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筋緊張低下
前田 広太郎

監修医師
前田 広太郎(医師)

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2017年大阪医科大学医学部を卒業後、神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修を行い、兵庫県立尼崎総合医療センターに内科専攻医として勤務し、その後複数の市中急性期病院で内科医として従事。日本内科学会内科専門医、日本腎臓学会腎臓専門医、日本透析医学会透析専門医、日本医師会認定産業医。

筋緊張低下の概要

筋緊張低下とは、筋肉の基本的な張力(筋緊張)が正常よりも弱い状態を指します。筋肉は普段、意識せずとも軽く緊張しており、姿勢を保ったり、体を支えたりする働きを担っています。この緊張が低下すると、体全体がぐにゃぐにゃとした印象(floppy)になり、運動機能や発達に影響を及ぼします。筋緊張低下は単独で症状として現れることもあれば、筋力低下や運動麻痺などと合併して現れることもあります。乳幼児では、抱き上げたときに体がくにゃくにゃしていたり、首が据わらない、寝返りが遅いといった発達の遅れとして認識されることが多く、時に「フロッピーインファント(floppy infant)」と表現されます。

筋緊張低下の原因

筋緊張低下の原因は多岐にわたり、主に以下の4つの部位に分類されます。

  • ①脳(中枢神経系)に原因がある場合として、染色体異常(例:ダウン症、プラダー・ウィリー症候群)、 脳性麻痺、先天代謝異常(ミトコンドリア病、乳児型GM1ガングリオシドーシス など)が挙げられます。

  • ②脊髄や運動ニューロンに障害がある場合として、脊髄性筋萎縮症、脊髄損傷、低酸素障害などがあります。

  • ③末梢神経や神経筋接合部の異常として、先天性筋無力症候群、 重症筋無力症(乳児型含む)などがあります。

  • ④筋肉そのものの異常として筋ジストロフィ(ドゥシェンヌ型、ベッカー型、肢帯型など)、 先天性ミオパチー、炎症性筋疾患(皮膚筋炎など)、良性の筋緊張低下とされるものもあり、原因がはっきりしないまま成長とともに改善するケースもあります。

筋緊張低下の前兆や初期症状について

特に乳児期には以下のような兆候から筋緊張低下が疑われます。見た目・姿勢の異常として、仰向けに寝かせると、手足がべったり床につく(frog-leg posture)、引き起こすと首がついてこない(head lag)が顕著、横抱きすると背中が逆U字に曲がる(inverted U)、 脇の下を支えて抱くと、肩が抜けそうになり、全身がだらんと垂れる(loose shoulder)、おすわりさせようとすると、体が折りたたまれるようになる(double folding)といった兆候がみられます。また、運動発達の遅れとして、首がすわらない、寝返りが遅い、座れない、立てない、ジャンプができない、階段を交互に上れない、動揺性歩行(歩くときに体が左右に揺れたり、アヒルのようにふらついたりするような歩き方)、転びやすいといった特徴がみられます。その他の症状として、表情が乏しい(顔面筋の筋力低下)、食事中にむせやすい(咽頭筋低下)、呼吸が浅い・弱い(呼吸筋の低下)、咳が弱く痰が出せない(喀痰排出困難)、 これらのサインは単なる「体がやわらかい子」として見過ごされることもあります。

筋緊張低下の検査・診断

筋緊張低下の診断には、臨床所見に基づく評価に加え、複数の検査を組み合わせて原因を探る必要があります。視診・身体所見において、姿勢、動き、筋緊張の程度を観察し、仰向け、引き起こし、抱き上げ、座位保持などの反応を確認します。血液検査においてCK(クレアチンキナーゼ)は筋逸脱酵素であり、筋肉由来疾患では高値となります(例:筋ジストロフィ)。アルドラーゼ、LDH、乳酸・ピルビン酸比は代謝性ミオパチーのスクリーニングに有用です。自己抗体、内分泌検査を行い免疫性や内分泌性ミオパチーの除外を行います。電気生理学的検査として、末梢神経伝導検査や針筋電図を行いますが、小児では協力が得られず検査から得られる情報が少ない場合もあり、結果の判断は慎重に行います。画像検査としては、筋MRIを撮影し、筋萎縮や炎症の分布を把握します。中枢性神経疾患などの非筋疾患が疑われれば脳MRIや染色体検査で評価します。筋生検・遺伝子検査はミトコンドリア病・糖原病・筋ジストロフィなどで有用ですが、小児では全身麻酔が必要となることが多く、専門施設での実施が望ましいです。

筋緊張低下の治療

筋緊張低下の治療は原因に応じて異なります。基本的には原因疾患への治療と、機能維持・生活支援の2本柱になります。原因疾患に対する治療として、遺伝性疾患(脊髄性筋萎縮症、筋ジストロフィなど)では対症療法が中心となります。脊髄性筋萎縮症ではスピンラザⓇ(ヌシネルセン)やゾルゲンスマⓇ(オナセムノゲン アベパルボベク)、エブリスデイⓇといった治療薬として使用可能です。代謝性疾患(ポンペ病など)では酵素補充療法や食事療法、自己免疫疾患(多発筋炎など)ではステロイドや免疫抑制剤を投与します。内分泌疾患(甲状腺機能低下症など)ではホルモン補充療法を行います。また、機能維持と生活支援 、理学療法(筋力維持、関節可動域の確保)、作業療法(日常生活動作の自立支援)、言語療法(嚥下・発語訓練、呼吸リハビリ、喀痰排出の補助)や非侵襲的換気療法を行います。特に乳児期の早期介入が将来の生活の質に大きく関与するため、診断がつかなくても機能訓練を開始することが勧められています。

筋緊張低下になりやすい人・予防の方法

筋緊張低下になりやすい人として、遺伝的素因のある方(家族歴あり)、早産児や低出生体重児、染色体異常を有する児、新生児期の脳損傷や低酸素障害の既往がある場合、代謝性疾患やミトコンドリア病の既往などが挙げられます。発症頻度としては、脊髄性筋萎縮症は1人/10万人、ポンぺ病は1人/4万人、先天性筋強直性ジストロフィーは7人/10万人、プラダー・ウィリー症候群は1人/1.5万人、先天性ミオパチーは3.5~5人/10万人と疾患によって異なります。

筋緊張低下自体は多くの場合先天性・遺伝性の要因によって生じることが多いため、予防が困難です。早期発見する方法として、妊娠中の適切な管理(感染予防、胎児発育の確認) 、出生後の定期健診・発達評価を適切なタイミングで行うこと、家族歴がある場合の出生前診断・遺伝カウンセリング、といった方法があります。症状の早期発見とリハビリ開始により、二次的な合併症(拘縮、側弯症、嚥下障害など)を防ぐことが可能です。

参考文献

  • 小牧宏文:症候からみる臨床検査の進めかた 筋痛、筋力低下、筋緊張低下. 小児科診療 83巻 13号 pp. 165-169. 2020
  • 石山 昭彦:筋疾患の症候学―問診・診察のコツ. 小児内科 55巻 12号 pp. 1855-1860. 2023
  • 石川 悠加:先天性ミオパチー. 小児内科 54巻 13号 pp. 514-520. 2022
  • Tuysuz B, Kartal N, Erener-Ercan T, et al. Prevalence of Prader-Willi syndrome among infants with hypotonia. J Pediatr 2014; 164:1064.
  • Bodensteiner JB. The evaluation of the hypotonic infant. Semin Pediatr Neurol 2008; 15:10.
  • Sparks SE. Neonatal hypotonia. Clin Perinatol 2015; 42:363.
  • Up to date:Approach to the infant with hypotonia and weakness

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