

監修医師:
大坂 貴史(医師)
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大脳皮質基底核変性症の概要
大脳皮質基底核変性症(だいのうひしつきていかくへんせいしょう)は、中高年以降に発症し、徐々に進行する神経の難病のひとつです。英語では「Corticobasal Degeneration(CBD)」と呼ばれ、その名のとおり、大脳皮質と基底核という脳の二つの領域に異常な変化が起こることからこのように名づけられました。
この病気は、手足の動かしにくさ、筋肉のこわばり、動作のぎこちなさなどに加え、認知機能の低下や言葉が出にくくなるといった症状がゆっくりと進行していきます。症状が多様であることが特徴で、最初は片側の手や足の動かしづらさとして現れることが多いものの、進行するにつれて反対側にも広がっていきます。
パーキンソン病やアルツハイマー病と似た症状を示すこともあり、診断には時間がかかることがありますが、大脳皮質基底核変性症はこれらとは異なる独立した病気です。現在のところ完治させる治療法はなく、症状をやわらげながら日常生活を支えることが中心となる病気です。
大脳皮質基底核変性症の原因
この病気の原因は完全には解明されていませんが、脳の中に「タウたんぱく質」と呼ばれる異常なたんぱく質がたまることが発症に深く関係していると考えられています。タウたんぱく質は本来、神経細胞の中で細胞の構造を安定させる働きをしていますが、何らかの原因で異常に変化すると、細胞の中に蓄積し、神経細胞を傷つけたり死なせたりしてしまいます。
大脳皮質と基底核は、運動や認知、感覚など多くの脳の機能を担っている重要な部分です。この領域で神経細胞の脱落が起こることで、さまざまな症状が現れてくるのです。
なお、家族性(遺伝性)の例はほとんどなく、多くの場合は偶発的に発症します。発症のメカニズムには、加齢や環境的な要因が関わっている可能性があるものの、現時点では詳しい原因や予防法はわかっていません。
大脳皮質基底核変性症の前兆や初期症状について
大脳皮質基底核変性症の初期症状は人によってさまざまですが、もっともよく見られるのは「片側の手足の動かしづらさ」です。たとえば、右手だけがぎこちなくなる、細かい作業がうまくできなくなるといった形で始まることが多く、手を使うことが苦手になったと感じる人が少なくありません。
筋肉がこわばって動きがスムーズでなくなる「筋固縮」や、震え、動作が遅くなる「寡動」などは、パーキンソン病と似ています。また、本人の意思とは無関係に手が勝手に動いてしまうように感じる「エイリアン・ハンド現象」と呼ばれる症状が出ることもあり、これはこの病気に特徴的な現象の一つです。
初期の段階では認知機能に問題が見られない場合もありますが、進行に伴い、注意力の低下、言葉の出にくさ、判断力の低下などが現れてくることがあります。さらに、手足の感覚が鈍くなる、物に触れてもそれが何かがわからない(視覚や触覚による認識の障害)といった症状が加わることもあります。
このように、運動障害と認知障害、感覚障害が混在して進行していくのがこの病気の特徴であり、最初は軽い症状でも、徐々に日常生活に大きな支障をきたすようになっていきます。
大脳皮質基底核変性症の検査・診断
大脳皮質基底核変性症の診断には、問診と神経学的な診察が欠かせません。医師はまず、患者さんがどのような症状にいつごろから気づいたのか、進行の仕方や、日常生活への影響などを詳しく聞き取ります。そして、体の動きや筋肉の緊張、感覚、言語、認知機能などを確認するために、神経機能のテストを行います。
次に行われるのが画像検査です。脳の構造を調べる「MRI(磁気共鳴画像)」では、大脳皮質や基底核に萎縮(すいしゅく)が見られることがあります。特に脳の前頭葉や頭頂葉に異常が見つかることが多く、病気の進行度を把握するのにも役立ちます。
また、「SPECT(スペクト)」や「PET(ペット)」といった脳の血流や代謝を調べる機能的な画像検査を行うことで、より詳細な情報を得ることもできます。これらの検査は他の病気との鑑別、たとえばパーキンソン病やレビー小体型認知症との区別にも役立ちます。
血液検査では、この病気を特定するマーカーはありませんが、他の疾患を除外する目的で行われることが一般的です。また、神経心理学的検査と呼ばれる認知機能の評価テストも、診断や経過観察のために取り入れられることがあります。
最終的な診断は、症状、画像検査の所見、他の病気との鑑別などを総合的に判断して下されますが、初期には診断が難しいことも多く、経過を見ながら慎重に評価していくことが必要になります。
大脳皮質基底核変性症の治療
残念ながら、現在のところ大脳皮質基底核変性症を根本的に治す治療法は存在していません。そのため、治療は主に「対症療法」となり、出現している症状を少しでも軽くし、患者さんが自立した生活をできる限り長く送れるようにすることが目標となります。
運動症状に対しては、パーキンソン病で使われるドパミン補充薬(レボドパなど)が処方されることがありますが、この病気ではあまり効果がみられないことが多いです。その一方で、筋肉のこわばりやけいれんに対しては、筋弛緩薬や抗けいれん薬が有効なことがあります。
認知症の症状やうつ症状が出てきた場合には、それぞれに応じた薬物療法が検討されます。また、薬だけに頼らず、理学療法(リハビリ)、作業療法、言語療法などを組み合わせた包括的なリハビリテーションが、日常生活の維持にとても重要です。
リハビリでは、バランス感覚や歩行能力を維持するための運動や、食事や着替えといった日常動作を続けるための訓練、言葉のやりとりを支援する会話訓練などが行われます。必要に応じて福祉用具の導入や、介護サービスの利用も進められます。
また、ご本人だけでなく家族への支援も不可欠です。進行性の病気であるため、今後の生活の見通しや介護体制について、医療・介護のチームとともに話し合いながら備えていくことが大切です。
大脳皮質基底核変性症になりやすい人・予防の方法
大脳皮質基底核変性症は、現時点でははっきりとした発症の原因がわかっておらず、特定の「なりやすい人」が明確に特定されているわけではありません。また、遺伝性であることはまれで、多くは家族歴のない散発性の発症です。そのため、日常生活の中での予防法が確立されていないというのが実情です。
ただし、脳の変性疾患全般においては、脳への負担を減らす生活習慣が重要とされています。たとえば、高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病は脳の健康に悪影響を与えることがあるため、これらを予防・管理することは大切です。また、適度な運動、バランスの取れた食事、十分な睡眠、ストレスの軽減といった、脳の老化をゆるやかにする生活を心がけることが、間接的な予防になる可能性があります。
一方で、すでに何らかの異変を感じたとき、たとえば手足の動かしづらさや言葉の出にくさが気になったときには、早めに神経内科を受診することが重要です。早期に診断がつけば、必要な支援やリハビリを早く始めることができ、生活の質をより長く保つことが可能になります。




