監修医師:
高宮 新之介(医師)
神経鞘腫の概要
神経鞘腫(しんけいしょうしゅ)は、神経を保護する「シュワン細胞」と呼ばれる細胞から発生する良性腫瘍です。シュワン細胞は、神経の周りを包み込み、神経信号の伝達を助ける重要な役割を果たしています。腫瘍が大きくなると、周囲の神経を圧迫し、痛みやしびれ、さらには運動機能の障害が現れることがあります。通常、神経鞘腫はゆっくり成長し、悪性になることは稀です。
神経鞘腫は、身体のどの神経にも発生する可能性があります。皮膚の下や筋肉にできることが多く、脳神経や脊髄神経にも発生することがあります。皮下に発生した場合は、触れると硬い塊として感じられますが、痛みがないことも多い傾向です。一方で、脳神経や脊髄神経に発生した場合は、腫瘍が神経を圧迫し、感覚異常や運動麻痺が現れることがあります。
神経鞘腫は、一般的に成人に発症し、性別に関係なく現れます。しかし、特定の遺伝性疾患を持つ人は、複数の神経鞘腫が身体のさまざまな部位に発生することがあります。たとえば、神経線維腫症2型(NF2)という遺伝性疾患では、多発性の神経鞘腫が見られます。NF2患者さんは特に、両側の聴神経腫瘍に罹るリスクが高く、聴力の低下や平衡感覚の異常を引き起こすことがあります。治療の必要性は腫瘍の大きさや症状の有無によって異なります。小さくて無症状の場合は定期的な経過観察が行われることが多いですが、神経を圧迫し症状が現れる場合は手術による摘出が推奨されます。
神経鞘腫の原因
神経鞘腫が発生する具体的な原因は、現在のところ完全には解明されていません。しかし、遺伝的要因が神経鞘腫の発生に大きく関与していると考えられています。特に、「神経線維腫症2型(NF2)」という遺伝性疾患が神経鞘腫のリスクを高めることが知られています。この疾患は第22染色体にある遺伝子の異常に関連しており、シュワン細胞の異常な増殖を引き起こします。NF2を持つ患者さんは、特に前庭神経(耳のバランスを制御する神経)に腫瘍が発生しやすく、これが両側に現れることが一般的です。NF2以外の神経鞘腫の発生メカニズムについては、未解明の部分が多いです。
神経鞘腫の前兆や初期症状について
神経鞘腫の症状は、その発生部位や大きさに応じてさまざまです。一般的には、腫瘍が小さいうちは無症状であることが多く、発見が遅れることもあります。しかし、腫瘍が成長するにつれて、神経を圧迫し始めるため、次第に症状が現れます。
軟部組織(皮下や筋肉)に発生した場合
皮下や筋肉に神経鞘腫が発生した場合、最初は痛みを感じない硬いしこりとして現れることが多いです。このしこりは、触れると硬く感じられますが、初期段階では特に痛みや違和感はありません。しかし、腫瘍が大きくなると、次第に神経を圧迫し、痛みやしびれ、運動障害が発生します。特に、神経に沿って広がる痛み(放散痛)が見られることがあり、腫瘍が圧迫する神経の部位によって症状が異なります。
例えば、腕や脚に神経鞘腫ができた場合、その部分にしびれや放散痛が生じ、動かしづらくなることがあります。腫瘍がさらに大きくなると、神経への圧迫が強まり、感覚麻痺や運動機能の低下が見られることがあります。痛みやしびれが長期間続く場合は、早期の診断と治療が重要です。
脳神経に発生した場合
脳神経に発生する神経鞘腫は、特に聴神経(前庭神経)に影響を及ぼすことが多く、これにより耳鳴りや片耳の難聴、めまいなどの症状が現れることがあります。聴神経腫瘍(前庭神経腫瘍)の場合、耳鳴りや片耳の難聴が初期症状として現れることが多く、次第にめまいや平衡感覚の異常が加わります。症状が進行すると、両耳の聴力が低下し、場合によっては完全に聴力を失うこともあります。
顔面神経に発生した場合
顔面神経に腫瘍が発生することは稀ですが、顔面麻痺が生じる場合もあります。顔の片側にしびれや痛みが現れ、場合によっては顔面麻痺(顔の筋肉が動かなくなる)が生じることがあります。腫瘍が脳に圧力をかけることで、頭痛や吐き気、物忘れ、さらには運動麻痺などの症状が現れることもあります。
症状が進行する前に、神経鞘腫を早期に発見することが重要です。特に聴力や顔面の感覚に異常がある場合は、速やかに耳鼻科や神経内科の医師の診察を受け、適切な検査を行うことが推奨されます。
神経鞘腫の検査・診断
神経鞘腫の診断では、画像検査が中心となり、腫瘍の位置や大きさ、神経への影響を詳細に評価します。以下に、代表的な診断方法を紹介します。
MRIとCT
MRI(磁気共鳴画像)は神経鞘腫の診断において最も有効な手法の一つです。MRIは、強力な磁場と電波を利用して体内の詳細な画像を生成するため、腫瘍がどこに位置しているか、どの程度の大きさかを正確に把握できます。特に神経や周囲の組織との関係性を評価するために有効です。たとえば、神経鞘腫が脳神経に発生している場合、腫瘍が脳や脊髄にどのように接しているか、またどの程度圧迫しているかを詳しく確認できます。
CT(コンピュータ断層撮影)もよく使用される画像診断法です。CTはX線を使用して体内の断面図を撮影し、腫瘍の大きさや形状を確認できます。特に骨や硬い組織の評価には適していますが、神経鞘腫のような軟部組織の診断にはMRIの方が詳細な情報を提供します。
電気生理検査
神経鞘腫が神経機能にどのように影響を与えているかを調べるために、電気生理検査が行われることがあります。この検査では、神経が正しく信号を伝達しているかどうかを確認します。たとえば、聴性脳幹反応検査(ABR)は、聴神経腫瘍の場合に行われる検査で、音が耳に届いたときに脳がどのように反応するかを評価します。これにより、聴神経が腫瘍によってどの程度影響を受けているかがわかります。
また、筋電図(EMG)検査は、顔面神経や他の末梢神経に影響がある場合に行われます。神経が筋肉にどのように信号を送っているかを測定し、神経鞘腫がどの程度神経機能を妨害しているかを評価します。
生検
神経鞘腫に対する生検(バイオプシー)は、一般的には行われません。神経鞘腫は神経に密接して発生するため、生検による神経損傷のリスクが高く、画像診断(特にMRI)が主要な診断手段として用いられます。MRIでは、神経鞘腫の典型的な画像所見が確認され、腫瘍が良性か悪性かの推定が可能です。外科的切除が必要な場合には、腫瘍が摘出された後に病理学的検査が行われ、これにより最終的な診断が確定します。稀に、悪性末梢神経鞘腫(MPNST)が疑われる場合、生検が考慮されることもありますが、画像診断や他の非侵襲的な検査が優先されるのが一般的です。
神経鞘腫の治療
神経鞘腫の治療方法は、腫瘍の大きさや位置、患者さんの年齢、症状の有無などに基づいて決定されます。以下に、代表的な治療方法を紹介します。
経過観察
神経鞘腫が小さく、また症状がほとんどない場合は、治療を急ぐ必要はありません。特に無症状であれば、定期的なMRIやCTを使用して腫瘍の成長を監視し、腫瘍が大きくなって症状が現れた場合に治療を検討します。このような場合、年に1回程度の画像検査を行い、腫瘍が急速に大きくなる兆候がないかを確認します。
神経鞘腫の成長は通常緩やかであるため、特に高齢の患者さんや、手術が難しい部位に発生した場合は、経過観察が適切とされることもあります。
手術治療
手術は、腫瘍が大きくなり、神経に圧迫を加える場合に最も有効な治療法です。神経鞘腫の手術では、腫瘍をできる限り摘出することが目標ですが、神経が腫瘍に巻き込まれている場合、神経を傷つけないように慎重に手術を行う必要があります。特に顔面神経や聴神経が関与する手術では、手術中に神経機能を監視するシステムを用いて、手術による合併症を最小限に抑えるようにします。
ただし、腫瘍が神経に密接に絡みついている場合、腫瘍の一部を残すこともあります。残存した腫瘍が再発しないか、定期的な経過観察が必要です。手術後に顔面神経や聴神経に損傷が残るリスクはありますが、これを防ぐために、高度な技術と設備を持つ施設での手術が推奨されます。
放射線治療
腫瘍が3cm未満の場合や、高齢の患者さんで手術のリスクが高い場合には、放射線治療が選択肢となります。ガンマナイフやサイバーナイフといった高度な放射線治療法を使用して、腫瘍の成長を抑えたり、縮小を促すことができます。特に、前庭神経腫瘍のような腫瘍では、放射線治療が有効です。放射線治療は、手術に比べて侵襲が少なく、合併症のリスクも比較的低いですが、腫瘍の完全な消失は期待できないため、長期間にわたる経過観察が必要です。
神経鞘腫になりやすい人・予防の方法
神経鞘腫の明確な予防法はまだ確立されていませんが、遺伝的要因が発症リスクを高めることがわかっています。特に神経線維腫症2型(NF2)の遺伝子を持つ人は、定期的なMRI検査などで早期に腫瘍を発見することが重要です。家族歴がある場合は、適切な検査を受けることが推奨されます。