

監修医師:
本多 洋介(Myクリニック本多内科医院)
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インフルエンザ脳症の概要
インフルエンザ脳症は、1990年代半ばより、その存在が報告され、1997〜1998のシーズンに推定500例の多発が判明しました。当時は、高い致命率(約30%)、後遺症率(約25%)から、解決すべき重要な課題とされてきました。その後、2005年にインフルエンザ脳症ガイドラインが厚生労働省研究班により示され、全国的に普及しました。2009年に改訂版、さらに2018年にインフルエンザ脳症の診療戦略として再改訂しました。
インフルエンザ脳症は、インフルエンザウイルス感染に伴って発生する脳の急性炎症であり、迅速な診断と治療が求められる重篤な合併症です。インフルエンザの流行状況により変動しますが、年間発症は100〜300例、致命率は7〜8%、後遺症率は約15%と改善しつつあるものの未だ十分ではありません。特に小児において重篤な神経学的後遺症を残す可能性のある疾患です。
インフルエンザそのものは一般的に自然に治る疾患ですが、稀にインフルエンザ脳症を発症することがあります。特に小児や高齢者、免疫不全者はリスクが高いため、予防策を講じることが重要です。ワクチン接種や衛生管理、早期の治療がインフルエンザ脳症の発症を防ぐための鍵となると言われています。インフルエンザ脳症を発症した場合は迅速な診断と治療が求められるため、その病態、症状、診断方法、治療、および予防に関する知識が重要です。
インフルエンザ脳症の原因
インフルエンザ脳症は、ウイルス自体が脳の中に入るのではなく、脳以外の場所でウイルスに感染したことをきっかけに発症します。また遺伝的要因の可能性もあると考えられています。原因はまだ十分にわかっていませんが、発熱、炎症などにより、脳のむくみ、血流異常、エネルギー不全、全身の過剰な免疫反応や出血などが生じ、けいれん、意識障害、異常な言動・行動といった神経の症状や、その他の臓器の深刻な障害を引き起こすと考えられています。
また、インフルエンザの際に一部の解熱鎮痛薬、風邪薬などに含まれる成分(アスピリン)を小児が服用すると、急性脳症を発症するリスクが高まることが報告されています。このため、日本小児科学会では、小児に解熱鎮痛薬を使用する場合は、急性脳症になる危険が少ないとされるアセトアミノフェンという成分を使うよう推奨しています。
- 免疫反応
ウイルス感染に対する免疫反応が過剰に活性化され、その結果として炎症性サイトカインが大量に放出されることがあります。これが血液脳関門の破壊を引き起こし、脳への炎症を誘発すると考えられています。このメカニズムは、サイトカインストームとして知られており、重症化の一因とされています。 - 遺伝的要因
一部の患者さんは、特定の遺伝的背景を持つことでインフルエンザ脳症に対する感受性が高まる可能性があります。特定のHLA遺伝子型やその他の遺伝的変異が関与しているとの報告もあります。
インフルエンザ脳症の前兆や初期症状について
インフルエンザ脳症の初期症状は、一般的なインフルエンザの症状に続いて、下記の症状が現れることが多い傾向です。
神経学的症状
- 意識障害
- けいれん発作
- 異常行動(興奮、錯乱状態)
- 感覚障害や運動障害
警告症状
- 激しい頭痛
- 持続的な嘔吐
- 眼の動きの異常
- 昏睡状態
これらの症状が見られた場合、直ちに医療機関を受診することが重要です。
インフルエンザ脳症の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、神経内科、小児科(子どもの場合)です。インフルエンザ脳症はインフルエンザに伴う脳の炎症であり、神経内科や小児科(子どもの場合)で診断と治療が行われています。
インフルエンザ脳症の検査・診断
インフルエンザ脳症の診断は、意識障害が最も重要な臨床上の指標となります。頭部CT、頭部MRI、脳波は診断に有用であり、可能であれば速やかに施行されることが望ましいとされています。しばしば血液・尿検査の異常を認めるものの、神経症状・頭部画像初見を併せた評価が必要であり、臨床症状と各種検査結果を総合して診断します。
- 迅速検査
インフルエンザ抗原検査を基本とします。ただし、偽陰性を示すことがあるため、状況に応じて抗原検査の再検査やウイルス分離、ペア血清抗体価の測定などによる診断の確定が望ましいとされています。 - 臨床診断
患者さんの病歴と症状の詳細な評価、家族歴や既往歴の確認。 - 画像診断(頭部CT、頭部MRI)
脳の出血や炎症や、浮腫、出血などを評価します。 - 脳脊髄液検査
脳脊髄液の採取と分析を行い、炎症マーカーや感染の有無を確認します。また、ウイルスPCR検査により、インフルエンザウイルスの存在を確認します。 - 血液検査
炎症マーカー(CRP、白血球数)の上昇、肝機能や腎機能の評価など。
インフルエンザ脳症の治療
インフルエンザ脳症はいくつかの異なる病型・病態から成り立つ症候群です。
まず、急速な臨床症状の増悪、びまん性脳浮腫、多臓器障害、凝固異常を伴う脳症では、全身および中枢神経内での急激かつ過剰な「炎症性サイトカイン」の産生、血管内皮障害と広範な臓器のアポトーシスが治療すべき病態の中心にあります。
次に、二層性の臨床経過を特徴とする脳症(けいれん重積型)では興奮毒性による神経細胞死が生じており、「けいれん重積状態」のコントロールが重要になります。
そして、先天性代謝異常症が顕在化して脳症を起こす場合や、Reye症候群など「代謝異常」を主とする病型があります。
その他に、予後が良好な可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)などがあります。
しかし、いずれの病型も、ウイルスが脳内に感染し、増殖することはなく、これが単純ヘルペス脳炎など神経細胞でウイルスが増殖する「脳炎」と本質的に異なる点です。そのため、「抗ウイルス薬」に加えて、「抗炎症」「抗サイトカイン」などを目的とする治療法が必須となります。
インフルエンザ脳症の主な治療法を、以下に記載します。
- 抗ウイルス療法
オセルタミビルやザナミビルなどの抗インフルエンザ薬が使用されます。早期に投与することでウイルスの増殖を抑えることで、速やかに解熱し症状の改善が期待されます。 - メチルプレドニゾロンパルス療法
炎症を抑えるためにステロイドが使用されることがあります。簡便に施行でき、早期に施行するほど有効性が期待できるとされています。 - 免疫グロブリン療法
重症例に対して免疫調整作用を期待して使用されることがあります。 - 支持療法
集中治療:重症例ではICUでの管理が必要です。呼吸管理、循環管理、脳浮腫の管理が含まれます。入院管理をすることで異常行動への対応も可能です。 - 対症療法
発熱、頭痛、嘔吐などの症状を緩和するための治療が行われます。 - リハビリテーション
インフルエンザ脳症の予後は病型により異なります。インフルエンザ脳症を呈した場合、一定の割合で後遺症を認めます。理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士、看護師、ソーシャルワーカー、教師など他職種チームによる包括的支援が必要です。
免疫抑制療法
インフルエンザ脳症になりやすい人・予防の方法
ハイリスク群
- 小児:特に5歳以下の子ども
- 高齢者:65歳以上
- 免疫不全者:免疫抑制剤を使用している人や慢性疾患を持つ人
予防方法
そもそもインフルエンザに罹患しないように、また罹患しても重症化を予防するために予防が重要です。
- ワクチン接種
インフルエンザワクチンは最も効果的な予防手段です。毎年の接種が推奨されます。 - 手洗いと衛生管理
こまめな手洗い、アルコール消毒、咳エチケットの徹底、マスクを装着する、流行期に感染リスクの高い施設などの利用を控える。 - 適切な栄養と休養
免疫力を高めるためにバランスの取れた食事と十分な睡眠が重要です。 - 早期治療
インフルエンザ症状が現れた場合、早期に医療機関を受診し、抗ウイルス薬含め適切な対処を心がけることが重要です。
関連する病気
- 急性脳炎
- 急性脳症
- リスボン型脳炎
- 急性小脳失調症
- 脳血管障害
- ミオクローヌス
参考文献
- 日本感染症学会. インフルエンザ診療ガイドライン.インフルエンザ診療ガイドライン
- 世界保健機関 (WHO). Influenza (Seasonal)Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Influenza (Flu). .
- https://www.cdc.gov/flu/index.htm




