

監修医師:
前田 佳宏(医師)
目次 -INDEX-
致死性家族性不眠症の概要
致死性家族性不眠症とは、脳にプリオンと呼ばれる異常なたんぱく質が蓄積することによって引き起こされる病気で、国によって難病に指定されています。
その名の通り、発病すると極度の不眠症となり、幻覚症状や興奮状態、記憶力の低下などの症状が見られるほか、自律神経にも影響を及ぼし、体温の上昇、発汗、頻脈といった症状が見られるようになります。
症状が進行すると認知症やミオクローヌスと呼ばれる全身のけいれんを示すようになり、発病から1年ほどで意識がなくなり、寝たきりの状態となる経過をたどります。
致死性と言われるように、発症から1〜2年、長くとも数年後には死に至ります。
異常たんぱくのプリオンと言えば、過去に狂牛病の通称で話題になった牛海綿状脳症(BSE)が有名ですが、この牛海綿状脳症に関連すると言われているクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)や、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(GSS)と呼ばれる病気も、脳にプリオンが蓄積して脳神経細胞の機能を侵す点は同じです。
そのため、これらの病気を総称してプリオン病と呼び、一連の疾患群として捉えられています。
人間のプリオン病は、原因不明の特発性(孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病、孤発性致死性不眠症)、プリオンたんぱく遺伝子の変異による遺伝性(家族性クロイツフェルト・ヤコブ病、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群、致死性家族性不眠症)、他からのプリオン感染による獲得性(クール―病、医原性または変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)の3種類に分類されています。
このように「家族性」と名の付くことから、致死性家族性不眠症は遺伝性の疾患で、プリオンたんぱく遺伝子178番の塩基配列に変異が認められます。
同じ疾患群のクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群とは、病気の主な症状や病変の生じる部位が異なるという特徴があります。
日本においてはごく少数の家系で報告例があります。
致死性家族性不眠症は平均して40代〜50代での発症が多いですが、20代後半〜70代での発症例が報告されています。
致死性家族性不眠症の原因
プリオンたんぱくそのものは正常な脳内にも存在していますが、その働きについては現在でもわかっていません。
致死性家族性不眠症の患者さんに見られるような異常なプリオンたんぱくは、正常なものとは構造が異なり、たんぱく分解酵素で消化されにくいという特徴があります。
この異常なプリオンたんぱくが脳内に蓄積した結果、神経細胞が死に、発病に至ります。
プリオン病はほかに原因がなく突発的に発症する孤発性、汚染された肉の摂取や臓器移植などの医療を介して感染する獲得性の例もありますが、この致死性家族性不眠症の原因は概要欄でも述べたように遺伝によるものです。
致死性家族性不眠症の前兆や初期症状について
致死性家族性不眠症では、初期症状として寝つきが悪くなり、睡眠も浅く長時間眠り続ける事が困難になっていきます。また、身体のこわばり、ひきつり、収縮などが見られるようになり、睡眠中に身体が動くことも多くなっていきます。
やがて症状が進むにつれ、全く眠れなくなっていきます。
ほか、運動機能の障害、幻覚、記憶力の低下、多汗、高血圧、体温調節機能の乱れなどの症状も現れます。
そして重度の記憶障害や認知症の症状が見られるようになり、おおむね発症から2年ほどで全身の衰弱や肺炎などで亡くなります。
対応する診療科は脳神経内科ですが、受診のきっかけは不眠であることが多いかと思われますので、内科、精神科、または総合診療科で相談してみてください。
致死性家族性不眠症の検査・診断
致死性家族性不眠症の検査においては、脳波、MRI、脳脊髄液の検査、睡眠ポリグラフ検査、PET検査、遺伝子検査などが行われます。
致死性家族性不眠症では、異常プリオンたんぱくの蓄積による視床部の活動の低下が特徴であるため、細胞の活動状況を画像で確認できるPET検査が適しているとされています。
また、主症状に進行性の不眠があることから、睡眠中の生体活動を調べる睡眠ポリグラフ検査を行い、遺伝子検査にて特有の変異が見られるかどうかも併せて確認を行います。
問診も含め、総合的に診断することになりますが、最終的な確定診断にあたっては、亡くなった後に病理解剖を行っての解析が必要となります。
致死性家族性不眠症の治療
現時点で致死性家族性不眠症に対する有効な治療法はなく、また、病気の進行を遅らせるすべも見つかっていません。このため、症状に対する対症療法が治療の中心となります。具体的には睡眠薬の処方、感染症への対策、呼吸の管理、リハビリテーション、筋肉の収縮を起こすミオクローヌスに対する治療などです。
初期の段階では不眠症や認知症、精神疾患と診断される可能性が高いです。治療を受けても症状の改善が見られない場合は、万が一の可能性も考慮し、一度詳しい検査を受けることをおすすめします。その際は自身の状態や経過を詳しく医師に伝えることが大切です。
この病気を発症すると、遅くとも数年以内には死に至ります。働き盛りの年代での発症が多いため、この病気が発覚した場合、従来通り仕事を続けていくことは難しいと考えられます。身の回りの整理や今後について話し合うこと、また、緩和ケアや本人および家族に対する心理的なケアや社会的支援が求められます。
致死性家族性不眠症が比較的多く見つかっているイタリアにおいては、遺伝子変異を持つ人に対して発症を防ぐための薬の治験が行われており、今後も有効な薬の開発が期待されています。
致死性家族性不眠症になりやすい人・予防の方法
致死性家族性不眠症は遺伝性の疾患ですが、特有の遺伝子変異を持つ人全てが発症するわけではなく、家族内での発症が見られないケースも存在します。
発症する人としない人の違いに関しては、現時点ではわかっていません。また、発症に男女の差はないと見られています。
きわめて稀な疾患であり、日本国内においてこれまで報告されている例は4件です。
ただし、致死性家族性不眠症との診断が下されていないケースもあると思われますので、実際の数字はこれよりも多い可能性はあります。
かつてパプアニューギニアで多く発生していた「クールー」というプリオン病は、原住民による遺体の埋葬儀式において、近親者が死者の人肉を食するという習慣があり、この習慣を通して異常プリオンに感染していました。
プリオン病の感染経路として極端な例をご紹介しましたが、例えば通常の介護などで体液や排泄物に触れることでプリオン病に感染することはありません。
通常の生活であれば人から人への感染の可能性はないと考えてよいでしょう。
関連する病気
- クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)
- 遺伝性プリオン病
参考文献