

監修医師:
神宮 隆臣(医師)
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熊本大学医学部卒業。熊本赤十字病院脳神経内科医員、熊本大学病院脳神経内科特任助教などを歴任後、2023年より済生会熊本病院脳神経内科医長。脳卒中診療を中心とした神経救急疾患をメインに診療。脳神経内科疾患の正しい理解を広げるべく活動中。診療科目は脳神経内科、整形外科、一般内科。日本内科学会認定内科医、日本神経学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本脳血管内治療学会専門医、臨床研修指導医の資格を有す
目次 -INDEX-
難治頻回部分発作重積型急性脳炎の概要
難治頻回部分発作重積型急性脳炎(なんちひんかいぶぶんほっさじゅうせきがたきゅうせいのうえん)とは、小児期に生じる原因不明の脳炎であり、きわめて治りにくく(難治)、かつ部分けいれん中心の発作が繰り返し(頻回)起こるのが特徴です。英語名称のacute encephalitis with refractory, repetitive partial seizuresの頭文字を取って「AERRPS」と呼ばれることもあります。 この病気は1985年に日本人医師らによって報告され、日本で最初に確立された疾患概念です。難治頻回部分発作重積型急性脳炎の発作は、さまざまな薬を用いても症状を抑えることが難しく、長期間にわたってけいれんが続きます。 この病気にかかった方は、現在までに約100例ほどとの報告があるにとどまり、まだまだ社会的に知られているとは言いがたい疾患です。 その症状は発熱に伴うけいれん発作に始まり、意識障害は合併することがありますが、軽度に留まります。回復の過程で、けいれんを合併することが多く、脳炎の後もてんかんを発症するとされます。回復の見通しは良くありません。 また、後遺症として高確率で知的障害が起こるほか、手足の運動機能が低下する場合もあります。 なお、成人発症の場合は、new-onset refractory status epilepticusと呼ばれますが、病態は相同ではないかといわれています。難治頻回部分発作重積型急性脳炎の原因
難治頻回部分発作重積型急性脳炎の原因は現在のところ分かっていません。 人体の免疫系が、誤って自分の身体の一部を異物と認識して攻撃してしまう「自己免疫機序」が関わっている可能性や、イオンチャネル(電解質が細胞内外を行き来する仕組み)の異常により発生するてんかんが原因であるという可能性などが推定されています。 このほか、感染症や遺伝子の問題も含め、現在も研究が進められています。難治頻回部分発作重積型急性脳炎の前兆や初期症状について
難治頻回部分発作重積型急性脳炎は発症の際に必ず発熱が起きます。 一般的にけいれんなどの神経症状が出る2〜10日前くらいに発熱が現れ、さらにけいれんが頻発する急性期になると、発熱が数週間にわたって続く例もあります。 神経症状として最初に現れる症状は、ほぼ例外なくけいれんであるとされています。難治頻回部分発作重積型急性脳炎で見られるけいれんにはいくつかの特徴があり、診断の際に重要視されます。 まず特徴として、けいれんはいずれも部分発作であるという点が挙げられます。部分発作は身体の一部分に見られるけいれん発作のことです。 本疾患の発作としては眼球が正面以外の方向を向く眼球共同偏倚、また、顔面がピクピク、ガクガクと動く顔面間代(かんたい)と呼ばれるような症状が見られます。基本的に顔面を中心に発作が生じますが、片側の手足にもけいれんを伴うこともあります。 急性期には、部分発作から始まりけいれんが全身へ広がる二次性全般化がしばしば現れます。逆に、一気に全身に発作がおこる全般性発作が中心の場合は、難治頻回部分発作重積型急性脳炎の可能性は低いとされています。 個々のけいれんの持続時間は数分ほどで自然に治まっていくものの、ピーク時にはそのけいれんが5〜15分間隔で大変多く見られます。数分おきに規則的なけいれんが反復して現れるのが、この病気の特徴の1つです。 難治頻回部分発作重積型急性脳炎では意識障害の程度は軽く、昏睡に至る例はまれです。 発症後の後遺症として、てんかんは必ず現れ、急性期のうちから難治てんかんへと移行していきます。後遺症では知的障害も高確率で見られ、発症者の半数ほどは長期間の寝たきり状態となり、予後は悪いと言えます。 難治頻回部分発作重積型急性脳炎を経て社会復帰を果たす例も少数ながら存在しますが、そのような場合でも記憶障害や高次脳機能障害が見られることがあります。 症状が現れた際は、小児科や内科(特に脳神経内科)へ相談してください。難治頻回部分発作重積型急性脳炎の検査・診断
ほかの病気と区別するため、難治頻回部分発作重積型急性脳炎と診断するためには一定の基準があります。診断基準の主要項目
- けいれんや神経疾患を基礎に持たない小児に、けいれんまたは意識障害で急性発症
- 急性期の発熱(通常けいれんより前に発熱する)
- 複雑部分発作、二次性全般化発作が頻発、重積し、1週~数ヶ月持続する
- これらの発作が治まらないまま、難治な部分てんかんに移行する
参考項目
- 発症前に何らかの感染症への罹患があり(先行感染)、その2~10日後に神経症状が現れる
- 急性期の発熱
- 髄液細胞数または蛋白の軽度上昇
- 脳波所見にて間欠時脳波では急性期に高振幅徐波、その後(多)焦点性棘(徐)波が出現、起始焦点(脳内の一部分で電気信号の異常が始まる)はときに変動し、発作時脳波は局所起始でときに二次性全般化
- MRI所見にて急性期では正常~軽度の脳浮腫、回復期では全般性脳萎縮が見られる
- 後遺症として難治性部分てんかんのほか、知的障害、記憶障害、神経症状や行動障害、重症例で一部運動障害を残す
診断のために行われる検査と、難治頻回部分発作重積型急性脳炎に典型的な所見
髄液検査
局所麻酔を行い、通常は背中側から針を刺し、腰椎の部分から採取する検査です。採取された脳脊髄液を検査し、タンパク質や糖の量、細胞の数、形を調べます。 難治頻回部分発作重積型急性脳炎では髄液の中での細胞数の増加や、ネオプテリン、サイトカインの上昇が見られる場合があります。脳波検査
頭皮に電極を付け、脳から出る電気信号を測定して脳の活動状況を調べる検査です。 発症初期にはゆっくりと大きな波(高振幅徐波)が見られます。そして、発症後2週間以内にてんかん性異常波が出現することが多いと言われています。複数の焦点を持つ、両側性の異常脳波が出現します。発作の極期には、両側性てんかん性放電が見られます。神経画像診断
画像で脳の状態を調べる検査で、代表的なものにCTやMRIなどがあります。 難治頻回部分発作重積型急性脳炎の診断において、神経画像の診断は必須であるものの、どちらかというと補助的な役割を果たします。CTで異常が見られることは少なく、MRIの方が病変を見つけるために有効とされています。 MRIでは、海馬のT2延長域が高頻度に見られます。けいれんによる変化なのか、難治頻回部分発作重積型急性脳炎の特徴的な変化なのかは結論がついていません。難治頻回部分発作重積型急性脳炎の治療
けいれんの発作を抑えるために抗てんかん薬が用いられます。難治頻回部分発作重積型急性脳炎におけるけいれんは、通常の抗てんかん薬を用いても抑えることが難しいとされています。 従来難治性のけいれんに対しては、バルビタール製剤という薬を大量に静脈から投与します。難治頻回部分発作重積型急性脳炎においても、経静脈的バルビタール酸持続投与を行い、脳波をコントロールする方法が取られてきました。 現在でも標準的治療として行われていますが、知能低下の副作用がある可能性も報告されています。さらに、呼吸循環抑制や血栓性静脈炎などの副作用もあります。どれくらいの期間バルビタール製剤を投与するかという点は結論が出ていない点に注意が必要です。 また、けいれんに対する対症療法として、炭水化物を減らし、脂肪を多く摂る食事法である「ケトン食療法」が用いられることもあります。 ケトン食療法はてんかん発作を減少させる効果が期待できますが、副作用として低血糖や便秘、下痢といった症状が現れる可能性があるため、実践の際は医師の指導のもと、適切な内容で受けることが推奨されます。難治頻回部分発作重積型急性脳炎になりやすい人・予防の方法
難治頻回部分発作重積型急性脳炎はあらゆる年代で発症するとされていますが、小児においては幼児期から学童期までにピークが見られます。男女比は2:1〜3:2と、男児に多い傾向があると言われています。 日本国内で起きている小児急性脳症のうち、難治頻回部分発作重積型急性脳炎の占める割合は0.6%と報告されており、年間では3〜5例の発症があると推測されます。 いまだ症例が十分ではない希少な病気のため、今後の研究次第でまた新たな傾向が見られる可能性もあります。関連する病気
- 抗NMDA受容体脳炎
- 抗GABA受容体脳炎
- ヘルペスウイルス脳炎
- ミトコンドリア病
- Lennox-Gastaut症候群
参考文献




