

監修医師:
神宮 隆臣(医師)
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熊本大学医学部卒業。熊本赤十字病院脳神経内科医員、熊本大学病院脳神経内科特任助教などを歴任後、2023年より済生会熊本病院脳神経内科医長。脳卒中診療を中心とした神経救急疾患をメインに診療。脳神経内科疾患の正しい理解を広げるべく活動中。診療科目は脳神経内科、整形外科、一般内科。日本内科学会認定内科医、日本神経学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本脳血管内治療学会専門医、臨床研修指導医の資格を有す
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亜急性硬化性全脳炎の概要
亜急性硬化性全脳炎とは、麻疹(はしか)ウイルスへの感染が原因で起こる病気です。 英語の頭文字をとって「SSPE」とも呼ばれます。 麻疹ウイルスに感染し、麻疹の症状が治まった後でも、脳内で麻疹ウイルスが長期間にわたり存在し続けることがあります。 この麻疹ウイルスが数年から十数年という潜伏期間で脳内で留まるうちに再び活性化し、変異を起こして日常生活に支障が出るような症状を引き起こします。 病名に付く「亜急性」とは、病状が急激に進行する「急性」と、極めてゆっくりとした進行を見せる「慢性」の間、急激ではないものの徐々に病状が進行する状態を指します。 通常の麻疹とは異なり、他者に感染することはなく、また遺伝することもありません。ですが、発症後の予後は悪く、数年から十数年で死に至る重篤な疾患です。現在、日本国内における患者数はおよそ100名程度とされています。 麻疹ワクチンが普及した現代においては、新規の患者数は少なくなっており、また、亜急性硬化性全脳炎の発症率は、麻疹に感染した人の数万人に一人とされています。しかし、発症後は有効な治療法がなく、やがて昏睡状態あるいは死に至る恐ろしい病気です。この病気を避けるためには、麻疹の予防策を講じることが重要となります。亜急性硬化性全脳炎の原因
概要の通り、亜急性硬化性全脳炎の原因は麻疹ウイルスへの感染です。 特に、免疫機能が十分ではない乳幼児期に麻疹ウイルスが体内に侵入すると、ウイルスを排除しきれずに中枢神経内に留まるリスクが高まります。 そして、中枢神経で持続的に感染状態を続けたウイルスを構成するタンパクに変化が起こり 、免疫が弱まるなどの感染した患者側の要因も相まって亜急性硬化性全脳炎の発症へと至るとされています。 現在のところ、なぜ変異した麻疹ウイルスが長期間脳内に留まるのか、また、潜伏期間を経て活性化する原因は何なのか、といった発症に至るメカニズムは解明されていません。臨床的に判明している点では、女性よりも男性で発症率が高いこと、2歳未満で麻疹にかかった場合で最も発生リスクが高いこと、通常は20歳未満で発症すること、などが挙げられます。亜急性硬化性全脳炎の前兆や初期症状について
亜急性硬化性全脳炎は、変異麻疹ウイルスの潜伏中は特に症状が見られません。 発症すると、症状の進み具合に応じて、1期〜4期に分類されています。 以下、各期に見られる特徴的な症状を紹介します。 1期 性格の変化、周囲に対する関心の低下、意欲や学校の成績の低下、字がうまく書けなくなる、軽度の知的低下が現れる、けいれんが見られる、などの症状が現れます。 2期 手足に周期的なミオクローヌスが見られます。ミオクローヌスとは、寝入りに手や足がビクビクとなるような自分の意思とは無関係に起こる電気ショックのような筋肉の収縮のことです。また、知的な能力も低下していき、思考、判断、記憶、創造といった精神活動が衰えていくほか、歩行障害が現れるなど、運動機能も低下していきます。 3期 2期に起こるような知的能力、運動機能の低下がさらに進み、やがて座ることも難しくなり、症状がさらに進むと寝たきりとなります。次第に口から食事を摂ることも難しくなっていき、発熱や発汗などの自律神経症状も現れるようになります。この頃になるとミオクローヌスの動きも激しくなっていきます。 4期 昏睡状態となり、脳の障害が進むため、腕を曲げて足を伸した状態で硬直する姿勢(除皮質硬直)や、手足を伸ばして硬直する姿勢(除脳硬直)が見られるようになります。 硬直が進んだ状態では、ミオクローヌスは弱くなるか全く見られなくなります。 このような経過は通常、数年をかけて進行を見せますが、中には数ヶ月で4期まで進む急性型や、反対に数年以上かけて症状が進む慢性型も、それぞれ全体の中で約10%ほど見られます。 近年、治療により症状の改善や病状の進行が遅くなったとの例も見られるようになってきています。 亜急性硬化性全脳炎のきっかけは麻疹ウイルスへの感染であり、かつ、多くは乳幼児期の感染がもとで起こりますので、子どもが麻疹になった際はすみやかに小児科を受診してください。 受診の際の注意点としては、麻疹が疑われる場合、必ず受診前に受診する予定の医療機関に電話などで連絡し、麻疹の疑いがある旨を伝えるようにしましょう。亜急性硬化性全脳炎の検査・診断
病状が進行し、亜急性硬化性全脳炎に特徴的な症状が現れるようになると、この病気が疑われます。 診断にあたっては、血液や髄液を採取し、麻疹ウイルスに対する抗体の値が高くなっているかどうかを確かめます。ならびに、脳波の測定で特徴的な波形が見られるかどうか、脳に対するCT検査やMRI検査で画像による脳の変化を確認し、確定診断へとつなげていきます。 上記の検査でも原因がわからない場合は、患者さんの脳の組織を採取して、実際の組織を顕微鏡などで検査する生検検査を行うこともあります。亜急性硬化性全脳炎の治療
現時点では、亜急性硬化性全脳炎を根本的に治療する方法は見つかっていません。 治療にあたっては以下のような薬剤を用いるのが一般的です。 イノシンプラノベクス(商品名:イソプリノシン) この薬剤は人体のT細胞に作用して免疫を活性化させる働きがあり、さらに生体内での抗ウイルス活性作用も報告されています。 亜急性硬化性全脳炎の患者さんの生存期間を延長させる目的で用いられます。 この薬を用いた場合、症状が改善したか、進行が止まった症例の割合は、報告によると10%〜60%である一方、イノシンプラノベクスを投与しなかった場合、自然に症状が寛解した割合は4%~10%とされています。 したがって、効果は確実ではないものの、一定程度、症状の進行を抑制する働きが期待できると考えられています。 また、生存率で見た場合、イノシンプラノベクスが投与された98例において、その8年生存率が61%であるのに対し、ほぼ同時期の非投与例の生存率は8%であることから、イノシンプラノベクスは亜急性硬化性全脳炎の生存率を伸ばす効果があると見られています。 インターフェロン ウイルスの増殖を阻害する薬であるインターフェロンも、亜急性硬化性全脳炎の治療に用いられ、先述のイノシンプラノベクスとの併用で病状の進行を遅らせる効果が期待できます。 実際の治療においては、報告例により改善率にばらつきはあるものの、積極的な治療を行わなかった場合と比べて病状の進行を遅らせる率が高いと言えます。 対症療法 身体のけいれんや硬直、ミオクローヌスといった症状に対して、それぞれに対応した投薬、理学療法といった対症療法がとられます。また、病状が進むにつれて自力での栄養摂取や呼吸が困難になってきますので、介護も必要となってきます。亜急性硬化性全脳炎になりやすい人・予防の方法
原因欄でも紹介した通り、亜急性硬化性全脳炎は幼少期の麻疹ウイルスへの感染がきっかけで発症する病気です。 予防においては、この時期に麻疹ウイルスへの感染を防ぐことが最重要です。 予防には麻疹・風疹混合(MR)ワクチンの2回接種が有効です。1歳になったらなるべく早く、2歳になる前に1回目の接種を終え、2回目は小学校に入学する前の1年間のうちに受けることで、麻疹ウイルスに対する十分な免疫の獲得が期待できます。関連する病気
- 麻疹
- 免疫抑制状態
参考文献




