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カンピロバクター腸炎
林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科、 NTT東日本関東病院予防医学センター・総合診療科を経て現職。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本内科学会総合内科専門医、日本老年医学会老年科専門医、日本認知症学会認知症専門医・指導医、禁煙サポーター。
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眼科(角膜外来)

カンピロバクター腸炎の概要

カンピロバクター腸炎とは、カンピロバクター属の細菌によって引き起こされる細菌性胃腸炎の一種です。主に原因となるのは、Campylobacter jejuni(95~99 %)やCampylobacter coli(数%)という種類で、日本では細菌性食中毒のなかでも発生頻度が高いもののひとつです。感染の多くは、加熱が不十分な鶏肉の摂取によって起こりますが、その他の食品や動物との接触が原因になることもあります。

感染から数日後に、腹痛や下痢、発熱、だるさなどの症状が現れます。多くの方は数日以内に自然と回復しますが、まれにギラン・バレー症候群などの神経系の合併症を引き起こす可能性があるため、注意が必要です。特に小児や高齢者、免疫力が低下している方では、症状が重くなることもあります。

日本におけるカンピロバクター腸炎の多くは、家庭や飲食店での調理過程に原因があり、適切な加熱や衛生管理を行うことで予防が可能です。発熱や下痢が長引く場合には、感染症の可能性を考慮し、早めに医療機関を受診することがすすめられます。

カンピロバクター腸炎の原因

カンピロバクター腸炎の主な原因は、カンピロバクター菌に汚染された食品や水を口にすることです。なかでも最も多い感染源は加熱が不十分な鶏肉です。鶏肉にはもともとカンピロバクター菌が付着していることがあり、中心部まで十分に火が通っていないと、菌が生きたまま体内に入り、感染を引き起こします。

また、生肉を扱った後に手を洗わずにほかの調理作業を行ったり、まな板や包丁を洗わずに使いまわしたりすることで、菌がサラダや果物などに付着し、知らずに摂取してしまう交差汚染も重要な感染経路です。ほかにも、井戸水や消毒処理が不十分な水の摂取、犬や猫などのペット、牛や豚といった家畜との接触から感染することもあります。 カンピロバクター菌は、わずか100個程度の少ない菌量でも感染が成立するほど感染力が強く、食品が一見安全そうに見えても、目に見えない菌によって発症するリスクがあります。感染者の便を介して他人にうつることもありますが、ヒトからヒトへの直接的な感染はまれです。

このように、原因の多くは食事と調理環境に関係しており、家庭でも予防の意識を持つことが発症を防ぐうえで重要です。

カンピロバクター腸炎の前兆や初期症状について

カンピロバクター腸炎は、細菌に感染してから1〜7日(多くは2〜5日)の潜伏期間を経て発症します。前兆として、発熱やだるさ、軽い頭痛など、風邪のような症状から始まることがあります。この段階ではまだ胃腸症状が出ていないため、単なる体調不良と見過ごされることも少なくありません。 やがて、強い腹痛や下痢が出現し、症状が一気に悪化します。下痢は水のようにさらさらしており、水様性下痢と呼ばれる状態が典型的です。ときには下痢に血液が混じることもあり、血便となることもあります。その他に吐き気や嘔吐、寒気や悪寒を伴うこともあります。これらの症状は通常3〜7日程度でおさまりますが、体力が落ちている方では回復までに時間がかかることもあります。

症状が強く脱水が疑われる場合や、高熱が数日間続く場合、また血便が出るような場合には、速やかに医療機関を受診することが必要です。受診する際は内科または消化器内科が適しており、便の検査(培養検査)によってカンピロバクター菌の有無が確認されます。検査結果が判明するまでには数日かかるため、必要に応じて整腸剤や水分補給、場合によっては抗菌薬の使用が検討されます。 特に小さなお子さんや高齢の患者さん、持病を抱えている方では、症状が重篤化しやすいため、早期の診断と対処が大切です。

カンピロバクター腸炎の検査・診断

カンピロバクター腸炎が疑われる場合、診断の基本となるのは便の検査(便培養)です。これは、患者さんの便を専用の培地に塗布し、時間をかけて病原菌の発育を確認する方法です。カンピロバクター菌は微好気性と呼ばれ、酸素が少ない特殊な環境でしか増殖できないため、培養には一般的な細菌検査とは異なる設備や条件が必要です。 より迅速に診断の目安を得るためには、グラム染色が用いられることもあります。これは便の一部をスライドガラスに塗り、特別な染色を施して顕微鏡で観察する方法です。カンピロバクター菌は、グラム陰性でらせん状の桿菌(棒状の細菌)という特徴的な形態を示すため、これを確認することで早期診断の参考になります。ただし、グラム染色だけでは確定診断とはならず、あくまで培養検査までの迅速なスクリーニング手段として位置づけられています。

なお、便培養の結果が出るまでには通常数日を要するため、診断は症状の経過や食事内容、発症時期、便のグラム染色などの情報も踏まえて総合的に行われます。例えば、発症の2〜5日前に加熱不十分な鶏肉を食べたというエピソードがある場合は、カンピロバクター腸炎が強く疑われます。また、水様性の下痢や発熱、腹痛といった特徴的な症状の有無も、診断の大きな手がかりとなります。 さらに、重症例では脱水症状の程度を確認するために血液検査が行われることがあります。特に高齢者や基礎疾患を持つ方では、全身状態の把握が重症化の予防に直結するため、早期の評価が重要です。

カンピロバクター腸炎の治療

カンピロバクター腸炎の治療は、多くの場合対症療法が中心です。つまり、原因菌そのものを直接排除するよりも、症状をやわらげ、体力の回復を助けることが主な目的となります。健康な成人であれば、数日間の安静と十分な水分補給によって自然に回復することが多く、特別な薬を使わなくても治癒します。 治療で特に大切なのは脱水の予防です。下痢や発熱、嘔吐によって体内の水分や電解質が失われやすいため、スポーツドリンクや経口補水液などをこまめに摂取することが推奨されます。また、食欲がないときは無理に食事を摂る必要はありませんが、消化によい食事を少量ずつ摂ることで回復が早まることもあります。 症状が強い場合や、免疫力が低下している方、小児・高齢者などでは、抗菌薬を使用することがあります。代表的な薬剤としてはマクロライド系抗菌薬(例:アジスロマイシン)があり、重症化を防ぐ目的で投与されることがあります。ただし、安易な抗菌薬の使用は菌の耐性を招くため、医師の判断のもとで慎重に行う必要があります。

また、下痢止めの薬は使い方に注意が必要です。腸内に菌や毒素が残っている状態で排便を抑えると、かえって症状を悪化させることがあるため、自己判断で市販薬を使用するのは避けましょう。

カンピロバクター腸炎になりやすい人・予防の方法

カンピロバクター腸炎は、食事や衛生環境と深く関わっているため、日常のちょっとした工夫で予防が可能です。特に注意が必要なのは、家庭や飲食店などで生または加熱が不十分な鶏肉を調理・摂取した場合です。表面に火が通っていても、中心部が生のままだとカンピロバクター菌は死滅しておらず、感染のリスクが高まります。 また、感染を起こしやすい方には、免疫力が低下している方小児高齢者などが挙げられます。これらの方は一度感染すると重症化しやすいため、家庭での食事管理や調理時の衛生管理には特に注意が必要です。

予防のためには以下のような対策が効果的です。まず第一に、鶏肉は中心部までしっかりと加熱することが重要です。目安としては中心温度が75度以上で1分以上の加熱が必要とされています。また、まな板や包丁などの調理器具を生肉用と加熱後・野菜用で使い分けることも大切です。使用後はすぐに熱湯や洗剤で洗い、十分に乾燥させるようにしましょう。 さらに、鶏肉を触った手でほかの食品や食器に触れないよう、こまめな手洗いも欠かせません。外食時も鶏の刺身や半生料理などには十分な注意が必要です。安全のためには見た目やにおいだけに頼らず、調理法と加熱の徹底を心がけることが予防の鍵になります。

こうした基本的な衛生習慣を守ることで、カンピロバクター腸炎のリスクを大きく減らすことができ、安心して食事を楽しむことができます。

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