

監修医師:
神宮 隆臣(医師)
プロフィールをもっと見る
熊本大学医学部卒業。熊本赤十字病院脳神経内科医員、熊本大学病院脳神経内科特任助教などを歴任後、2023年より済生会熊本病院脳神経内科医長。脳卒中診療を中心とした神経救急疾患をメインに診療。脳神経内科疾患の正しい理解を広げるべく活動中。診療科目は脳神経内科、整形外科、一般内科。日本内科学会認定内科医、日本神経学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本脳血管内治療学会専門医、臨床研修指導医の資格を有す
目次 -INDEX-
クロイツフェルト・ヤコブ病の概要
クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob Disease:CJD)は、プリオンと呼ばれる異常たんぱく質によって引き起こされる神経変性疾患です。 脳内に異常プリオンタンパク(PrP^Sc)が蓄積し、海綿状脳変化を伴いながら急速に進行する認知症や運動障害を引き起こします。 CJDは大きく以下の3つに分類されます。- 孤発性CJD(sCJD):一般的で原因不明。全体の80〜90%を占める
- 遺伝性CJD(gCJD):家族歴や遺伝子異常によるもの
- 獲得性CJD:手術や輸血などを介して感染したもの
クロイツフェルト・ヤコブ病の原因
異常プリオンたんぱくの蓄積
CJDの原因は、正常なプリオンタンパク(PrP^C)が異常型のPrP^Scへと変性することにあります。PrP^Scは自己複製しながら脳内に蓄積し、神経細胞を破壊します。分類と感染経路
sCJDは自然発生的な変異が原因とされており、感染性は極めて低いと考えられています。 gCJDでは、PrP遺伝子の異常(例:V180I、E200K変異など)が確認されており、家族歴のない例もあります。 獲得性CJDのなかでは、硬膜移植や手術器具、下垂体由来ホルモン製剤などが感染源とされる医原性CJDがあります。 またウシ海綿状脳症(BSE)に感染した牛の肉を介した感染が疑われる変異型CJDも報告されています。クロイツフェルト・ヤコブ病の前兆や初期症状について
初期症状
CJDは急速に進行する認知症として発症することが多く、以下のような症状が見られます。- 記憶障害・見当識障害などの高次脳機能障害
- ミオクローヌス(筋のピクツキ)
- 視覚障害、運動失調、構音障害
- 無動性無言(終末期)
受診する診療科目
脳神経内科の受診が基本となります。特に、急激な認知機能低下やミオクローヌスが出現した場合は、早急な精密検査が必要です。クロイツフェルト・ヤコブ病の検査・診断
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の確定診断は、生検または剖検によって異常プリオンタンパク(PrP^Sc)を直接確認する必要がありますが、臨床診断では画像検査、脳波、髄液検査を組み合わせて総合的に評価します。以下に主要な検査を示します。脳波検査
周期性同期性放電(Periodic Sharp Wave Complexes, PSWC)の出現が特徴です。 特に孤発性CJDでは、発症後6~12週以降にこの所見が見られることが多く、診断補助として有用です。 ただし、初期では異常所見が乏しいこともあるため、経過観察中に繰り返し行うことが推奨されます。MRI検査
拡散強調画像(DWI)やFLAIRで、大脳皮質のリボン状高信号や線条体・視床の高信号域を認めることがあります。 これらの所見はsCJDに特有とされており、早期診断に重要です。 変異型CJD(vCJD)では、両側視床の高信号(pulvinar sign)が特徴的です。髄液検査
髄液中に出現するマーカーとして、以下が利用されます。- 14-3-3蛋白
- タウ蛋白(t-tau、p-tau)
- S100蛋白
遺伝子検査
遺伝性CJD(gCJD)が疑われる場合、PrP遺伝子(PRNP)の変異解析を行います。日本では特にV180I、E200K、M232Rなどの変異が知られています。診断の進め方のポイント
早期には症状があいまいなこともあるため、典型症状(認知症・ミオクローヌス・運動失調)+画像・髄液・脳波を総合的に評価して診断に至ります。 病型(孤発性/遺伝性/獲得性/変異型)ごとに診断精度や検出される所見が異なるため、病歴や家族歴、渡航歴、医療歴も詳細に確認することが重要です。クロイツフェルト・ヤコブ病の治療
CJDは進行性かつ致死的な疾患であり、現時点で根本的な治療法は存在しません。そのため、治療の中心は症状緩和と生活の質の維持を目的とした支持療法になります。対症療法の内容
抗てんかん薬
ミオクローヌスやけいれん発作に対して、バルプロ酸やクロナゼパムなどの投与が行われます。精神症状への対応
幻覚やせん妄、不穏状態に対しては、非定型抗精神病薬(リスペリドンなど)やベンゾジアゼピン系薬剤が用いられることがあります。栄養・褥瘡管理
終末期には経口摂取が困難となるため、経管栄養や中心静脈栄養を行うことがあります。また、寝たきりに伴う褥瘡や感染対策も不可欠です。家族・介護支援
CJDは短期間で急激に進行するため、介護体制の整備と家族への心理的支援がきわめて重要です。治験・研究段階の治療法
以下の治療薬が過去に臨床試験されたことがありますが、いずれも有効性は十分に証明されていません。ペントサンポリ硫酸ナトリウム(PPS)
プリオンの凝集を抑制する効果があるとされ、髄腔内投与により使用された症例報告があります。キナクリン、フルオロウラシル(5-FU)、ドキシサイクリンなど
いずれも細胞モデルでの有効性は示されたが、臨床効果は不明です。 抗プリオン抗体の研究や遺伝子治療の探索も進行中ですが、いずれも治療法としての実用化にはいたっていません。感染対策
医療従事者による感染リスクはきわめて低いとされますが手術器具や解剖器具の再使用時には特殊な不活化処理(NaOHや次亜塩素酸)が必要です。 CJDに対する臓器提供や輸血は原則禁忌とされます。クロイツフェルト・ヤコブ病になりやすい人・予防の方法
発症に関連するリスク因子がいくつか知られています。主に遺伝的背景、外科的処置、特定地域への滞在歴などが挙げられ、CJDの病型によってリスクは異なります。発症リスクのある方
CJDにはいくつかの病型があり、それぞれに対応するリスク因子があります。 まず、遺伝性CJD(gCJD)は、プリオン蛋白をコードするPRNP遺伝子の変異によって引き起こされます。この変異は家族内で遺伝するため、CJDの家族歴がある方や、遺伝子検査で変異が確認された方は発症リスクが高いとされています。特にV180IやE200Kなど、日本人に多い変異が報告されています。 次に、医原性CJD(dCJD)では、過去に硬膜移植や脳外科手術を受けたことがある方がリスク群に含まれます。以前はヒト乾燥硬膜製剤(ライオデュラなど)を使用した移植で感染例が発生しており、当時これらの製剤を用いた手術を受けた方は注意が必要です。 また、手術器具の不適切な再使用によって感染が広がった事例も報告されており、脳手術歴がある患者さんには医療機関での情報管理が重要です。 さらに、変異型CJD(vCJD)は、BSE(牛海綿状脳症)に感染した牛の肉や臓器を経口摂取したことによって発症する型です。この型は英国を中心に発生しており、1980〜1996年の間に英国に長期間滞在していた方や、当時その地域で牛肉を頻繁に摂取していた方は注意が必要です。vCJDの発症はまれですが、発症までの潜伏期間が長いため、疫学的背景の把握が重要です。予防のポイント
CJDの根本的な予防法は確立されていませんが、医療現場や食品衛生の分野での適切な感染対策がリスク軽減に大きく寄与します。 まず、医療器具のプリオン不活化処理の徹底が重要です。プリオンは一般的な高圧蒸気滅菌やアルコール消毒では不活化されにくいため、特別な方法(例えばNaOHや次亜塩素酸による処理)を用いる必要があります。特に神経組織に接する外科手術器具については、使い捨て器具の使用や、専用滅菌処理の徹底が推奨されます。 また、食肉の管理も重要な予防策の一つです。BSE感染牛の肉製品が流通しないようにするために、日本を含む多くの国では、牛の脳や脊髄などの特定危険部位の除去・管理が厳格に行われています。消費者としても、安全性の高いルートで提供される牛肉を選ぶことが望まれます。 さらに、CJD患者さんの医療記録や手術歴の共有を通じて、医療機関全体での感染管理を徹底することも必要です。例えば、過去に硬膜移植を受けた患者さんが将来手術を受ける際、医療スタッフがその情報を把握していれば、器具の使用や処理を適切に行うことができます。 なお、CJDは空気感染や日常的な接触では感染しません。家庭内での介護や接触、握手、同じ部屋で過ごすことなどによって感染する心配はありません。あくまで医療行為を通じた感染が主なリスクであるため、過度な不安は不要です。関連する病気
- ゲルストマン–シュトロイスラー病
- 致死性家族性不眠症
- クール病
参考文献
- 厚生労働省プリオン病診療ガイドライン 2020
- 薬局 Vol.71 No.4(2020年)
- 脳神経外科 Vol.49 No.2(2021年)




