

監修医師:
和田 蔵人(わだ内科・胃と腸クリニック)
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佐賀大学医学部卒業。南海医療センター消化器内科部長、大分市医師会立アルメイダ病院内視鏡センター長兼消化器内科部長などを歴任後の2023年、大分県大分市に「わだ内科・胃と腸クリニック」開業。地域医療に従事しながら、医療関連の記事の執筆や監修などを行なっている。医学博士。日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本肝臓学会肝臓専門医、日本医師会認定産業医の資格を有する。
目次 -INDEX-
薬剤起因性腸炎の概要
薬剤起因性腸炎とは、薬剤の使用が原因で起こる腸の炎症です。腹痛や下痢が主な症状で、発熱や血便、しぶり腹(頻回に便意を催しているのに便が出ない状態)を来すこともあります。また、重度の下痢が続くと、脱水を起こすことがあります。脱水状態になると、口や皮膚の乾燥、尿量の減少、倦怠感、頻脈、血圧低下、意識がもうろうとする、電解質異常による手足のしびれなどの症状を来します。 便の性状(水様便、血便など)は、原因となる薬剤によって異なります。 薬剤起因性腸炎の原因となる薬剤として特に多いのが抗生物質(ペニシリン系、セフェム系など)です。ほかには、抗がん剤(イリノテカン、シタラビン、メトトレキサート、フルオロウラシルなど)、免疫抑制剤、NSAIDs(ロキソプロフェン(ロキソニン)、ジクロフェナク、イブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬と呼ばれる痛み止め)、低用量アスピリンなどの抗血小板薬、胃薬、山梔子(さんしし;漢方薬に含まれる生薬)、経口避妊薬なども副作用で腸炎を誘発することがあります。 原因となる薬剤によりますが、一般的に1〜2週間以内に症状が出ることが多いです。抗がん剤では、投与直後や数クール投与後に症状が出るものもあります。原因となる薬剤の使用を中止することでほとんどの症状が軽快します。また、一時的に食事を止めて腸管の安静を保ち、脱水予防のために輸液を行なうこともあります。腹痛や下痢が続く場合は、脱水予防のため水分を多くとり、消化器内科を受診しましょう。薬剤起因性腸炎の原因
薬剤起因性腸炎は、薬剤の使用が原因で発症します。薬剤起因性腸炎の原因となる薬剤として特に多いのが抗生物質(ペニシリン系、セフェム系など)です。ほかには、抗がん剤、免疫抑制剤、NSAIDs(痛み止め)、低用量アスピリンなどの抗血小板薬、山梔子なども副作用で腸炎を誘発することがあります。抗生物質起因性腸炎
抗生物質が原因となる薬剤起因性腸炎には偽膜性腸炎と急性出血性腸炎があります。偽膜性腸炎
高齢者や腎不全患者さんなどの基礎疾患を持つ方が発症しやすく、抗生物質を使った数週間以内に下痢を来します。抗生物質の使用により、腸内細菌のバランスが崩れ、クロストリジオイデス・ディフィシル(旧名:クロストリジウム・ディフィシル)という毒素を産出する細菌が増殖します。この毒素が腸内の粘膜を傷つけることにより、炎症が起きます。内視鏡検査をすると偽膜と呼ばれる黄白色の小隆起(壊死した粘膜)が見られます。急性出血性腸炎
抗生物質の使用から2〜3日後に、血の混じった下痢や腹痛などを発症します。10〜20代に多い傾向があります。フルオロキノロン系やマクロライド系抗生物質による発症が多く報告されていましたが、抗菌薬の適正使用の推進や処方指針の変更などにより、2000年代以降は発生頻度が減少しています。発症機序は完全には解明されていませんが、腸内細菌叢の急激な変化や薬剤の直接的な腸管毒性が関与していると考えられています。NSAIDs(痛み止め)による腸炎
胃、十二指腸、小腸、大腸にただれや粘膜の炎症による潰瘍(かいよう)を作りやすく、下血や貧血の原因になります。抗がん剤による腸炎
抗がん剤や、白血球減少による免疫抑制によって腸内細菌叢が変化するために腸炎を起こします。腸管粘膜の障害がひどいと出血性腸炎を起こすこともありますが、薬を中止すれば回復します。 最近の新しい抗がん剤である免疫チェックポイント阻害薬の副作用としても、腸炎が報告されています。免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)は、免疫系を活性化させることでがん細胞を攻撃します。しかし、この免疫活性化が過剰になると、自己免疫関連有害事象(irAE:immune-related Adverse Event)として腸炎を引き起こすことがあります。症状は投与開始から数週間から数ヶ月後に現れることが多く、軽度の下痢から重篤な腸炎までさまざまです。薬剤起因性腸炎の前兆や初期症状について
腹痛や下痢が主な症状で、発熱や血便、しぶり腹を来すこともあります。また、重度の下痢が続くと、脱水を起こすことがあります。脱水状態になると、口や皮膚の乾燥、尿量の減少、倦怠感、頻脈、血圧低下、意識がもうろうとする、電解質異常による手足のしびれなどの症状を来します。 腹痛や下痢が続いた場合は、脱水予防のため経口補水液(OS-1®など)や塩分・糖分を含むスポーツドリンクなどを少量ずつこまめに摂取し、消化器内科を受診しましょう。 腹痛や下痢の主訴だけでは、原因となる疾患を特定することは難しいですが、多くの疾患のうちの一つとして薬剤起因性腸炎の可能性が挙げられます。受診する際には、使用中の薬の種類と量、使用し始めてからの期間、症状の種類や程度と持続期間などを医師に知らせてください。薬剤起因性腸炎の検査・診断
問診にて患者さんから症状の経過、使用中の薬の種類と量、使用期間などを確認します。 また、その他の腸炎との鑑別をするために、ウイルス検査や便培養検査を行うこともあります。重度の場合には、以下の検査を行い、体内の状態を確認することもあります。 血液検査 炎症反応(CRPや白血球数など)や電解質(Na、K、Clなど)、肝機能、腎機能などの状態を調べます。 大腸内視鏡検査 偽膜性腸炎が疑われる場合や、ほかの炎症性腸疾患との鑑別のために大腸の粘膜の状態を調べます。薬剤起因性腸炎の治療
原因と疑われる薬剤の使用を中止します。抗がん剤など重篤な原疾患に対する治療では、別の薬剤の使用を検討します。 以下のような場合は入院治療が必要となることがあります。- 重度の脱水症状(めまい、立ちくらみ、尿量減少など)がある
- 高熱が続く
- 血便が多量にある
- 強い腹痛がある
- 高齢者や基礎疾患のある患者さん
- 経口摂取が困難な場合
偽膜性腸炎の治療
抗生物質が原因となっている偽膜性腸炎では、異常増殖してしまった細菌に対する抗生物質(メトロニダゾールまたはバンコマイシン)を処方する場合もあります。抗がん剤(免疫チェックポイント阻害薬)による腸炎の治療
薬剤を中止しても症状が改善しない場合も多く、その際は、ステロイド剤を投与します。さらには生物学的製剤(インフリキシマブなど)の投与が必要となる場合もあります。NSAIDs(痛み止め)による腸炎
基本的には、薬の使用を中止すると回復しますが、なかなか潰瘍が改善しない場合は、潰瘍の進行を抑える薬を使用します。薬剤起因性腸炎になりやすい人・予防の方法
高齢者、腎機能や肝機能障害者、身体が弱っているときなどにはこれらの副作用が起こりやすいので注意が必要です。特に抗がん剤や免疫抑制剤を使用する場合は、もとの疾患により免疫機能が落ちていることが多いため、より注意が必要です。予防の方法
- 薬剤服用中は、水分を十分に摂取する
- 処方された薬の説明書をよく読み、腸炎などの副作用の可能性を理解しておく
- 複数の医療機関を受診している場合は、それぞれの医師に現在服用している薬について伝える
- 以前に薬剤による腸炎を経験したことがある場合は、その薬剤名を医師に伝える
- 抗生物質服用中は、乳酸菌製剤やプロバイオティクス(整腸剤)の併用を医師と相談する
- 症状が現れたら早めに医療機関を受診する
参考文献




