監修医師:
田頭 秀悟(たがしゅうオンラインクリニック)
多発性硬化症の概要
多発性硬化症(MS)は、厚生労働省指定の特定疾患であり、自己免疫疾患のひとつです。
この病気では、免疫系が誤って中枢神経系を攻撃し、神経の保護層であるミエリン鞘が破壊される「脱髄」が生じます。主に20〜40代の女性に多く見られますが、小児の発症も確認されています。
症状は視力障害や運動機能障害など多岐にわたり、患者さんの日常生活に大きな影響を与えることがあります。
多発性硬化症の原因
多発性硬化症の正確な原因はまだ完全には解明されていませんが、以下のような要因が考えられています。
遺伝的要因
多発性硬化症の発症リスクを高める遺伝子として、HLA-DRB1*15:01が知られています。HLA-DRB1は免疫系の機能に関与するヒト白血球抗原(HLA)抗原のひとつです。
この遺伝子を持つ人は、免疫システムが誤って中枢神経を攻撃しやすくなります。また、ほかにも200以上の遺伝子が多発性硬化症に関連しているとされています。
環境的要因
多発性硬化症では、喫煙、EBウイルス感染、ビタミンDの不足、肥満などが発症に寄与するとされています。
日本では、白米の摂取量の低下や腸内細菌の変化も影響していると報告されていますが、関係性は完全には解明されていません。
自己免疫反応
多発性硬化症では、神経細胞を取り巻くミエリン鞘(しょう)と呼ばれる保護層が破壊され、神経信号の伝達が遅くなったり途絶えたりします。
こうした病態は、自己免疫によって攻撃されるために起こりますが、この免疫応答を引き起こす具体的な自己抗原は、まだ特定されていません。
多発性硬化症の前兆や初期症状について
多発性硬化症の初期症状は多岐にわたり、個人差があります。主な症状は、以下の通りです。
視力障害
視神経炎による視力低下や物が二重に見える複視などがあります。これにより、日常生活での見え方に支障をきたします。
運動機能障害
四肢の麻痺(単麻痺、対麻痺、片麻痺)や小脳失調による歩行困難、ふらつきが見られます。これらの症状は、身体の動きやバランスに影響を与えます。
感覚障害
身体の一部が痺れたり、感覚が鈍くなったりします。熱さや冷たさを感じにくくなる場合もあります。
疲労感
強い疲労感が日常生活に支障をきたすこともあり、これがMS患者さんの大きな苦痛となります。
排尿障害
頻尿や尿意切迫感、尿失禁などの排尿障害が見られます。これらは日常生活の質を低下させる要因となります。
有痛性強直性けいれん
痛みを伴う筋肉のけいれんが発生する場合があります。これにより、運動機能に影響が出ることもあります。
Uhthoff(ウートフ)現象
体温の上昇に伴って神経症状が悪化し、体温が低下すると症状が軽減する現象です。特に運動や温浴後に症状が悪化する場合が多い傾向です。
これらの症状が見られる場合、MSを疑い、早期に専門医の診断を受ける必要があります。
中枢神経系に影響を及ぼす疾患の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、神経内科です。中枢神経系に影響を及ぼす疾患であり、神経内科で診断と治療が行われています。
多発性硬化症の検査・診断
多発性硬化症の診断では、ほかの病気との区別が大変重要です。特に、多発性硬化症と症状が似ている「急性散在性脳脊髄炎(ADEM)」や、MOG抗体関連疾患(MOGAD)とは治療法が異なるため、早期に判別しなければなりません。
主な検査方法は、以下の通りです。
MRI
MRI(磁気共鳴画像法)は、多発性硬化症の診断において最も重要な検査です。MRIを使用して脳や脊髄の病変を確認します。MS患者さんの脳MRIでは、深部白質や皮質下白質、皮質、視床、大脳基底核などに病変が見られます。
脳脊髄液検査
脳脊髄液検査では、髄液中のオリゴクローナルバンド(OB)やIgG indexの上昇を確認します。これらの検査結果は、髄鞘(ミエリン)の損傷を示すものです。
誘発電位検査
誘発電位検査は、視覚や聴覚、感覚神経の反応を調べる検査です。この検査では、神経の伝導速度を測定し、異常があるかどうかを確認します。具体的なものは、視覚誘発電位(VEP)、聴覚脳幹誘発電位(BAEP)、体性感覚誘発電位(SEP)などです。
血液検査
血液検査では、多発性硬化症の発症リスクが高いとされるHLA-DRB1*15:01など、特定の抗体や遺伝子の存在を確認します。また、その他の自己免疫疾患の可能性を排除するためにも血液検査が行われます。
多発性硬化症の治療
多発性硬化症(MS)の治療には、症状の緩和と進行の抑制を目的としたさまざまな方法があります。
急性期の治療
病状が急激に現れる急性期の治療は、ステロイドの大量点滴静注療法(パルス療法)が一般的です。これは、炎症を抑え、症状の回復を促進するために用いられます。
具体的には、メチルプレドニゾロンというステロイド薬を3日間連続で点滴します。また、血液を浄化するための血漿交換療法も行われることがあります。特に、視神経や脊髄に影響が出るタイプの症例で有効です。
再発防止の治療
再発を防ぐためには、インターフェロン製剤などの免疫調整薬が使用されます。これらの薬剤は、免疫系の過剰な反応を抑える効果があります。患者さんは、これらの薬の自己注射が必要です。治療開始後は半年ごとにMRIで病変の活動性を評価し、症状や状態に合わせて、使用する薬剤を検討します。
進行防止の治療
病気の進行を防ぐためには、フィンゴリモドやナタリズマブなどの免疫を調整する薬が使用されます。これらの薬は、神経の損傷を防ぎ、病気の進行を遅らせる効果があります。
対症療法
痛みや筋肉のけいれん、疲労感などの症状に対しては、それぞれ対症療法が行われます。例えば、痛みには鎮痛剤、筋肉のけいれんには筋弛緩薬が投与されます。
リハビリテーション
リハビリテーションは、多発性硬化症の治療において大変重要な役割を果たします。理学療法士が筋肉トレーニングやストレッチ、バランス訓練を行い、患者さんの筋力低下や歩行困難、筋肉のこわばりを和らげます。作業療法士による日常生活の動作の訓練、エネルギーを効率的に使う方法の指導により、疲労感や筋肉の硬直の進行を遅らせることを目指します。
多発性硬化症になりやすい人・予防の方法
多発性硬化症になりやすい人、予防の方法についてそれぞれ解説します。
多発性硬化症になりやすい人
HLA-DRB1*1501などの特定の遺伝子を持つ人は、多発性硬化症の発症リスクが高いことが知られています。また、家族内で多発性硬化症の発症例がある場合も注意が必要です。
環境要因も、発症リスクを高める要素として重要です。喫煙は免疫系に悪影響を与え、多発性硬化症のリスクを増加させます。また、ビタミンD不足もリスク因子のひとつであり、日光浴不足や食事からのビタミンD摂取が少ない地域では発症リスクが高まるとされています。
EBウイルス感染も多発性硬化症の引き金となることが示唆されており、特に幼少期や青年期の肥満もリスクを高めるとされています。
予防の方法
多発性硬化症の予防は完全にはできないとされていますが、研究段階においては以下の方法が候補とされています。
- 健康的な生活習慣
- ビタミンDの適切な摂取
- 喫煙の回避
- 適度な運動
- 感染症の予防
健康的な生活習慣として、適度な運動、バランスの取れた食事、十分な睡眠を心掛けることが推奨されます。
また、ビタミンDの適切量の摂取も重要です。日光浴を適度に行い、魚や卵黄などビタミンDが豊富な食品を積極的に摂取しましょう。
さらに、喫煙を避けることも重要です。定期的な運動は免疫機能の改善やストレスの軽減に役立ちます。ウイルスなどの感染を避けるために、手洗いや予防接種も有効な手段です。
多発性硬化症は慢性的な疾患ですが、早期の診断と適切な治療により、症状の進行を遅らせ、生活の質を向上させることが可能です。
参考文献