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林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科、 NTT東日本関東病院予防医学センター・総合診療科を経て現職。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本内科学会総合内科専門医、日本老年医学会老年科専門医、日本認知症学会認知症専門医・指導医、禁煙サポーター。
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エルシニア腸炎の概要

エルシニア腸炎はYersinia enterocolitica(エルシニア・エンテロコリチカ)という細菌に感染することで発症する腸管感染症です。感染経路の多くは加熱が不十分な豚肉の摂取によるもので、細菌が体内に侵入し、小腸や大腸で炎症を引き起こします。豚の内臓や加工食品のほか、まれに汚染された水や未殺菌の乳製品などが原因となることもあります。 この感染症は冬場に発症が多いとされ、特に小児での発症頻度が高いです。主な症状には下痢、腹痛、発熱があり、一般的な腸炎と似ていますが、右下腹部に痛みが集中する場合があり急性虫垂炎(盲腸)と誤診されることもあります。誤って手術に至るケースも報告されているため、慎重な鑑別が必要になります。 通常は1週間ほどで自然に症状が軽快しますが、まれに関節の痛みや皮膚の発疹など、感染後に遅れて発症する免疫反応による合併症がみられることがあります。エルシニア腸炎は知名度が高くない感染症ですが、食品衛生や調理習慣と密接に関係しており、家庭内でも予防の意識を高めることが重要です。この記事では、エルシニア腸炎の原因、症状、診断、治療、予防について詳しく解説します。

エルシニア腸炎の原因

エルシニア腸炎はYersinia enterocoliticaというグラム陰性桿菌の感染によって引き起こされます。この菌は自然界に広く存在し、特に豚の腸管やリンパ節に多く生息しています。人への感染は、主に加熱不十分な豚肉や内臓の摂取によって生じます。例えば、十分に加熱されていない豚レバーや生焼けの豚肉料理が原因となることがあります。 また、この細菌は低温でも増殖可能という性質を持っており、冷蔵庫内の温度(4度程度)でも長期間生存できます。そのため、冷蔵保存しているからといって安心とは限らず、調理の際は、食材の中心部までしっかり火を通し、中心温度が75度以上になるように1分以上加熱することが感染予防の基本です。さらに、汚染された調理器具や手指を介してほかの食品に菌が移る二次汚染も、感染の大きな要因となります。 人から人へ直接感染することはまれとされていますが、乳幼児や高齢者、基礎疾患のある方など、免疫機能が低下している場合には、少ない菌量でも感染・発症するリスクが高まります。さらに、感染者の便に含まれる菌がトイレや調理環境を介してほかの方に伝播することもあり、日常的な衛生対策が重要です。

エルシニア腸炎の前兆や初期症状について

エルシニア腸炎は、感染してから2〜7日ほどの潜伏期間を経て発症します。初期症状としては、水のような下痢、腹痛、発熱が中心で、これらの症状だけでは一般的なウイルス性胃腸炎と見分けがつきにくいことがあります。 エルシニア腸炎の特徴の一つは、回盲部(小腸と大腸のつなぎ目にあたる右下腹部)に炎症を起こしやすい点です。そのため、右下腹部に強い痛みが出ることがあり、急性虫垂炎(いわゆる盲腸)と誤診されることもあります。 下痢は頻回で、吐き気や食欲不振、全身の倦怠感を伴うことがあります。血便はあまりみられませんが、下痢や嘔吐、水分摂取ができない状態が続くと脱水を招く恐れがあります。発熱は38度前後に達することが多く、数日間続くこともありますが、多くは1週間程度で自然に回復します。 また、まれに感染から1〜3週間後に関節の腫れや痛み、皮膚の発疹といった免疫反応による遅発性合併症が現れることがあります。これらは一過性のこともありますが、日常生活に支障をきたすこともあるため、適切な評価と対応が必要です。 こうした症状がみられた場合には、内科小児科消化器内科を受診してください。特に腹痛が強い、発熱が長引く、症状が改善しない、水分摂取ができないといった場合には、早めの受診がすすめられます。

エルシニア腸炎の検査・診断

エルシニア腸炎が疑われる場合、診断の中心となるのは便培養検査です。患者さんの便を専用の培地に接種し、Yersinia enterocoliticaが増殖するかどうかを確認します。この菌は低温でも生育可能なため、培養には通常よりも長い時間がかかることがあります。 また、グラム染色も診断の参考として行われます。便の一部をスライドガラスに塗り、染色して顕微鏡で観察することで、細菌の形やグラム陰性かどうかといった特徴を確認します。Yersinia enterocoliticaはグラム陰性桿菌であり、短い桿状の形態です。グラム染色だけでは確定診断には至りませんが、早期の判断材料として役立ちます。 虫垂炎との鑑別が必要な場合には、腹部エコーやCT検査などの画像診断が行われることもあります。さらに、関節痛や皮膚の症状が見られる場合には、血液検査や必要に応じてリウマチ関連の検査を行います。

エルシニア腸炎の治療

エルシニア腸炎の治療は、軽症であれば対症療法が基本となります。水分補給や安静を中心に、体力を回復させながら自然に治癒するのを待ちます。特に下痢による脱水には注意が必要で、経口補水液などを用いたこまめな水分補給が大切です。 重症例や高齢者、小児、基礎疾患のある方などでは、抗菌薬の使用を検討します。ニューキノロン系セフェム系などが有効であることが多く、医師の判断により適切な薬剤が選択されます。治療期間は通常1〜2週間程度で、多くの場合は良好な経過をたどります。 また、まれにみられる関節炎皮膚の発疹などの遅発性合併症に対しては、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や抗アレルギー薬などが使用されることがあります。これらの症状は感染による免疫反応の一部と考えられており、消化器症状が改善した後に現れることがあります。 感染拡大を防ぐためには、調理や配膳を避け、トイレや調理器具の衛生を保つことが大切です。症状が治まった後も数日は注意深く経過を観察し、再発や体調不良があれば速やかに医療機関を受診してください。

エルシニア腸炎になりやすい人・予防の方法

エルシニア腸炎は、加熱不十分な豚肉や内臓類を摂取することで感染するリスクが高まります。特に、小児や高齢者、基礎疾患のある方、免疫力が低下している方では、少量の菌でも発症することがあります。 この細菌は低温でも生き残るため、冷蔵保存している食品であっても過信は禁物です。予防には、食品を中心部までしっかり加熱することが基本であり、豚肉は75度以上で1分以上加熱することが推奨されています。 また、生肉に触れた調理器具や手指からほかの食品に菌が移る二次汚染を防ぐため、まな板や包丁の使い分け、使用後の洗浄・消毒、十分な手洗いを習慣づけることが大切です。調理前後の衛生管理は、家庭内での感染予防に直結します。 家庭内に感染者がいる場合は、トイレや洗面所などの共用部分を清潔に保ち、タオルの共用は避けましょう。特にトイレの便座やレバー、ドアノブなどの手が触れる部分はこまめに消毒を行うと安心です。 手洗いは効果的な予防策のひとつです。食事前やトイレ後には石けんと流水でしっかりと洗うことを習慣にしましょう。食品衛生と日常の衛生意識を高めることが、エルシニア腸炎の発症予防に直結します。

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参考文献

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