監修医師:
勝木 将人(医師)
脊髄小脳変性症の概要
脊髄小脳変性症は、小脳を中心とした中枢神経系(大脳、脳幹、小脳、脊髄からなる神経組織)に変性を生ずる疾患です。
原因(感染症、腫瘍、血管障害、中毒、奇形、脱髄疾患、栄養障害や自己免疫疾患などによらない)の明らかでない神経細胞脱落を起こす現象を病理学的に変性と言います。
臨床的には歩行時のふらつきや呂律の回りが悪いなどの小脳性運動失調を主体とします。
診断は問診(家族歴の有無)、神経所見、画像所見、検査所見から総合的に判断されますが、遺伝性か孤発性かの鑑別は重要となります。
遺伝性疾患の場合は共有性があるため、親子や兄弟姉妹間・親戚で病気が認められます。
脊髄小脳変性症の原因
脊髄小脳変性症は約3割が遺伝性であり、約7割は孤発性です。
孤発性では多系統萎縮症(multiple system atrophy: MSA)が大多数を占め、残りが痙性対麻痺とその他となります。
1.遺伝性の場合
常染色体顕性(優性)遺伝が大多数を占めますが、遺伝形式は多様で、常染色体潜性(劣性)遺伝・X染色体遺伝・母性遺伝(ミトコンドリア病)があります。
原因となる遺伝子とその異常が判明し、それぞれ遺伝子別に番号がついています。
現在、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia: SCA)はSCA50まで報告されています(2024年6月閲覧)。
我が国で頻度が高い遺伝性脊髄小脳変性症は、SCA3(マシャド・ジョセフ病)、SCA6、SCA31、DRPLAなどで上位を占めます。
常染色体顕性遺伝のSCA1、2、3、6、7、17、DRPLAは原因遺伝子の翻訳領域におけるCAGという塩基配列の反復が異常に長くなります。
この塩基の反復が長くなるとタンパク質の構造変化が起こり、核内に凝集体を形成してしまい、これが神経細胞の機能障害を引き起こす原因の一つと考えられています。
2.孤発性(非遺伝性)の場合
原因不明のものが多数を占めます。
別名、MSAとも言われております。
MSAは、孤発性脊髄小脳変性症に対する総称であり、小脳性失調を主徴とするオリーブ橋小脳萎縮症(Olivopontocerebellar atrophy:OPCA)、パーキンソニズムを主徴とする線状体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND)、自律神経障害を主徴とするShy-Drager症候群(Shy-Drager syndrome:SDS)の臨床症状および病理所見を包括する疾患概念です。
病理所見は、小脳皮質、橋核、オリーブ核、線条体、黒質、脳幹、脊髄(中間質外側核、onuf核など)や大脳皮質運動野などに神経細胞の変性・脱落や、不溶化したα-シヌクレイン(α-Syn)がオリゴデンドロサイトに異常蓄積し、グリア細胞質内封入体(Glial cytoplasmic inclusion:GCI)を形成します。
これが神経細胞の機能障害を引き起こす原因の一つと考えられています。
脊髄小脳変性症の患者数
全国で約3万人を超える患者数です。
そのうちの約2/3が遺伝歴のない孤発性で、1/3が遺伝性です。
脊髄小脳変性症の前兆や初期症状について
小脳性の運動失調 (体幹のふらつき、歩行時のふらつき、呂律が回りづらいなどの言語障害、ターゲットに近づくと手指が震える企図時振戦、ボタンが掛けづらくなるなどの手指の巧緻運動障害など)が初発症状として認められます。
また、病初期に交感神経節前神経が障害されると自律神経障害(起立性低血圧、切迫性尿失禁、残尿、便秘や下痢など)が初発症状となります。MSAでは1)自律神経障害、2)パーキンソニズム(動作緩慢・無動・姿勢反射障害や筋固縮など)、3)小脳症状のうち、2つあてはまることで臨床的に疾患の可能性が高くなります。
脊髄小脳変性症の経過
徐々に発症し、経過は緩徐進行性です。
孤発性の場合は発症後平均約5年で車椅子使用、約8年で臥床状態となり、罹病期間は9年程度と報告されています。
遺伝性の予後は病型によってさまざまです。
進行すると嚥下機能障害・呼吸障害(上気道閉塞、中枢性無呼吸)や排尿機能障害を認め、誤嚥性肺炎や尿路感染症を合併します。
脊髄小脳変性症の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、脳神経内科です。
脊髄小脳変性症は神経系の進行性疾患であり、脳神経内科で診断と治療が行われています。
脊髄小脳変性症の検査・診断
1) 問診
家族歴、遺伝性の有無と症状の経過(発症時期や進行状況など)を詳しく聴取します。
しかし、受診されてすぐに家族歴を伺っても全てを正直に話してくれる患者さん・家族はごく少数です。
なかなか言い出しにくいデリケートな分野であるので、次回に仕切り直すなど、時間をかけて聴取することが大切となります。
2)神経学的診察
体幹・四肢の運動失調や企図時振戦、眼球運動障害などの小脳症状とそれ以外の症状(錐体外路症状、自律神経症状、末梢神経症状など)の有無を確認します。
3)画像検査
頭部M R I画像で小脳や脳幹の萎縮を確認します。
MSAでは橋の中部には、十字サインが見られます。
別名、(ホットクロスバンサイン:Hot Cross Bun sign)と言います。
またほかの障害部位として中小脳脚や大脳基底核の萎縮(被殻外側の萎縮と鉄沈着所見)も特徴的でありMRIで確認できます。
遺伝性脊髄小脳変性症では、病型や時期によっては大脳基底核病変や大脳皮質の萎縮などを認めることもあります。
場合によっては頭部CT画像も実施します。
4) 生理学的検査
神経伝導速度検査、針筋電図検査や自律神経機能検査を行います。
起立試験(シェロングテスト:Schellong test)は、ベッドサイドで起立性低血圧の有無を判定する検査で、血圧計を用意するだけで簡易に実施できます。
起立後10分以内に収縮期血圧20mmHg/拡張期血圧10mmHg以上低下すると陽性と判断します。
また、残尿測定やCVR-R検査も自律神経障害を調べる上で行います。
5) 遺伝学的検査
同じような症状の家族や親戚がいる場合は遺伝子検査を実施します。
特に我が国に多い特定の遺伝子変異(SCA3、SCA6、SCA1、SCA31、DRPLAなど)を優先的に確認します。
鑑別診断
二次性の脊髄小脳変性症を鑑別します。
脳血害、腫瘍、アルコール中毒、ビタミンB1、12、葉酸欠乏、薬剤性(フェニトインなど)、炎症[神経梅毒、多発性硬化症、傍腫瘍性、免疫介在性小脳炎(橋本脳症、グルテン失調症、抗GAD抗体小脳炎)]、甲状腺機能低下症などです。
詳しくは、日本神経学会・厚生労働省「運動失調症の医療基盤に関する調査研究班」監修、「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会編集の脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018を参照下さい。
脊髄小脳変性症の治療
残念ながら、現時点では根本的治療薬はまだありません。
対症療法が主体となります。
運動失調症に対しては甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)製剤のプロチレリン酒石酸塩(注射薬)、TRH誘導体であるタルチレリン水和物(内服薬)が使われます。
これらは甲状腺ホルモンの分泌を促し、身体の活動を高め、神経系の働きを活発にして、失調症状を改善する作用があると考えられています。
パーキンソニズムがあった場合は、抗パーキンソン病薬は初期にはある程度、有効なので試す価値はあります。
疾患そのものを改善させる治療法がない中では、四肢体幹の運動機能や構音嚥下機能などの維持・改善、廃用・拘縮予防のために、リハビリテーションがとても重要になります。
多くが緩徐進行性のため、疾患病期に合わせたバランス訓練、歩行訓練、手の巧緻運動訓練、言語訓練を行うことが大切です。
脊髄小脳変性症の対処法
日常生活では、体幹・下肢の失調症状、歩行時のふらつきのため、転倒に注意しなければなりません。
自宅の玄関・廊下・トイレやお風呂などに手すりを設置する、また段差による躓きを防止するために、水回りや床はバリアフリーにするなどの生活環境の工夫が大切です。嚥下機能障害には、食形態の工夫も大切です。
パサパサした食材は口腔内でバラけるため誤嚥の原因となりやすく、とろみを付けたり、細かく刻むなどの工夫を行い飲み込みやすくします。
また唾液の誤嚥により誤嚥性肺炎の合併も起こり得るため、口腔内のケアも欠かせません。歯科診療と併せてケアすることが重要です。
脊髄小脳変性症は厚生労働省の特定疾患(神経難病)に指定されており、治療費の助成を受けることができます。
脊髄小脳変性症のなりやすい人・予防の方法
遺伝性疾患の場合は共有性があり、特に常染色体顕性遺伝では親子で1/2の確率で疾患を発症します。
孤発性の場合は特定の人に多いということはありません。
つまり、遺伝性の場合を除けば、脊髄小脳変性症になりやすい特定の集団は確認されていません。
また、脊髄小脳変性症は遺伝的要因や原因不明の神経変性が主な原因であり、確立された予防法はありません。
参考文献