

監修医師:
大坂 貴史(医師)
目次 -INDEX-
腸管出血性大腸菌感染症の概要
腸管出血性大腸菌(EHEC:Enterohemorrhagic Escherichia coli)感染症は、ベロ毒素(別名:志賀毒素)という毒素を産生する大腸菌です。腸管出血性大腸菌に感染すると、症状が出ない場合もありますが、激しい腹痛や血便などの症状を引き起こしたり、溶血性尿毒症症候群(HUS)という重い合併症を引き起こしたりする場合もあります。溶血性尿毒症症候群は、腎臓や神経の障害といった後遺症を残す可能性や死につながる可能性があるため、非常に注意が必要です。治療は下痢や嘔吐で失われた水分を補給することが基本となります。(参考文献1,2)
腸管出血性大腸菌感染症の原因
腸管出血性大腸菌は、食中毒の原因となる大腸菌の一種です。この菌は、わずか50個程度の少ない数でも人に感染します。また、強い酸にも耐えるため胃酸の中でも生き残ることができます。そのため、主な感染経路は汚染された食べ物や水を口にすることですが、人から人への二次感染も起こりやすいとされています。
1982年にアメリカでハンバーガーが原因の出血性大腸炎の集団発生で初めて報告されました。日本では、1990年に埼玉県浦和市の幼稚園で井戸水が原因とされる集団感染が発生し、園児2名が死亡するという事例が注目を集めました。その後、1996年には岡山県や大阪府堺市で大規模な集団感染が発生し、特に堺市では5,591名もの患者が報告されました。これらの主な原因は、給食や仕出し弁当とされています。(参考文献1)
腸管出血性大腸菌感染症の前兆や初期症状について
腸管出血性大腸菌に感染し腸炎を発症すると、3~5日の潜伏期間の後、激しい腹痛や頻繁な水様性の下痢を起こします。そしてその後、血便(血が混じった便)に進行することがあります。発熱は軽度で、37℃台が多いとされています。
症状が重い場合、下痢などの初期症状が出てから数日から2週間以内に、溶血性尿毒症症候群や脳症などの重篤な合併症を引き起こすことがあります。溶血性尿毒症症候群を起こすと腎不全を起こし、尿が出ない、むくむ、意識がぼんやりするなどの症状が現れる可能性があります。溶血性尿毒症症候群を発症した患者の致死率は1~5%と報告されています。また、脳症を起こすと頭痛、うつらうつらする、落ち着きがなくなる、よくしゃべるようになる、幻覚がするなどの症状が現れるかもしれません。さらに進行すると痙攣や昏睡を引き起こすこともあります。(参考文献1)
腸管出血性大腸菌感染症の検査・診断
激しい腹痛や下痢、血便が見られた場合に腸管出血性大腸菌感染症を疑います。
確定診断のためには、患者の便から腸管出血性大腸菌を分離し、ベロ毒素の有無を確認する必要があります。特にO157型の菌は、ソルビトール・マッコンキー培地という特殊な培地を用いて検出することが一般的です。(参考文献1)
腸管出血性大腸菌感染症の治療
腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の治療は、症状の重さや患者の年齢、全体的な健康状態によって異なります。
治療の基本は、安静にすること、水分補給、消化しやすい食事をとることです。激しい腹痛や血便があり、食べられないような場合は点滴で水分や電解質を補うこともあります。
抗菌薬(抗生物質)が処方された場合は、一般に3〜5日間飲み続けることになります。飲んでも直ちに症状が軽くなるわけではありませんが、3〜5日間で菌は消失します。ただ、抗菌薬を使用していても溶血性尿毒症症候群などの合併症を起こす可能性はあります。一旦症状が良くなっても2,3日後に急激に悪化することもあるので、体調の変化には気をつけましょう。
また、腸管の動きを抑えるような下痢止め薬は、腸内に菌や毒素をとどめてしまう可能性があるため、使用しません。
血便や下痢が激しい場合や溶血性尿毒症症候群や脳症などの合併症が疑われる場合は、入院して専門的な治療を受けることが必要です。
顔色が悪い、尿が出ない、ひどいむくみ、意識がぼんやりする、頭痛や幻覚があるなどの症状が出た場合は病院を受診しましょう。(参考文献2)
腸管出血性大腸菌感染症になりやすい人・予防の方法
日本では1997年以降、腸管出血性大腸菌の集団感染の報告は減少しましたが、散発的な感染は年間で千数百人程度が報告されています。
腸管出血性大腸菌の感染予防のためには、食品の十分な加熱や手洗いの徹底が重要です。特に、子どもや高齢者、免疫力が低下している人は、生肉や加熱が不十分な食肉を避けた方が良いとされています。また、ヒトからヒトへの感染を防ぐためには、トイレの後や調理前後の手洗いをしっかり行うことが効果的です。
腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法において全数報告対象(3類感染症)とされており、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る義務があります。また、学校保健安全法では第3種の感染症に分類されており、症状がなくなるまで出席停止とされています。
このように、腸管出血性大腸菌感染症は、適切な予防と早期の対応が重要な感染症です。日常生活において、食品の取り扱いや手洗いなどの基本的な衛生管理を徹底することで、感染リスクを減らすよう心がけましょう。(参考文献1)
関連する病気
- 溶血性尿毒症症候群
- 急性胃腸炎
- 血便
参考文献




