監修医師:
伊藤 規絵(医師)
神経線維腫症の概要
神経線維腫症は、主に神経系に影響を与える遺伝性疾患であり、特に神経線維腫症1型(neurofibromatosis 1:NF1、レックリングハウゼン病)と神経線維腫症2型(neurofibromatosis 2:NF2)の2つの主要なタイプがあります。
いずれも遺伝性の神経皮膚症候群ですが、いくつかの重要な違いがあります。
NF1の主な症状はカフェオレ斑や雀卵斑様色素、神経線維腫、骨の異常、眼の病変など多彩な症状を呈します。皮膚や皮下に神経線維腫が形成されることが特徴で、患者さんは生涯にわたって複数の腫瘍を経験することがあります。
NF1は17番染色体のNF1遺伝子の変異によって引き起こされ、ニューロフィブロミンというタンパク質の機能不全が原因です。このタンパク質は細胞の増殖を抑制する役割を持っています。
NF2は主に両側の聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)を特徴とし、これが原因で聴覚障害や平衡感覚の問題を引き起こすことがあります。皮膚に現れる病変はNF1に比べて少なく、無症状であることも多いようです。
NF2は22番染色体のNF2遺伝子の変異によって引き起こされ、シュワン細胞に関連するタンパク質であるマーリン(Merlin)の機能不全が原因です。
NF1とNF2は、遺伝的背景や症状、病気の進行において異なる特徴を持っています。NF1は多様な皮膚症状や良性腫瘍が主な特徴であるのに対し、NF2は主に聴神経に関連する腫瘍が中心となります。これらの違いを理解することは、適切な診断と治療において重要です。
神経線維腫症の原因
NF1は、17番染色体長腕(17q11.2)に位置するNF1遺伝子の変異によって発症します。
NF1遺伝子の産物であるニューロフィブロミンは、Ras蛋白の機能を制御して細胞増殖や細胞死を抑制することにより、腫瘍の発生と増殖を抑制すると考えられています。
一方、NF2は22番染色体長腕(22q12)に存在するNF2遺伝子の変異によって発症します。
NF2遺伝子が作り出すタンパク質はマーリンと名付けられており、細胞内の情報伝達機能を担っています。正常では腫瘍の発生を抑制する働きがあります。
このように、NF1とNF2はそれぞれ異なる染色体上の遺伝子の変異によって引き起こされる別の疾患であり、その遺伝的背景は明確に区別されます。
神経線維腫症の前兆や初期症状について
NF1とNF2の前兆や初期症状には明確な違いがあります。
1)NF1の前兆や初期症状
カフェオレ斑は生まれたときから存在することが多く、通常は直径5mm以上の褐色の色素斑が6個以上見られます。これはNF1の最も一般的な初期症状です。
また思春期頃から皮膚や皮下に良性の腫瘍(神経線維腫)が現れ始めます。
これらは通常無痛ですが、数や大きさには個人差があります。
その他の症状として骨の変形や視力に関する問題(例えば、視神経膠腫)も見られることがあります。これらの症状は、個人によって異なり、発症時期も異なることがあります。
2)NF2の前兆や初期症状
NF2は名前こそ神経線維腫症となっていますが、神経線維腫を合併することはなく、最も特徴的な初期症状は、両側の聴神経に発生する聴神経鞘腫(前庭神経鞘腫)です。
これは第VIII脳神経の前庭神経から発生する良性腫瘍です。
これにより、難聴や耳鳴り、平衡感覚の問題が生じることがあります。
また腫瘍があっても、何年も無症状で経過することがありますが、若年者では腫瘍が成長するにつれて急速に神経症状が進行することがあります。
一方、皮膚に生じる神経鞘腫は境界明瞭な褐色結節で、神経線維腫と比較して硬く触れます。しかし、発現頻度は少ない傾向にあります。
よって、NF1は皮膚症状(カフェオレ斑や神経線維腫)が主な初期症状であるのに対し、NF2は聴神経に関連する症状(難聴や耳鳴り)が主な初期症状となります。このように、両者の初期症状は異なり、診断において重要な手がかりとなります。
神経線維腫症の病院探し
皮膚科、脳神経外科、脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
神経線維腫症の検査・診断
それぞれ特徴的な臨床所見と遺伝子検査に基づいて行われます。
1)NF1の診断方法
以下の7つの臨床所見のうち2つ以上を満たすことで診断されます。
- 6つ以上のカフェオレ斑(直径5mm以上、思春期前)または直径15mm以上(思春期以降)
- 2つ以上の神経線維腫(あらゆる型)または1つの叢状神経線維腫
- 腋窩または鼠径部の雀卵斑様色素斑
- 視神経膠腫
- 2つ以上の虹彩小結節(Lisch nodule)
- 特徴的な骨病変(蝶形骨異形成、長管骨皮質の菲薄化)
- NF1と診断された第一度近親者の存在
また、NF1遺伝子の病因となる変異が同定されれば、診断が確定します。
遺伝子検査は、臨床所見が不十分な場合や早期診断が必要な場合に特に有用です。
注意点としては、臨床所見は年齢とともに出現するため、幼少期では診断基準を満たさないこともあります。またモザイク型NF1の場合、典型的な臨床所見が限局的にしか現れないことがあります。
2)NF2の診断方法
臨床診断基準は以下の1、2のいずれかを満たす場合、NF2と診断されます。
- 両側性前庭神経鞘腫を認める
- NF2の家族歴があり、30歳未満で一側性前庭神経鞘腫を認める、または、2つ以上のNF2関連腫瘍(神経鞘腫、髄膜腫、神経膠腫、神経線維腫、後嚢下白内障)を認める
また、遺伝子検査も有用であり、NF2遺伝子の病因となる変異が同定されれば、診断が確定します。
シークエンス解析や変異スキャン、欠失/重複解析などの方法が用いられます。
NF1とNF2は臨床的に異なる疾患であり、異なる染色体上の遺伝子変異によって引き起こされますが、診断上の混乱が続いているため、両者を明確に区別することが重要です。
神経線維腫症の治療
NF1とNF2は治療方法に違いがあります。NF1では主に症状に応じた治療が行われるのに対し、NF2では聴神経腫瘍に対する手術や放射線治療が中心となります。両者とも、悪性腫瘍の合併時には化学療法も考慮されます。
1)NF1の治療
主に症状の管理が中心です。皮膚や皮下の神経線維腫は美容上の問題や不快感がある場合において、外科的切除やレーザー治療を行います。
叢状神経線維腫は外科的切除も可能ですが、神経や隣接組織の損傷、再発のリスクがあります。
悪性末梢神経鞘腫瘍は可能であれば外科的切除を行いますが、症例によっては化学療法も有効です。
視神経膠腫は通常無症状で安定しているため、特に治療を要しません。
側彎症でdystrophic typeは、外科的治療を要することが多い傾向にありますが、non-dystrophic typeは保存的治療で対応が可能です。
2)NF2の治療
主に手術による腫瘍の摘出と定位放射線治療が行われます。
聴神経鞘腫は、腫瘍サイズと残存聴力に応じて治療方針を決めます。
腫瘍が小さいうちに手術を行えば、術後の顔面神経麻痺のリスクが低く、聴力温存の可能性も高くなります。
ガンマナイフなどの定位放射線治療も小さな腫瘍には有効です。
神経線維腫症の対処法
NF1、NF2は厚生労働省の特定疾患(神経難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。
神経線維腫症になりやすい人・予防の方法
NF1とNF2は遺伝性の疾患であり、特定の遺伝子の変異によって発症します。
NF1またはNF2の家族歴がある人は、発症リスクが高くなります。
両親のいずれかが罹患していると、常染色体顕性(優性)遺伝形式のため、子どもに50%の確率で遺伝します。
NF1では、生まれつきカフェオレ斑や神経線維腫が見られることがあります。思春期以降に症状が進行することが多いようです。
NF2では、両側の聴神経腫瘍が特徴的な症状です。若年者では腫瘍が急速に成長し、難聴などの神経症状が進行することがあります。
そのため、発症を完全に予防することは難しいのですが、定期的な検診を受け、経過観察と適切な治療により、症状の悪化を遅らせ、QOLの維持につなげることができます。
さらに遺伝性の疾患であることを理解し、家族全体で対応していくことが大切です。
参考文献