

監修医師:
大坂 貴史(医師)
目次 -INDEX-
ワレンベルグ症候群の概要
ワレンベルグ症候群は、脳の一部である「延髄(えんずい)」にある神経が障害されることによって起こる、まれなタイプの脳卒中です。別名「延髄外側症候群」とも呼ばれており、神経内科や脳神経外科ではよく知られている病気のひとつです。
延髄は、脳幹という命に関わる働きを担う中枢の一部で、呼吸、心拍、嚥下(飲み込み)といった生きるために必要な機能をコントロールしています。ワレンベルグ症候群では、この延髄の外側にある部分に障害が起こるため、顔の感覚障害、めまい、のどの麻痺、しゃべりにくさ、飲み込みづらさなど、さまざまな神経症状が一度に現れます。
突然に生じる症状や多彩な神経の異常が特徴で、適切な診断と早期の対応が極めて重要です。特に、のどの麻痺による誤嚥(ごえん)や呼吸障害は命に関わることもあるため、迅速な医療介入が求められます。
ワレンベルグ症候群の原因
ワレンベルグ症候群の原因は、延髄の外側に血液を供給している「椎骨動脈」や「後下小脳動脈」と呼ばれる細い動脈が詰まってしまうことによります。血管が詰まることで、その先に血液が流れなくなり、延髄の一部に酸素や栄養が行き届かなくなって神経細胞が障害されるのです。これは、いわゆる「脳梗塞」の一種です。
動脈が詰まる原因としては、動脈硬化が最も一般的です。高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、加齢などが背景にあると、血管の内側が狭くなったり、血栓ができやすくなったりします。また、心臓の病気(不整脈など)によって心臓内にできた血のかたまり(血栓)が脳に飛ぶことで引き起こされることもあります。
まれに、首の動きやけが、カイロプラクティックなどの施術によって椎骨動脈が傷つき、血流障害を起こすケースも報告されています。若年者でも注意が必要な病態です。
ワレンベルグ症候群の前兆や初期症状について
ワレンベルグ症候群は突然に発症することが多く、その症状は非常に多様です。もっとも典型的な初期症状は「激しいめまい」です。天井がぐるぐる回るような感覚、体がふらつくような不安定さ、立っていられないほどの平衡感覚の異常などがみられます。
このめまいに加えて、「しゃべりにくくなる」「むせやすくなる」「飲み込みが難しくなる」といった、のどや舌の筋肉の異常も同時に出てくることがあります。これらは、延髄にある「舌咽神経」や「迷走神経」が障害されることで起こる症状で、食事や会話に大きな影響を与えます。
顔の片側の感覚が鈍くなったり、手足の感覚に左右差が出たりすることもあり、「顔と体で異なる部位に感覚障害が出る」という特徴的なパターンを示します。また、目の動きに異常が起きて、眼振(目がピクピク動く)、まぶたが垂れ下がる(眼瞼下垂)、瞳孔が小さくなる(縮瞳)などの自律神経症状が現れることもあります。
これらの症状は一見バラバラに見えますが、すべて延髄の外側にある神経が一度に障害されることで説明できるため、経験のある医師であれば診察時にワレンベルグ症候群を疑うことが可能です。
ワレンベルグ症候群の検査・診断
ワレンベルグ症候群の診断には、まず神経学的な診察が大切になります。顔と体の感覚に左右差があるか、飲み込みや発音の異常があるか、眼振が出ていないかといった所見を、医師が細かく確認していきます。
続いて行われるのが画像検査です。特に有用なのは「MRI」で、延髄の外側部分に血流障害が起こっている様子がはっきりと確認できます。発症から時間が経っていない場合でも、拡散強調画像という特殊な撮影法によって、早期の病変を検出することが可能です。
血管が詰まっている原因を調べるために、「MRA」や「頸動脈エコー」、「心電図」や「心エコー」といった検査も併せて行われます。心臓からの血栓飛来や、頸部の動脈の異常が原因である場合は、それに応じた対応が必要になるためです。
嚥下機能の評価には「嚥下造影検査」や「嚥下内視鏡検査」が行われ、誤嚥の有無や程度を把握します。これによって、安全に食事ができるかどうか、どのようなサポートが必要かが判断されます。
ワレンベルグ症候群の治療
治療はまず、「脳梗塞の進行を止める」ことが最優先となります。発症直後であれば、血栓を溶かす「t-PA(血栓溶解薬)」の投与が検討されますが、これは発症から4.5時間以内など厳しい条件があります。
それ以外の場合には、血を固まりにくくする「抗血小板薬」や「抗凝固薬」の投与が開始されます。これにより、再発や新たな血管閉塞のリスクを減らします。高血圧、糖尿病、脂質異常症などがあれば、生活習慣病の管理も欠かせません。
症状が出てしまったあとは、「リハビリテーション」が治療の中心になります。飲み込みの障害に対しては、嚥下訓練や食事の形態の工夫、場合によっては一時的に胃ろうや経鼻経管栄養といった方法で栄養を確保することもあります。
言葉の障害には言語聴覚士(ST)による訓練が、めまいや平衡感覚の異常には理学療法士(PT)によるバランス訓練が行われます。生活動作の回復や社会復帰に向けた支援も含め、総合的なリハビリが必要です。
多くの方は、症状が軽快するにつれて自力での食事や会話、歩行が再び可能になりますが、障害の程度によっては後遺症が長く残ることもあります。退院後も定期的なフォローと再発予防の継続が必要です。
ワレンベルグ症候群になりやすい人・予防の方法
ワレンベルグ症候群の根本的な原因は「脳梗塞」です。したがって、一般的な脳梗塞のリスク因子が、そのままこの病気のリスクとなります。特に注意すべきなのは、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、心房細動(不整脈の一種)、肥満、過度の飲酒といった生活習慣に関わる要素です。
これらのリスクを減らすためには、定期的な健康診断で血圧や血糖、コレステロール値をチェックし、必要に応じて治療を受けることが大切です。禁煙は脳梗塞予防に最も効果的な手段のひとつであり、また適度な運動や塩分の少ない食事も重要です。
心房細動を指摘された方は、心臓でできた血栓が脳に飛んで脳梗塞を起こすリスクが高いため、抗凝固薬の内服によって予防が可能です。このタイプの脳梗塞は比較的若い人にも起こるため、心電図異常があれば放置せず、専門医に相談するようにしましょう。
さらに、急に首を強くひねるような動きや、むやみに首を圧迫するような施術も、椎骨動脈の損傷につながる可能性があります。カイロプラクティックや整体などを受ける場合は、安全性に十分配慮し、異変を感じたらすぐに受診することが重要です。
ワレンベルグ症候群は、発症すると一時的に日常生活が大きく制限される病気ですが、早期の対応と適切なリハビリによって多くの方が社会復帰を果たしています。日々の生活習慣の見直しが、何よりの予防策となるでしょう。




