

監修医師:
大坂 貴史(医師)
腸炎ビブリオ感染症の概要
腸炎ビブリオは、塩分を含む海水に生息する細菌で、特に夏場の高水温下で特に増殖しやすいことが知られています。主な感染経路は、汚染された魚介類の摂取や、調理器具・手指を介した二次汚染です。感染後は平均12時間ほどの潜伏期間を経て、激しい腹痛や下痢、嘔吐、発熱といった症状が現れます。多くの場合、症状は数日で自然に軽快しますが、基礎疾患がある人では重症化のリスクがあります。
診断は、魚介類摂取歴などの聞き取りと、便培養による病原菌の同定によって行います。治療は基本的に対症療法であり、経口で水分が取れれば医療介入は不要です。下痢止めの使用は菌の排出を妨げるため、原則避けるべきです。
予防には、魚介類の低温保存、流水での十分な洗浄、調理器具の使い分け、65℃以上での加熱が重要です。家庭で釣った魚を扱う際や、夏季の調理では特に注意が必要です。腸炎ビブリオ感染症は、調理環境の衛生管理と調理法の工夫によって防ぐことが可能です。
腸炎ビブリオ感染症の原因
腸炎ビブリオ (Vibrio parahaemolyticus)は、海水に生息する細菌です。塩分濃度の高い環境でもよく発育するという特徴があり、海に近い 3% の塩分濃度でも増殖することが知られていて、沿岸部の海水や底泥、生鮮魚介類などに多く存在します (参考文献 1, 2) 。水温が15℃以上になると活動性が増すため夏場に患者が増えるという特徴があります (参考文献 2) 。
汚染された食べ物を摂取することが主な感染経路です。魚介類 (特に刺身、寿司)を生または加熱不十分な状態で摂取したり、魚介類自体は十分に加熱されていても、調理器具や手が汚染されていれば感染することがあります。
腸炎ビブリオ感染症の前兆や初期症状について
感染から平均12時間前後の潜伏期間を経て、強い腹痛や下痢といった胃腸症状が出現します (参考文献 1-3) 。下痢は回数が多く、多い時には一日に十数回の下痢に悩まされ、まれに血便を伴うこともあります。
腹痛・下痢のほかにも、嘔吐や 37~38 ℃ 程度の発熱といった症状が現れることも多いです (参考文献 1)。
通常であれば腹痛や下痢は発症の次の日までには軽快しますが、基礎疾患のある患者では重症化することもあります (参考文献 1) 。
腸炎ビブリオ感染症は、潜伏期間が約半日と短いことが特徴です。魚介系の食事をしたり釣りをした日や次の日までに急な腹痛・下痢を発症した場合にはお近くの内科を受診してください。
腸炎ビブリオ感染症の検査・診断
診断には、直近での魚介類摂取歴や釣りの有無といった情報を得ることが最も重要です。受診する際には必ず医師に伝えてください。 病原診断のためには、患者の便から腸炎ビブリオを分離・同定することが基本です。採取したサンプルを専用の培地にまいて、腸炎ビブリオの存在を確認します (参考文献 1) 。
腸炎ビブリオ感染症の治療
腸炎ビブリオ感染症の症状は、数日以内に自然軽快する場合がほとんどなので、基本的には経過観察・対症療法です。薄めたスポーツドリンクを十分量口から摂取できれば特段の医療的介入は必要ありません。吐き気・嘔吐などで経口摂取が難しい場合には点滴での水分補給をすることもあります。 ここで注意してほしいのは「下痢止めは使わない」ということです。患者は下痢によって体の外に菌を排出しているので、下痢止めを使うと菌の排出が遅れます。
症状が重い場合や高齢者・基礎疾患を有する患者においては、抗菌薬の投与が考慮されます。
腸炎ビブリオ感染症になりやすい人・予防の方法
腸炎ビブリオ感染症の発生要因は①手指・調理施設・調理器具を介した感染が約 40% 、②原材料の摂取による感染が約 30%)、長時間放置による感染が約 20% です (参考文献 3) 。したがって魚介系の食材の調理・加工に従事する人や、自分で魚を釣って加熱不十分な状態で食べる人は感染リスクが高いといえるでしょう。
腸炎ビブリオ感染症は一年を通して発生していますが、特に水温が高くなる夏季に多く発生します。夏場に釣った魚を調理する際には特に感染予防に気を使いましょう。
一般の家庭で釣った魚を調理する際には次のような感染対策が有効です (参考文献 3)。
十分な洗浄 食材を水道水でよく洗うと、食材表面に付着している菌量を大きく減らすことができます。洗浄する際には周りの調理器具に水が飛び散らないように注意し、飛び散った場合には調理器具を洗いなおしましょう。
魚介類の低温保存 魚介類を 1~5 ℃ で1日保存した場合、腸炎ビブリオの量が 1/10 ~ 1/10,000 の量に減少することが知られています。しかしながら、もともとの菌量が多ければ食中毒発症に十分な菌量が残ってしまう場合があるので、他の予防策も同時に行うことが重要です
魚介類調理に使用した調理器具の使いまわしをしない 調理器具を介して、他の食材が汚染されてしまいます。まな板や包丁は別のものを用いるか、同じものを使用する場合には十分に洗ってから使うようにしましょう。
魚介類を十分に加熱する 腸炎ビブリオ感染症の予防には、65℃で1分以上の加熱が有効です。中心部まで加熱することが重要です。
これらの感染対策は他の食中毒予防にも有効です。
参考文献




