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閉鎖孔ヘルニア
大越 香江

監修医師
大越 香江(医師)

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京都大学医学部卒業。大学病院での勤務を経て、一般病院にて大腸がん手術を中心とした消化器外科および一般外科の診療に従事。また、院内感染対策やワクチン関連業務にも取り組み、医療の安全と公衆衛生の向上に寄与してきた。女性消化器外科医の先駆者として、診療や研究に尽力している。消化器疾患の診療に関する研究に加え、医師の働き方や女性医師の職場環境の改善に向けた研究も行い、多数の論文を執筆している。日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会専門医・指導医。

閉鎖孔ヘルニアの概要

閉鎖孔ヘルニアは、腹腔内の臓器(多くは小腸)が骨盤内の閉鎖孔(へいさこう)から脱出することで発生する、まれなタイプの内ヘルニアです。 腹壁ヘルニア全体の1%未満とされ、70〜80歳代の痩せた高齢女性に多く見られます。

閉鎖孔とは、恥骨と坐骨に囲まれた骨盤の下部に位置する三角形状の空隙で、本来は筋肉と膜構造で閉じられています。この閉鎖孔の上部には閉鎖管というトンネル状の構造があり、そこを閉鎖神経や閉鎖動静脈が通過しています。閉鎖孔ヘルニアは、この閉鎖管を通って腸管が大腿内側方向に脱出することで発症します。

女性の骨盤や閉鎖管の解剖学的特徴、妊娠・出産による骨盤や腹膜の緩み、脂肪組織の減少などが発症に関与していると考えられています。鼠経ヘルニアや大腿ヘルニアと異なり、閉鎖孔ヘルニアは外見上の膨隆が見られず、触診で確認することが困難です。そのため診断が遅れがちとなり、腸閉塞や腸管壊死に至るケースもあります。

閉鎖孔ヘルニアの原因

加齢による筋力低下、体重減少に伴う脂肪組織の減少、慢性的な腹圧上昇(便秘・咳嗽など)、女性特有の骨盤の構造や複数回の妊娠・出産が、閉鎖孔ヘルニアの発症に関与すると考えられています。これらの因子が重なって閉鎖孔周囲の支持組織が緩み、臓器が閉鎖管を通って脱出しやすくなるとされています。

閉鎖孔ヘルニアの前兆や初期症状について

腸管の陥頓により腸閉塞をきたすと、腹痛や嘔吐などの消化器症状で発症します。また、閉鎖孔ヘルニアは、腹部症状があまり明らかではなく、下肢痛(特に大腿内側や膝周囲)だけが現れることがあり、椎間板ヘルニアや整形外科的疾患と誤診されることがあります。怒責時に大腿前面から膝周囲にかけてのしびれや疼痛が誘発されることもあります。

閉鎖神経はL2〜L4神経根から分岐し、閉鎖動静脈に沿って閉鎖管を通過して内転筋群に筋枝を送り、大腿内側に知覚枝を送ります。閉鎖孔ヘルニアではこの神経が圧迫されることによって閉鎖神経刺激症状が出現し、大腿内側や膝周囲にまで及ぶ疼痛がみられます。

股関節の伸展・外転・内旋で痛みが誘発される Howship-Romberg 徴候は閉鎖孔ヘルニアの診断において有用な診察所見です。腹痛などの典型的な腹部症状が乏しく下肢痛を主訴に整形外科を受診するケースも多いため、高齢痩せ型女性における繰り返す急性下肢痛では、閉鎖孔ヘルニアも鑑別に加える必要があります。

閉鎖孔ヘルニアの手術を担当するのは消化器外科になりますが、画像診断の前に診断がつくことはほとんどないといわれているので、救急や整形外科を受診したのちに消化器外科に紹介されることが多いと考えられます。

閉鎖孔ヘルニアの検査・診断

体外に膨隆をきたす鼠経ヘルニアや大腿ヘルニアとは異なり、体内で発生する閉鎖孔ヘルニアを身体診察だけで診断するのは困難であり、画像診断が重要です。

CT検査では、恥骨筋と外閉鎖筋の間に腸管が挟まっている像や、両筋間の間隙が10mm以上に拡大し軟部組織像が確認されることが診断の契機となります。症状が軽快しているタイミングでは画像で異常が確認できない場合もあり、症状のあるときに撮影することが望まれます。 MRIも補助的に用いられますが、緊急性の高い症例ではCTが第一選択です。また閉鎖孔ヘルニアには腸管全体ではなく腸管壁の一部が嵌頓するRichter型という不完全型も知られています。

陥頓が長期に及んだ場合には腸管壊死や穿孔を来たし、内転筋内に膿瘍を形成することもあります。診断が遅れると重篤な合併症により死亡率が高くなるため、早期診断が重要です。

閉鎖孔ヘルニアの治療

閉鎖孔ヘルニアは診断がついた時点で治療が必要となる疾患であり、特に腸管の嵌頓があれば緊急手術の適応となります。腸管壊死や穿孔に至ると死亡率が高く、早期の対応が極めて重要です。

近年、超音波を用いた非観血的整復手技FROGS(Four-hand Reduction for incarcerated Obturator hernia under Guidance of Sonography)が報告されており、整復成功率の高さや腸切除率の低下などが示されています。 FROGSは、超音波で閉鎖孔ヘルニアの先進部を確認しながら、術者と助手が協力して整復操作を行う手技です。具体的には、助手が患側下肢を外転・屈曲・外旋と内転・伸展・内旋位とをゆっくり交互に動かし、術者が超音波で腸管の位置を確認しながら、先進部を用手的に圧迫することで還納を図ります。 このように、動的な下肢操作とリアルタイムの画像確認を組み合わせることで、安全かつ効果的な整復が可能となります。

ヘルニア偽還納は脱出臓器がヘルニア嚢に嵌頓したまま腹膜前腔に還納されるまれな病態ですが、鼠径ヘルニアや大腿ヘルニア嵌頓整復後の発症が報告されています。閉鎖孔ヘルニアについても偽還納の報告もあるため、整復できたと思ってもCTにて偽還納の所見がないか、確認する必要があります。

また、FROGSで整復後、待機的に腹腔鏡下手術(TAPP法)を行う段階的治療戦略も報告されており、高齢・低栄養の患者さんに対して有効とされています。 実際の症例では、FROGSで整復を行った後、誤嚥性肺炎の改善を待って待機的にTAPPを施行した例や、再嵌頓後に再度整復を行いTAPPで根治を図った例も報告されています。 腹腔鏡下手術(TAPP法:transabdominal preperitoneal approach)は、腹腔内にカメラと器具を挿入してヘルニア門を確認し、メッシュで修復する術式です。小切開で行える低侵襲手術であり、術後の疼痛が少なく、回復が早いという利点があります。また、対側の閉鎖孔やほかの部位のヘルニアの有無も確認できます。全身状態が安定している患者さんには有用な選択肢です。

いかに緊急手術を回避し、安全に治療を行うかが、閉鎖孔ヘルニア治療において重要な課題です。還納困難例や腸管壊死が疑われる場合には、開腹手術または腹腔鏡手術が選択されます。術後は再発予防だけでなく、全身状態の管理やリハビリが重要です。

閉鎖孔ヘルニアになりやすい人・予防の方法

閉鎖孔ヘルニアは高齢で痩せ型の女性に多く発症し、栄養状態や筋力低下、骨盤の緩みが関与するとされています。 明確な予防法は確立されていませんが、閉鎖孔ヘルニアが高齢で痩せ型の女性に多く発症し、栄養状態や筋力低下、骨盤の緩みが関与するとされていることから、以下のような取り組みが予防的に有用かもしれません。

  • 栄養状態を保ち、筋肉量・脂肪量を維持する
  • 骨盤周囲の筋力維持のために適度な運動を行う
  • 便秘や慢性咳嗽を予防し、腹圧を上昇させすぎない
  • 高齢女性の下肢痛に対して早期受診・早期診断を心がける

これらは状況証拠に基づく予防的視点であり、明確なエビデンスに裏付けられた方法ではありませんが、発症リスクの軽減につながる可能性があります。

閉鎖孔ヘルニアはまれな疾患ですが、高齢化が進むなかで発症機会が増えることが予想されます。特徴的な臨床像を理解し、早期発見と適切な治療につなげることが、重篤化の防止につながります。

関連する病気

  • 鼠径ヘルニア
  • 大腿ヘルニア
  • 腹壁ヘルニア

参考文献

  • 栗崎玲一ほか.反復する食後の下肢痛を訴え来院し、診断・治癒に至った閉鎖孔ヘルニアの1例.日本病院総合診療医学会雑誌.2020;16(6):424–429.
  • 美山和毅ほか.閉鎖孔ヘルニアにより慢性的に左下肢痛が生じていた一例.整形外科と災害外科.2019;68(4):674–676.
  • 上畑恭平ほか.閉鎖孔ヘルニア嵌頓に対する新しい非観血的整復手技.日本消化器外科学会雑誌.2022;55(1):1–9.
  • 佐々木一憲ほか.閉鎖孔ヘルニア嵌頓に対して超音波ガイド下非観血的整復手技(FROGS)を施行後、待機的に腹腔鏡下手術(TAPP)を施行した2例.臨床外科.2023;78(13):1534–1538.
  • 林 雅規ほか.閉鎖孔ヘルニア偽還納の1例.日本臨床外科学会雑誌.2024;85巻(10):1446-1449.

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