

監修医師:
大坂 貴史(医師)
鞭虫症の概要
鞭虫症は鞭虫という寄生虫が大腸に寄生することで発症する感染症です。感染者の便に含まれる虫卵が土壌中で成熟し、それが付着した野菜や手指などを経口摂取することで感染します。戦後の日本では感染者が多く、一部地域では感染率が 20% を超えていましたが、現代では日本人の感染率は 0.1% 以下にまで減少しています。感染しても無症状のことが多いものの、重度の場合には腹痛、下痢、血便、小児では発育不良などが引き起こされます。診断には便中の虫卵検出が用いられ、治療にはメベンダゾールが用いられます。世界的には未だに 7% 程度の人が感染しているとされ、衛生状態の悪い地域への渡航時には特に注意が必要です。予防の基本は、食材の加熱、手洗いの徹底、安全な飲料水の確保など、口から虫卵を取り込まないための衛生対策です。
鞭虫症の原因
鞭虫症は、鞭虫 (べんちゅう) と呼ばれる寄生虫によって引き起こされる感染症です。この虫は細長く先端が糸のように細くなった特徴的な形状をしており、大腸に寄生して生活します。 ヒトへの感染は、虫卵を口から摂取することによって起こります。感染者の便に含まれる虫卵は環境中に排出されたあと、暖かく湿った土壌で一定期間成熟して感染力を持つようになります。こうした感染性卵が付着した土や、適切に洗浄されていない野菜などを経口摂取することで、体内に取り込まれ感染が成立します。
感染して孵化した鞭虫は、その体の鞭のような部分を盲腸の粘膜に突き刺して寄生します。 盲腸に寄生した成虫の雌は一日に数千個の卵を生むので、それが糞便に混ざって体外に排出され、感染が拡大します (参考文献 1, 2) 。
戦後しばらくは日本でも多くの感染者がいて、感染者が 20% を超える地域もあったようです (参考文献 1) 。しかしながら現在では感染者がかなり減っており、感染率は 0.1% 以下とされています (参考文献 1) 。
鞭虫症の前兆や初期症状について
鞭虫症にかかっても、寄生している鞭虫の数が少ない場合には基本的に無症状のまま経過します。 一方で寄生虫の数が多くなると、腹痛、下痢、血便などの消化器症状が現れることがあります (参考文献 1) 。小児に多数寄生した場合には大腸全体に感染が広がって、貧血や発育の遅滞が引き起こされることがあります (参考文献 1) 。こうした状態が長期に及ぶと、子どもの健やかな成長に支障をきたすおそれもあります。
後述するような発症リスクが高い方で、このような症状があれば、近くの内科を受診してください。
鞭虫症の検査・診断
国内での感染は少ないため、海外渡航歴が重要な情報になります。海外旅行で適切に調理されていない野菜を食べた場合には、担当の医師に必ず伝えてください。
確定診断には、便の中に虫卵が含まれているかどうかを確認する便顕微鏡検査が用いられます。採取した便になかに特徴的なレモン型をした虫卵がいないかどうかを確かめる検査ですが、1回の検査で見つからないときは、複数回の検査を行うこともあります。
腹部症状の原因精査のために行った大腸内視鏡で、腸内に寄生した寄生虫が見つかる場合もあります。
鞭虫症の治療
鞭虫症の治療には、メベンダゾールという薬剤を使います。1日2回の投与を3日間程度続けると高い効果が得られることが知られてます (参考文献 1)。
鞭虫症になりやすい人・予防の方法
日本国内で感染することは少ないですが、世界を見渡せば世界人口の 7% の人が感染しているとされています (参考文献 1, 2) 。したがって、海外旅行先によく行く人や旅行先で生野菜をはじめとした適切な衛生管理のされていないものを食べた人は、鞭虫症の発症リスクが高いといえるでしょう。 人の便を農業用の肥料として使用している地域では特に感染リスクが高まります。
予防方法は海外滞在中の食品の衛生管理や手洗いです。 途上国では依然として糞便を肥料として用いる地域や、トイレが整備されていない地域が多く存在し、こうした地域に滞在する際は、飲食物の衛生管理や手指衛生を徹底する必要があります。 このような環境では鞭虫のみならず、他の寄生虫感染症や細菌感染症発症リスクも高まります。食品や飲料水の衛生管理や手洗いは様々な旅行感染症予防の基本になります。具体的な方法を最後に紹介するので、参考にしてみてください。
- 海外滞在中の食事に注意:加熱されていない生野菜や果物は避け、火の通ったものを選びましょう。特にサラダ類や屋台の食品には注意が必要です。
- 手指衛生の徹底:トイレを使った後、食事の前、外出先から帰ったあとには、石けんを使って丁寧に手洗いをしましょう。指先や爪の間までしっかり洗うことが重要です。
- 飲料水の管理:安全な水を使用し、ペットボトルの水や煮沸した水を選ぶようにします。氷も不衛生な水で作られていることがあるため注意が必要です。
参考文献
- 1. 食品安全委員会. 食品により媒介される感染症等に関する文献調査報告書 35. 鞭虫. 2010
- 2. Leder K et al. Enterobiasis (pinworm) and trichuriasis (whipworm). UpToDate. May 14, 2025




