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前田 広太郎

監修医師
前田 広太郎(医師)

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2017年大阪医科大学医学部を卒業後、神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修を行い、兵庫県立尼崎総合医療センターに内科専攻医として勤務し、その後複数の市中急性期病院で内科医として従事。日本内科学会内科専門医、日本腎臓学会腎臓専門医、日本透析医学会透析専門医、日本医師会認定産業医。

メビウス症候群の概要

メビウス症候群は、生まれつき顔の筋肉が動かしにくい「顔面神経麻痺」や、目を左右に動かしにくい「外転神経麻痺」がある病気です。症状は片側だけの場合もあれば、両側に出ることもあります。これらの神経の異常に加えて、他の神経や体の形にも異常がみられることがあります。たとえば、足の形が内側に曲がって生まれる「内反足」などの整形外科的な異常がよく見られます。病気の名前である「メビウス」は、19世紀のドイツの医師、パウル・ユリウス・メビウスに由来しています。この病気は、顔や目の筋肉の動きをコントロールする脳幹という部分にうまく神経が発達しないことで起こると考えられています。このように、神経や体の成り立ちに関係するさまざまな問題が重なっていることから、「メビウス症候群」というよりも「メビウス配列(メビウスシークエンス)」と呼ばれることもあります。これは、胎児の成長のどこかの時点で脳や体に何らかの障害が起こり、それが複数の異常につながるという考え方です。

メビウス症候群の原因

はっきりとした原因はまだわかっていません。多くは偶然に起きる孤発例で、特定の家族内で繰り返されることは少ないとされています。ただし、数十家系では遺伝的なつながりがあると考えられています。脳の中でも、特に脳幹という生命維持に関わる大事な部分で神経がうまく育たなかったことが原因とされており、その背景には遺伝的な要因や、胎児の時期に一時的な血流の低下(虚血)があった可能性が考えられています。神経の発達が未熟なままであったり、神経細胞が壊れていたりするケースも報告されています。一部の患者では、特定の染色体の異常(例:13番染色体や1番染色体の一部)も関連している可能性がありますが、まだ確実なことは分かっていません。

メビウス症候群の前兆や初期症状について

この病気は、赤ちゃんが生まれてすぐに分かることが多いです。最も多いのは、顔の表情が動かないこと(仮面のような顔つき)や、母乳やミルクを飲みにくいことです。まぶたが閉じにくい、よだれが多く出る、といったこともよくあります。さらに、目を左右に動かす筋肉が働かないために、眼が内側に寄ってしまう「内斜視」や、目を動かせず首を回して物を追う姿が見られます。これは、外転神経の麻痺によるものです。また、顔や目だけでなく、口がうまく開かない、小さなあご、口蓋裂(口の中が裂けている状態)、呼吸のしにくさ、舌が小さいなど、さまざまな症状を伴うことがあります。手足の形にも異常が見られることがあり、足が内側に曲がっていたり、手や腕の一部が発育していなかったりするケースもあります。中には、大胸筋(胸の筋肉)が欠けているなど、目に見える体の異常がある場合もあります。また、知的発達の遅れ、自閉症のような行動の特徴、てんかん、難聴などが見られることもあります。

メビウス症候群の検査・診断

メビウス症候群の診断は、以下の2つの条件を満たすことが必要です。①生まれつきの、非進行性の顔面神経麻痺と外転神経麻痺があること、②他の神経や筋肉の病気が原因でないこと。診察では、表情の動きが乏しいこと、眉間を叩いてもまばたきがうまくできないこと、目で物を追うときに眼球が動かず首を使って追いかける様子などが観察されます。眼の動きの障害には、他の原因(眼球運動失行など)との区別が必要です。これは、無意識では目を動かせるのに、意識して物を見ようとすると動かない、という違いで見分けることができます。また、他の病気との鑑別(見分け)も重要で、遺伝性の顔面麻痺や筋ジストロフィー、代謝性疾患、脳の奇形などとの区別が求められます。

メビウス症候群の治療

メビウス症候群には、現在のところ病気そのものを治す根本的な治療法はありません。そのため、症状に応じて支持療法や対症療法(症状を和らげる治療)が中心になります。たとえば、赤ちゃんの頃にミルクをうまく飲めない場合には、鼻からチューブを入れて栄養をとったり、お腹に穴を開けて胃に直接栄養を送る「胃ろう」を作ったりすることがあります。呼吸が苦しいときには、気管切開や人工呼吸器の使用が必要になることもあります。注意が必要なのは、誤って食べ物や唾液が気道に入ってしまい、窒息や肺炎を起こすリスクがあることです。また、脳幹の働きが不十分な場合には、突然死のリスクもあるため、医療的な管理が重要です。治療には、耳鼻科や眼科、整形外科、歯科、形成外科、心理支援など、多くの専門家が連携して対応します。また、表情の変化が少ないために、周囲と気持ちが伝わりにくくなることもあり、心理社会的な支援も重要です。脳幹の障害程度と範囲により予後は異なりますが、重症例でも徐々に医療的ケアから離脱できる例もあり、発達も緩徐ですが確実に伸びていくとされます。

メビウス症候群になりやすい人・予防の方法

この病気はとてもまれで、日本では約8万人に1人といわれています。全国で見れば、およそ1000人前後の患者さんがいると推定されています。多くのケースは偶然に発症するもので、遺伝性のものは一部に限られています。したがって、予防する方法は現時点ではなく、早期に診断して適切なサポートを受けることが最も大切です。

参考文献

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  • Cattaneo L, et al. The localization of facial motor impairment in sporadic Möbius syndrome. Neurology. 2006;66(12):1907.
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  • Slee JJ, Smart RD, et al. Deletion of chromosome 13 in Moebius syndrome. J Med Genet. 1991;28(6):413.
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  • 難病情報センター. メビウス症候群(指定難病133)概要・診断基準等

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