療法と分子標的療法を組み合わせて行うのが基本です。本章では、各治療方法について解説します。

手術

まず可能な限り手術で腫瘍を切除し、取り出した組織で病理診断を確定します。そのうえで診断された腫瘍のタイプと悪性度、残存腫瘍の有無、患者さんの全身状態などを考慮して、追加の放射線治療や化学療法を行うか検討します。

手術は、症状の原因となっている腫瘍そのものを物理的に取り除く根本的治療です。脳の重要な機能を損なわない範囲でできるだけ腫瘍を摘出することが目標になります​。

放射線治療

放射線治療は、高エネルギーのエックス線などで脳内の腫瘍細胞を死滅させる治療です。手術で腫瘍をすべて取りきれなかった場合や、悪性度が高い場合に追加されます​。通常は局所の放射線照射を行います。
放射線治療はがん細胞を縮小・制御する効果がありますが、正常な脳組織にもダメージを与える可能性があります。そのため、若年でグレードIIの場合などでは放射線をすぐには行わず経過観察とする選択肢もあります。
一方、腫瘍の再発リスクが高い場合は放射線治療を行うことが推奨されます。

化学療法と分子標的療法

化学療法も乏突起膠腫の重要な治療法です。手術や放射線治療と組み合わせて行われ、手術後に放射線と同時に行う場合と、放射線治療の後に追加で行う場合があります。
近年、新たな治療法として分子標的療法も登場しています。特に、乏突起膠腫などIDH遺伝子変異を持つ膠腫に対しては、IDH変異酵素を狙った標的薬(IDH阻害薬)が開発されました。2023年にはボラスデニブという経口薬が米国FDAで承認され、グレードIIのIDH変異膠腫に対して腫瘍の再増殖を遅らせる効果が示されています​。
このような新薬は日本でも今後臨床試験を経て使われる可能性があり、従来の治療に加えて選択肢が広がることが期待されています。ただし現時点では標準治療は手術+放射線+化学療法であり、新しい薬剤は再発時の治験など限られた状況で用いられています。

乏突起膠腫になりやすい人・予防の方法

乏突起膠腫になりやすい方の特徴としては、前述のとおり発症年齢が若年~中年成人に多いこと、そして男性にやや多い傾向が挙げられます。小児や高齢者でも発症しないわけではありませんが、発症のピークは30~40歳代です。
また、ごく一部の患者さんでは遺伝性の体質が背景にあることがあります。例えば家族に神経膠腫を発症した方が複数いる場合や、遺伝子変異を伴う症候群(リンチ症候群や神経線維腫症など)をお持ちの場合には脳腫瘍全般のリスクがやや高くなります。しかし、これらに当てはまらない一般の方で特に乏突起膠腫になりやすい明確な要因は知られていません。強いていえば過去の放射線治療歴くらいですが、これも特殊な事情であり、一般生活における発症リスクは低いといえます。

予防の方法についても、現時点で確立された予防策はありません。喫煙や食生活など明らかな原因がない以上、特定の予防法は知られていないのが現状です。強いて挙げれば、不要な放射線被曝を避けることは一般論として推奨されますが、日常生活で意識できることは限られます。
したがって、早期発見・早期治療がなにより重要です。前述したような初期症状に気付いた場合に放置せず早めに受診することが、結果的に予後を改善することにつながります。
脳腫瘍は症状が出ないと検診で見つけることも難しいため、日頃から自身の体調の変化に敏感になり、「おかしい」と感じたら早めに医療機関を受診する姿勢が大切です。

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