

監修医師:
林 良典(医師)
目次 -INDEX-
ブドウ球菌食中毒の概要
ブドウ球菌食中毒は、食品を通じて黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が作るエンテロトキシンという毒素を摂取することで発症する急性の胃腸炎です。
この病気は食品由来の感染症として広く知られ、日本では毎年多くの症例が報告されています。特に夏の高温多湿な環境では発生が増加し、家庭や学校、職場、病院などで集団感染が起こることもあります。
黄色ブドウ球菌は人間の皮膚、鼻腔、喉といった場所に常在している細菌で、通常は特に害を及ぼしません。しかし、食品の調理や加工中にこの菌が食品に付着し、保存状態が不適切な場合に増殖します。増殖の際に産生されるエンテロトキシンが摂取されると、消化管に強い影響を与え、短時間で激しい症状を引き起こします。特に嘔吐や腹痛、下痢が典型的な症状として知られています。
この疾患はどの年代の人にも起こりますが、免疫機能が低下している乳幼児、高齢者、基礎疾患を持つ患者さんでは、重症化するリスクが高いとされています。また、日本では食中毒全体の中でもブドウ球菌食中毒が比較的多く報告されており、特に家庭での食品取り扱いのミスが原因となるケースが目立ちます。
エンテロトキシンは耐熱性が高く、100℃で30分以上加熱しても分解されません。そのため、食品の再加熱では毒素を無害化することができません。こうした性質のため、食品の保存や取り扱いには特別な注意が必要です。このリスクを減らすため、家庭や飲食店では日常的に正しい食品管理の重要性が啓発されています。
さらに、発生の頻度は季節によって変化します。特に気温や湿度が高くなる6月から9月は菌の増殖に適した条件が整いやすく、患者さんの報告数が増加する傾向があります。ただし、冬場でも保存状態が悪い食品や、加熱が不十分な食品を摂取すると発症する可能性があります。このため、季節を問わず、食品の適切な保存と衛生管理が必要です。
ブドウ球菌食中毒の原因
ブドウ球菌食中毒は、黄色ブドウ球菌が食品内で増殖し、エンテロトキシンという毒素を作り出すことが原因です。この毒素を摂取すると、消化管が刺激され、嘔吐や下痢などの症状が急速に現れます。黄色ブドウ球菌は人間や動物の皮膚、鼻腔、環境中に広く存在し、通常は無害ですが、特定の条件下で増殖すると食中毒を引き起こします。
食中毒の主な原因は、食品が調理中に黄色ブドウ球菌で汚染されることです。例えば、調理者が手洗いを怠ると、鼻腔や手指に存在する菌が食品に付着します。また、傷口や皮膚疾患がある場合、そこから直接食品が汚染されることもあります。さらに、調理器具や台所が清潔でない場合、菌が食品に広がるリスクがあります。
乳製品、卵を含む食品(例:マヨネーズやカスタードクリーム)、肉製品(例:ハムやソーセージ)、調理済みの米(例:おにぎりや炒飯)は特にリスクが高い食品です。これらが適切に保存されないと、菌が増殖しやすい環境となり、エンテロトキシンが生成されます。この毒素は加熱や胃酸に非常に強く、調理後でも食品に残るため、不適切な保存が原因で食中毒を起こすことがあります。
家庭内だけでなく、商業施設での大量調理や食品加工においても注意が必要です。冷却や保存が不十分だと、大規模な食中毒の発生につながるリスクがあります。適切な手洗い、清潔な調理環境、そして食品の正しい保存が防止の鍵となります。
ブドウ球菌食中毒の前兆や初期症状について
ブドウ球菌食中毒は、摂取後1~6時間という非常に短い潜伏期間で発症するのが特徴です。このため、原因となる食品を特定しやすい場合があります。主な症状は急激な吐き気と嘔吐で、頻繁に吐くことで体力が奪われ、日常生活に支障をきたします。
腹痛はけいれん性で、胃腸全体が強く締め付けられるような痛みを伴います。下痢を伴う場合もありますが、発熱はほとんど見られません。これらの症状が突然現れるため、患者さんは強い苦痛を訴えることが多いです。
脱水症状が進行する場合もあり、特に乳幼児や高齢者では注意が必要です。脱水が進行すると、めまいや意識障害を引き起こす可能性があり、速やかな対応が求められます。
これらの症状が見られる際は、一般内科や総合診療科、感染症内科、消化器内科への受診をおすすめします。
ブドウ球菌食中毒の検査・診断
ブドウ球菌食中毒の診断では、患者さんの症状や食事履歴が重要な手がかりになります。摂取後1~6時間以内に嘔吐、腹痛、下痢などの症状が現れる場合、この食中毒が疑われます。潜伏期間が短い点や、発熱がほとんど見られないことが、この疾患の特徴です。
診断を確定するには、嘔吐物や便、摂取した食品を検体として検査します。これらの検体を培養し、黄色ブドウ球菌の有無を確認します。特に、マンニット食塩寒天培地(高濃度食塩に耐性のある菌を選択的に増殖させる培地)を使用することで、菌を特定することが可能です。
さらに、エンテロトキシンの検出も重要で、ELISA法(酵素免疫測定法)がよく用いられます。この方法は感度が高く、食品や嘔吐物、便に含まれる毒素を迅速に特定できます。特に集団感染が疑われる場合、感染源の特定に役立ちます。
ブドウ球菌食中毒の治療
ブドウ球菌食中毒の治療は主に対症療法が中心となります。軽度の患者さんの場合、水分補給が主な治療手段となります。電解質を含む飲料を摂取することで、嘔吐や下痢で失われた水分とミネラルを補うことができます。経口補水液(ORS)は特に効果的で、市販されているものを利用できます。
症状が重度の場合、医療機関での点滴療法が必要です。点滴による水分補給は、胃腸の状態が悪化し経口摂取が困難な患者さんにとって重要です。これにより、電解質バランスの崩れを速やかに改善し、症状の悪化を防ぎます。特に乳幼児や高齢者は、脱水が命に関わることがあるため、迅速な医療対応が求められます。
治療では抗菌薬の使用は一般的に推奨されません。これは、食中毒の原因となるエンテロトキシンがすでに食品内で産生されているため、抗菌薬で菌を殺菌しても毒素の影響を除去することができないためです。
ブドウ球菌食中毒になりやすい人・予防の方法
ブドウ球菌食中毒は、食品の取り扱いミスが原因で発生しやすく、誰にでも起こりうる疾患です。ただし、免疫力が低下している乳幼児、高齢者、妊婦、また糖尿病などの基礎疾患がある人は、脱水や重症化のリスクが高いため特に注意が必要です。
予防の基本は、食品の適切な管理です。調理前や食品を触る前に手をしっかり洗うことが重要です。調理者が鼻腔や傷口に菌を持っている場合は、食品に直接触れないよう手袋を着用することが推奨されます。調理後は速やかに冷却し、10℃以下で保存することが大切です。
食品の加熱も有効な予防策ですが、エンテロトキシンは耐熱性を持つため再加熱だけでは不十分です。特に、大皿料理や大鍋のように量が多い場合は、中心まで迅速に冷却するために小分けにして保存する方法が効果的です。
また、弁当の持ち運びや外食にも注意が必要です。弁当は高温の車内に長時間放置せず、保冷剤を使用して適切な温度を維持することが重要です。また、飲食店や食品加工業者は、調理場や調理器具を清潔に保つことで、集団感染のリスクを減らす努力が求められます。