

監修医師:
大坂 貴史(医師)
コルサコフ症候群の概要
コルサコフ症候群は、記憶力が著しく低下する「記憶障害」を主な特徴とする病気です。特に、新しい出来事を記憶できない「前向性健忘」と、過去の記憶があいまいになる「逆向性健忘」が目立ちます。その一方で、意識はある程度保たれており、会話もある程度成り立つため、初期には気づかれにくいこともあります。
この病気は、アルコール依存症にともなって発症することが多く、慢性的なビタミンB1(チアミン)不足が大きな要因とされています。そのため、医学的には「アルコール性記憶障害」や「アルコール性認知症」と呼ばれることもあります。
コルサコフ症候群は、一度発症すると完全に元通りの記憶力に戻ることは難しく、長期的な支援やリハビリが必要となるケースが多い病気です。早期に発見し、ビタミンの補充や生活習慣の改善を行うことで、進行を防いだり、症状を軽減したりすることができます。
コルサコフ症候群の原因
コルサコフ症候群のもっとも大きな原因は、脳にとって重要な栄養素であるビタミンB1(チアミン)が不足することです。ビタミンB1は、脳の神経細胞が正常に働くために必要不可欠な栄養素であり、不足すると神経の働きが鈍くなり、やがて記憶をつかさどる脳の一部が損傷を受けます。
このようなビタミンB1の不足は、主に長期間の過度な飲酒によって引き起こされます。アルコールを大量に摂取していると、食事から十分な栄養をとらなくなったり、摂取したビタミンの吸収が阻害されたりします。さらに、肝臓の機能が低下すると、体内での栄養素の利用効率も悪くなるため、ビタミンB1の不足が深刻化しやすくなるのです。
アルコール以外にも、極端な偏食や胃を切除した人、長期間の栄養失調、重度のつわりや摂食障害なども原因になることがあります。つまり、コルサコフ症候群は「栄養不足」と「脳の損傷」が組み合わさった結果として起こるといえます。
コルサコフ症候群の前兆や初期症状について
コルサコフ症候群の前段階として知られているのが「ウェルニッケ脳症」です。これは急激にビタミンB1が欠乏した状態で、意識障害、眼球運動の異常(物が二重に見えるなど)、歩行のふらつきといった症状が特徴です。ウェルニッケ脳症は適切に治療すれば回復することが可能ですが、治療が遅れると脳に不可逆的なダメージが残り、コルサコフ症候群へと移行してしまうことがあります。
コルサコフ症候群として発症した場合には、記憶に関する症状が中心となります。たとえば、ついさっき話したことを覚えていなかったり、何度も同じ質問を繰り返したりすることが目立ちます。新しい情報が頭に入ってこず、日常生活の中で混乱する場面が増えていきます。
また、自分の記憶の穴を埋めるように「作り話(作話)」をすることもあります。これはウソをつこうとしているわけではなく、本人にとっては自然に思いついたことを話しているだけなので、周囲から見ると少し不自然に感じられることがあります。
一方で、知能や人格は初期の段階では比較的保たれており、外見上は「しっかりしている」ように見えることもあります。そのため、本人も家族も異変に気づかず、病院を受診するまでに時間がかかってしまうケースも少なくありません。
コルサコフ症候群の検査・診断
コルサコフ症候群の診断は、まず本人の症状や病歴、飲酒の状況、食事内容などを詳しく聞くことから始まります。特に、アルコール依存症の既往や、急激な体重減少、最近の記憶の抜け落ちといった情報が診断の手がかりになります。
医師は、記憶力や注意力、言語理解などの認知機能を評価するために、簡単な質問や課題を行う認知機能検査を行います。たとえば、3つの単語を覚えてもらい、数分後に思い出せるかどうかを確認するなどの方法があります。
また、脳の状態をより詳しく調べるために、MRIなどの画像検査が行われることもあります。コルサコフ症候群では、記憶に関わる脳の領域である「乳頭体」に萎縮や異常がみられることがありますが、画像だけで確定できるものではありません。
血液検査によってビタミンB1の血中濃度を測定することで、栄養状態を確認することも重要です。ただし、ビタミンB1の濃度が一時的に正常でも、脳にはすでに影響が出ている可能性があるため、総合的な判断が求められます。
コルサコフ症候群の治療
コルサコフ症候群の治療で最も重要なのは、ビタミンB1の補充です。点滴や内服によって必要量を迅速に補い、脳の回復を促すことが基本となります。特に、ウェルニッケ脳症の段階で治療を始めれば、多くのケースで進行を防ぐことができます。
すでにコルサコフ症候群が進行している場合でも、ビタミンB1の投与によって一部の症状が改善することがありますが、完全な回復は難しいことが多く、長期的なリハビリや介護支援が必要になります。
日常生活では、記憶を補うための支援がとても大切です。たとえば、メモやカレンダー、スマートフォンのリマインダー機能などを活用し、繰り返し情報を確認する習慣をつけることが推奨されます。また、周囲の人が根気よく同じ話を繰り返すことも、安心感を与えるうえで有効です。
アルコール依存が背景にある場合は、断酒の継続が絶対条件となります。医療機関や支援団体と連携しながら、本人と家族が協力して生活を見直していくことが、再発を防ぐうえでも重要なポイントです。
コルサコフ症候群になりやすい人・予防の方法
コルサコフ症候群になりやすいのは、長期間にわたって大量のアルコールを摂取している人です。アルコールによって食事が不規則になり、ビタミンB1の摂取量が不足しがちになるだけでなく、腸からの吸収も妨げられてしまいます。
また、過去にアルコール依存症と診断された人や、断酒と再飲酒を繰り返している人は、脳へのダメージが蓄積している可能性があるため、特に注意が必要です。さらに、胃の手術を受けた人や、極端なダイエットをしている人、食事が偏りがちな高齢者なども、ビタミンB1の欠乏によって発症リスクが高くなることがあります。
予防のためには、まず栄養バランスのとれた食事を心がけることが基本です。特に豚肉、豆類、玄米などに多く含まれるビタミンB1をしっかりとることが重要です。また、飲酒量が多い方は、できる限り減酒・禁酒に取り組むとともに、定期的に医師の診察を受けることをおすすめします。
コルサコフ症候群は、早期に気づけば進行を食い止めることができます。本人が気づきにくい病気でもあるため、家族や周囲の人が変化に気づいたときには、ためらわず専門の医療機関に相談することが大切です。記憶を守るために、生活のなかでできる小さな工夫が、大きな予防につながります。
参考文献




