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前脊髄動脈症候群
伊藤 規絵

監修医師
伊藤 規絵(医師)

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旭川医科大学医学部卒業。その後、札幌医科大学附属病院、市立室蘭総合病院、市立釧路総合病院、市立芦別病院などで研鑽を積む。2007年札幌医科大学大学院医学研究科卒業。現在は札幌西円山病院神経内科総合医療センターに勤務。2023年Medica出版社から「ねころんで読める歩行障害」を上梓。2024年4月から、FMラジオ番組で「ドクター伊藤の健康百彩」のパーソナリティーを務める。またYou tube番組でも脳神経内科や医療・介護に関してわかりやすい発信を行っている。診療科目は神経内科(脳神経内科)、老年内科、皮膚科、一般内科。医学博士。日本神経学会認定専門医・指導医、日本内科学会認定内科医・総合内科専門医・指導医、日本老年医学会専門医・指導医・評議員、国際頭痛学会(Headache master)、A型ボツリヌス毒素製剤ユーザ、北海道難病指定医、身体障害者福祉法指定医。

前脊髄動脈症候群の概要

前脊髄動脈症候群は、脊髄前方2/3を灌流する前脊髄動脈の閉塞や虚血により生じる神経疾患です。
この動脈は脊髄横断面の前3/4領域(前角、側角、前索、側索、脊髄視床路、後索前部)に血液を供給するため、閉塞時には特徴的な神経症状が現れます1)4)。主要症状は3つの要素から構成されます。錐体路障害による対麻痺(胸髄以下)または四肢麻痺(頸髄病変)、脊髄視床路障害に伴う病変レベル以下の温痛覚脱失(解離性感覚障害)、自律神経障害(膀胱直腸障害、持続勃起)が典型的な三徴です1)。深部知覚と識別触覚は後索が保たれるため温存される点が重要な鑑別点となります1)。

病因は多様で、大動脈解離や大動脈手術、低血圧、動脈硬化が主な要因とされます。
頸髄領域では椎骨動脈解離、胸腰髄領域ではAdamkiewicz(アダムキーヴィッツ)動脈起始部の血流障害が関与することが多いようです5)。

特筆すべきは脳梗塞と異なり、動脈硬化性閉塞が少ない点であります。本症候群の病態理解には脊髄血管解剖の特徴(前脊髄動脈の単一性、側副血行路の少なさ)が重要で、特に胸髄中下部(T4-L1)は血行力学的に脆弱(ぜいじゃく)な"分水嶺(ぶんすいれい)領域(血流が乏しい脊髄の弱点部位)"とされています。

診断はMRI拡散強調像が有用で、急性期にはT2強調像で前脊髄に高信号を認めます。血管造影で前脊髄動脈の閉塞を確認する場合もあります。鑑別診断には脊髄炎、多発性硬化症、脊髄動静脈奇形が挙げられます。

治療は急性期と回復期に分けて行われます。急性期には血流を回復させることと薬物療法が重要であり、回復期ではリハビリテーションが中心となります。

前脊髄動脈症候群の原因

医原性要因として、大動脈瘤手術や血管内治療時のカテーテル操作による動脈損傷・塞栓が挙げられます。また、大動脈疾患関連として、急性大動脈解離が重要で、解離腔の拡大によりAdamkiewicz動脈や肋間動脈が閉塞され、脊髄虚血を引き起こします。全身性要因では、低血圧や血管炎、腫瘍塞栓、感染症などが挙げられます。

特筆すべきは脳梗塞と異なり動脈硬化性閉塞がまれな点で、これは脊髄血管の側副血行路が豊富なためとされます。解剖学的脆弱部位として、胸腰部(T4-L1)のAdamkiewicz動脈領域が特にリスクが高く、この動脈の閉塞が前脊髄動脈症候群の多くの原因に関与します。大動脈解離例では偽腔(ぎくう)の血栓化が肋間動脈起始部を閉塞し、脊髄虚血に至る機序が確認されています。若年発症例では血管炎や凝固異常、高齢者では大動脈手術合併症が主要因となる傾向が示されています。

前脊髄動脈症候群の前兆や初期症状について

前兆は特定の前触れが存在しないことが多いようです。また、発症経過を通しては数時間での発症が多く、ほとんどの患者さんでは症状出現時に重度な背部痛や手足の痛み(疼痛)を伴います7)。

また、両側性の運動麻痺と感覚障害も認められます。痛みの後、数分以内に両側性かつ髄節性の弛緩性筋力低下と感覚消失が起こります。特に温痛覚がほかの感覚より強く障害されます。

さらに、膀胱直腸障害(自律神経下行路の障害により、神経因性膀胱直腸障害が現れる)や解離性感覚障害(病変レベル以下で解離性感覚障害が見られ、温痛覚が消失する一方で、後索を通る振動覚や位置覚は保たれる)が多いようです5)。これらの症状は急速に進行し、発症部位より下方の身体に影響を及ぼします。

前脊髄動脈症候群の病院探し

脳神経外科脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診していただきます。

前脊髄動脈症候群の検査・診断

神経学的診察と画像診断を組み合わせて行われます。

神経学的診察

前脊髄動脈症候群の診断においてとても重要です。特に、突発的な背部痛や四肢の急速進行性の弛緩性筋力低下、感覚消失(特に温痛覚)を確認します。例えば、筋力テスト(上肢と下肢の各筋群における筋力を評価し、左右差や障害の程度を確認)や深部腱反射(上腕二頭筋、上腕三頭筋、膝蓋腱、アキレス腱などの反射を確認)、感覚検査(温痛覚や触覚、振動覚などを評価)です。特に温痛覚がほかの感覚より強く障害されることが多いようです。

画像診断

特にMRIが前脊髄動脈症候群の診断において中心的な役割を果たしています。MRIの特徴として、T2強調画像で病変部位が高信号を示し、脊髄の浮腫性変化を確認できます。DWI(拡散強調画像)では、急性期の梗塞巣を高信号としてとらえることが多く、急性脊髄梗塞の診断に有用です。またsnake eyes signやowl's eye signなどの脊髄前角が両側性に高信号を示すことがありますが、必ずしも特異性が高くないとされています。

血管造影

前脊髄動脈の閉塞や塞栓を直接確認するために行われます。特に、Adamkiewicz動脈やほかの栄養動脈の状態を評価する際に有用です8)。
診断のポイントは、急性発症(突発的な背部痛や四肢の麻痺が特徴)で、解離性感覚障害(温痛覚がほかの感覚より強く障害されることが多い)を認め、MRIによる画像診断で急性期のDWIやT2強調画像で病変を確認することです。

前脊髄動脈症候群の治療

急性期と回復期に分けて行われます。急性期には血流を回復させることと薬物療法が重要であり、回復期ではリハビリテーションが中心となります。急性期の迅速な対応と回復期の長期的なリハビリテーションが重要です。

急性期治療

対症療法が中心で,脊髄浮腫軽減療法としてステロイドパルス療法,フリーラジカルスカベンジャーによる脳脊髄保護療法を開始しつつ,脊髄動脈起始部のアテローム硬化性病変に対する抗血小板・血流改善療法を速やかに行います。抗凝固療法は血栓形成を防ぐために抗凝固薬が使用されることがあります。血圧管理も重要です。低血圧は脊髄梗塞のリスクを高めるため、血圧を適切に維持することで脊髄への血流を安定させます。また、外科手術(血管の狭窄や閉塞を解除するための手術)が必要な場合もあります。特に、脊髄にかかる圧力を軽減するための減圧術が行われることがあります。

回復期治療

回復期には、リハビリテーション薬物療法が中心となります。リハビリテーションは、理学療法や作業療法を通じて、運動機能や日常生活の能力を回復させることを目指します。患者さんごとの障害に応じたプログラムが組まれることが一般的です。

前脊髄動脈症候群になりやすい人・予防の方法

高血圧や糖尿病、高脂血症、心房細動などの基礎疾患を持つ方は、脊髄梗塞のリスクが高まります。また、喫煙や不健康な食生活は血管内皮機能を損なうため、血栓形成や動脈硬化を促進します。年齢が進むと血管壁の弾性が低下し、動脈硬化が進行するため、脊髄梗塞のリスクが増加します。

予防には、健康的な生活習慣と基礎疾患の管理が重要です。バランスの取れた食事を心がけ、塩分や脂肪の摂取を控えます。また、定期的な運動は血管機能を改善し、血栓形成を防ぎます。喫煙は血管内皮を損なうため、禁煙が推奨されます。

さらに、高血圧や糖尿病などの基礎疾患がある場合、定期的な健康診断を受けることで早期発見と治療が可能です。ストレスは血圧を上昇させるため、適切なストレス管理が必要です。これらの予防策を実践することで、前脊髄動脈症候群のリスクを低減することができます。

関連する病気

  • 脊髄梗塞
  • 急性横断性脊髄炎
  • 脊髄血栓症

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