

監修医師:
伊藤 有毅(柏メンタルクリニック)
精神科(心療内科),精神神経科,心療内科。
保有免許・資格
医師免許、日本医師会認定産業医、日本医師会認定健康スポーツ医
目次 -INDEX-
高次脳機能障害の概要
高次脳機能障害とは、脳の損傷が原因で起こる認知機能の障害全般をさします。
記憶力や注意力といった認知機能に問題が生じ、普段通りの生活が送れなくなり、仕事や学業が続けられなくなるなど生活に大きく影響する障害です。
高次脳機能障害は認知機能の障害なので、見た目にはわかりにくいとされています。
また、本人も障害を認識できないことがあり、周囲に理解されにくく「みえない障害」とよばれています。
さらに、入院中よりも退院後の日常生活で出現しやすいことも特徴の1つです。
高次脳機能障害の原因
高次脳機能障害の原因として最も代表的なのは、脳梗塞や脳出血、くも膜下出血などの脳血管障害です。原因の半数以上を締めています。
脳血管障害によって脳の血管がつまったり破れたりすることで、脳が損傷され高次脳機能障害が起こり得るのです。
ほかにも交通事故や高いところからの転落による外傷性脳損傷、低酸素脳症、脳腫瘍、脳炎なども原因となります。
高次脳機能障害の前兆や初期症状について
高次脳機能障害は、脳の損傷されている場所や広さによって症状が違います。
原因となっている病気や事故の後に、「忘れっぽくなる」「集中できない」「怒りっぽくなる」などの症状がみられたら注意が必要です。高次脳機能障害にはさまざまな症状があります。
この章では行政的な定義に含まれる高次脳機能障害の症状を、具体的にご紹介します。
記憶障害
記憶は記銘(情報を覚える)、保持(情報を覚えておく)、想起(保存した情報を思い出す)の3つのプロセスに分けられます。
記憶障害ではこの3つのいずれかが障害され、「新しいことが覚えられない」、「覚えたことを思い出せない」といった具体的な症状が現れます。
注意障害
注意力には、注意の対象を選ぶ、集中力を持続させる、注意の対象を切り替える、複数のことに気配りをするといった要素が含まれます。
注意障害はこれらの要素が障害され、注意を適切に向けられない状態を指します。
よって、「ぼんやりしてミスが多くなる」、「ふたつのことを同時に行うと混乱する」といった生活への支障が起こり得るのです。
遂行機能障害
目標を明確にする、目標達成のための手段を選択するといった脳の機能を遂行機能と言います。
遂行機能障害になると、自分で計画を立ててものごとを実行することが難しくなるのです。
具体的には、「料理を作ろうとしても何から始めれば良いかわからない」、「仕事の優先順位がつけられない」といった症状が起こり得ます。
社会的行動障害
人間関係をうまくつくれなくなるのが社会的行動障害の特徴です。
感情の適切なコントロールが難しくなり、不適切な行動をとってしまいます。結果として「怒りやすくなり大声を出す」、「自己中心的になる」などの症状が出現しやすいです。
このほかにも医学的な定義では、失語症、失行症、失認症、認知症なども含まれます。
また、それぞれの障害は単発で現れることもありますが、重複して現れることも多くみられます。
高次脳機能障害の受診を希望する場合、脳外科やリハビリテーション科、神経内科、精神科などの診療科が対象です
高次脳機能障害の検査・診断
高次脳機能障害は複数の検査を実施し、症状と検査所見を照らし合わせて総合的に診断されます。
詳しい検査や診断基準は次の通りです。
高次脳機能障害の検査
高次脳機能障害の検査では問診、神経心理検査、画像検査を中心に実施します。
問診では症状について本人だけでなく、家族にも話を伺い精査を行います。
また神経心理検査では、記憶力や注意力などの各認知機能について、口頭質問や質問紙などを用いて数値的に検査していきます。
詳細を調べるために頭部MRI検査やCT検査などの画像検査を行うことも障害を理解するうえで重要です。
高次脳機能障害の診断
診断は次の基準に沿って行われます。
①主要な症状がある
- 脳の損傷の原因となる事故や病気の事実が確認されている
- 日常生活や社会生活が制限されており、その原因が記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害である
②検査所見
- MRI、CT、脳波などにより認知障害の原因となっている脳の損傷が確認されている、あるいは診断書などにより脳の損傷が存在したと確定できる
③除外されるもの
- 脳の損傷の基づく認知障害のうち、身体障害として認められている症状はあるが、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害がない者
- 診断するにあたり、受傷または発症する前から症状や検査初見があった場合
- 先天性の病気や周産期における脳損傷、発達障害、進行性の病気を原因とする者
診断は上記①〜③を全て満たした場合となります。また、受傷や発症直後の急性期症状から脱した後に行うことが基本です。診断時には神経心理学検査の所見を参考にすることもできます。
高次脳機能障害の治療
高次脳機能障害の治療は、リハビリテーションが中心となります。
発症や受傷からの期間と目標によって、医学的リハビリテーションプログラム、生活訓練プログラム、職業訓練プログラムの3つの訓練が行われます。
医学的リハビリテーションプログラム
医学的リハビリテーションプログラムには、記憶障害や注意障害といった個々の高次脳機能障害の対処を目指すほか、心理カウンセリング、薬物治療、外科的治療などが含まれます。
医師の指示によって行われ、心理カウンセラー、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、看護師などの医療スタッフが訓練に関わります。訓練期間は開始から最大6ヶ月です。
生活訓練プログラム
日常生活や社会生活に必要な手段を理解し、生活能力を高められるよう、個々の対象者の生活状況に応じた訓練を行ないます。
具体的には、健康管理や身辺管理、金銭管理、家事動作などの日常生活に関する活動について、自己管理できるよう訓練を実施します。
職業訓練プログラム
仕事に就くために必要な訓練を行います。
可能な業務や仕事上の課題を明らかにし、代償方法の獲得や適切な仕事の選択、職場の環境調整などを行い、安定した就労の実現を目指していきます。
薬物療法
高次脳機能障害は薬物療法や手術療法で回復する病気ではありません。
しかし、リハビリテーションを行うことで少しずつ回復することが分かっています。
そのため、発症してからできるだけ早い段階でリハビリテーションを開始することが大切です。
また、症状の改善が見込めない場合は、代償手段の獲得や本人を取り巻く環境を調整をしていくことも、リハビリテーションを行ううえで重要となります。
ペアレントトレーニング
保護者が発達障害に対する適切な対応を学ぶ治療です。
世界保健機構(WHO)でも推奨されており、ASDの子供に対して行った結果、問題行動の改善、言語理解の向上などさまざまな効果が得られています。
また、ADHDの子供に対しても同様に改善が認められています。
これらの治療法を組み合わせ、長期的かつ継続的に支援を行います。
早期介入が効果的とされていますが、年齢に関わらず適切な支援は有効です。
個人の強みを伸ばし、弱点をサポートしながら、社会適応力を高めQOLを向上させるのが大切です。
高次脳機能障害になりやすい人・予防の方法
高次脳機能障害は病気や事故の後遺症として起こる障害です。
高次脳機能障害の原因疾患として最も多い脳血管障害を予防することは、高次脳機能障害の予防にもつながるでしょう。
この章では高次脳機能障害の原因の一つでもある、脳血管障害になりやすい人と予防法についてご紹介します。
なりやすい人の特徴
脳血管障害を引き起こす最大の原因は高血圧です。
高血圧状態が続くと動脈硬化に繋がり、脳出血や脳梗塞を引き起こす可能性があります。
特に食塩を過剰に摂取する食生活は、高血圧を招きやすいでしょう。
ほかにも不整脈、糖尿病、喫煙、肥満、飲酒は脳血管障害の発生に関与していることが分かっています。
予防法
高血圧の予防は脳血管障害の予防にきわめて有効です。
具体的には、食事や運動などの生活習慣の改善がすすめられています。
食事では減塩(6g/日未満)、代替塩の利用、野菜や果物を積極的に摂る、コレステロールや法脂肪酸の摂取を控える、飲酒を控えるなどが予防に効果があるとされています。
また、運動では有酸素運動が効果的とされています。
ウォーキングなどの軽い有酸素運動は血流を良くします。
無理のない範囲で定期的に運動を続けることは、脳血管障害の発症を防ぎ、高次脳機能障害の予防として期待できるでしょう。
予防法を日常生活に取り入れることで、あせものリスクを大幅に減らせます。
特に、暑い季節や湿度の高い環境では、より注意深く予防策を実践することが重要です。
参考文献
- 国立障害者リハビリテーションセンター 高次脳機能障害情報・支援センター
- 病気が見える Vol.7脳・神経(書籍)
- 東北医科薬科大学病院
- MCIハンドブック
- 茨城県H
- 社会福祉法人恩賜財団 済生会
- 島根県HP
- ・エビデンスに基づく脳神経看護ケア関連図 改訂版(書籍)
- e-ヘルスネット
- 国立研究開発法人国立循環器病研究センター
- 脳卒中ガイドライン2021(改訂2023)
- 理学療法士協会 理学療法ハンドブックシリーズ②脳卒中




