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マロリー・ワイス症候群
高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

マロリー・ワイス症候群の概要

マロリー・ワイス症候群(Mallory-Weiss症候群)は、嘔吐や咳、くしゃみ、分娩時のいきみなど、急激に腹圧や胸腔内圧が上昇した際に食道胃接合部付近(主に胃噴門部から食道下部)に裂創が生じ、吐血などの消化管出血を引き起こす疾患を指します。 1929年にMalloryとWeissによって報告され、当初は飲酒後の頻回な嘔吐に伴う出血例が多かったことからこの名前がつきました。

マロリー・ワイス症候群の原因

マロリー・ワイス症候群は、さまざまな場面で起こる急激な腹腔内圧あるいは胃内圧上昇が直接的な原因です。代表的な誘因としては、以下のようなものが挙げられます。
  • 飲酒後の嘔吐
  • 食中毒や妊娠悪阻などでの激しい嘔吐
  • 内視鏡検査中の嘔吐反射
  • くしゃみや咳、排便時のいきみ
  • 分娩時の強い腹圧

これらの誘因により、食道下端や胃噴門部周辺が過度に伸展し、縦方向に裂創を生じることがマロリー・ワイス症候群の基本的な発症メカニズムと考えられています。

マロリー・ワイス症候群の前兆や初期症状について

マロリー・ワイス症候群では、しばしば嘔吐や悪心が先行し、その後に吐血(あるいは下血)を認めることが典型的です。

吐血量は少量の場合もあれば、数回の嘔吐で一気に大量吐血となる場合もあります。特徴的なのは嘔吐を繰り返した直後に血液が混じるようになることですが、必ずしも嘔吐が条件ではなく、咳込みや強い怒責などでも同様の病態が起こり得ます。

腹痛や胸部痛を伴わない例が多いですが、強い腹圧変動で腹部や背中に違和感を訴える方もいます。上記の症状がみられた場合には、消化器内科の受診を検討しましょう。

マロリー・ワイス症候群の検査・診断

問診・身体所見

吐血に至るまでの経過を詳しく聞き取ることが重要です。典型例では、飲酒後に嘔吐を繰り返したのちに大量吐血というパターンですが、近年は内視鏡検査中の嘔吐反射で生じる場合、くしゃみや咳払いで生じる場合なども報告されています。

診察では、ショックや貧血の程度を確認し、患者さんの全身状態を把握します。急激な血圧低下や脈拍増加が認められれば、輸液や輸血などの救急対応が必要となります。

血液検査

  • 赤血球数・ヘモグロビン値(Hb):出血の程度を把握する目安
  • 炎症反応:基本的に大きくは上昇しない場合が多い
  • 血液型クロスマッチ:大量出血時に備えて輸血準備を行う

上部消化管内視鏡検査

マロリー・ワイス症候群の診断において特に有用な検査です。食道胃接合部付近に縦走する線状または紡錘状の裂創を認めることで診断します。裂創は以下のように分かれます。
  • 食道のみ(食道限局型)
  • 食道と胃にまたがる型(食道・胃併存型)
  • 胃のみ(胃限局型)

多くが食道胃接合部付近に存在します。 検査中の嘔吐反射を防ぐために鎮静を行うことが望ましいですが、状態によっては慎重な操作が必要です。また、裂創に出血や露出血管がある場合は、ただちに内視鏡的止血を行うこともあります。

画像検査

通常は内視鏡検査で診断しますが、合併症などを疑う場合(例えばBoerhaave症候群との鑑別が必要な場合)にはCT検査で胸腹部の状態を確認することがあります。特に強い胸痛や発熱、皮下気腫を伴う場合などは特発性食道破裂を疑い、さらに詳細な検査を行います。

鑑別診断

  

Boerhaave症候群(特発性食道破裂) 激しい嘔吐に伴い食道壁が全層破裂する。胸痛や縦隔炎を起こし、重篤な経過をたどる。  

消化性潰瘍出血

胃や十二指腸潰瘍からの出血。痛みや経過が異なり、内視鏡所見で区別可能。  

食道静脈瘤破裂

大量出血を来すが、内視鏡検査での所見は静脈瘤破裂として明確。

マロリー・ワイス症候群の治療

 

保存的治療

多くの場合、自然止血が得られます。出血が止まっており、全身状態が安定している例では、酸分泌抑制薬(PPIなど)や止血剤を投与しながら経過観察を行います。嘔吐や悪心が続く場合は抗嘔吐薬の使用も検討します。

内視鏡的治療

活動性出血(噴出性・湧出性)や露出血管が認められる場合には内視鏡的止血術が第一選択となります。   

クリップ法

裂創を縫縮し、出血点を直接止血する方法。筋層に達しているような深い裂創でも縫縮可能で有効。   

電気凝固法

露出血管に対して凝固する方法。ただし、過度な凝固は穿孔のリスクを伴うため注意。   

エピネフリン局注法

出血部位周囲に薬液を注入し、血管収縮作用で止血を狙うが、再出血率はやや高い。

多くの報告ではクリップ法が効果的かつ安全であるとされており、日本消化器内視鏡学会ガイドラインでも第一選択肢として推奨されています。

その他の治療

内視鏡的止血が困難な重症例や再出血を繰り返す例では、動脈塞栓術(interventionalradiology:IVR)や外科的処置(胃壁縫合など)が必要となることもあります。ただし、そのような重症例はまれで、ほとんどは内科的・内視鏡的治療で対応可能です。

マロリー・ワイス症候群になりやすい人・予防の方法

飲酒後の嘔吐がきっかけとなる例が多いため、過度な飲酒を控えることや、適切な嘔吐対策(吐き気を感じたら早めに身体を安静に保つ、水分補給をするなど)が予防的に有効と考えられています。 また、胃内視鏡検査を受ける際は、医療者と相談のうえ、嘔吐反射を抑えるために鎮静剤を使用することなどが望ましい場合があります。 以下のような対策が考えられます。
  • 暴飲暴食を避け、急激な嘔吐に至らないように注意する
  • 嘔気を感じたら早めに対処し、むやみに強く吐き続けないように心がける
  • くしゃみや咳などで身体に強い負荷がかかる場合は適切な治療を受け、繰り返す激しい圧変動を回避する

参考文献

  • MalloryGK,WeissS.Hemorrhagesfromlacerationsofthecardiacorificeofthestomachduetovomiting.AmJMedSci.1929;178:506-515.
  • ZeiferHD.Mallory-Weisssyndrome.AnnSurg.1961;154:956-960.
  • YamaguchiY,etal.EndoscopichemoclippingforupperGIbleedingduetoMallory-Weisssyndrome.GastrointestEndosc.2001;53:427-430.
  • FujishiroM,etal.Guidelinesforendoscopicmanagementofnon-varicealuppergastrointestinalbleeding.DigEndosc.2016;28:363-378.

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