監修医師:
松井 信平(医師)
腹膜偽粘液腫の概要
腹膜偽粘液腫(ふくまくぎねんえきしゅ)は、腹腔内に粘液性の腹水や腫瘤が蓄積する腫瘍性疾患です。発症頻度は低く、100万人に1〜2人の割合で発症します。男女比は1:3で女性に多いです。
(出典:難病情報センター「消化器系疾患分野|腹膜偽粘液腫(平成23年度)」)
腹膜偽粘液腫は主に虫垂や卵巣から発生し、粘液が腹腔内に広がっていきます。進行が遅い傾向にありますが、適切な治療を受けない場合、重大な合併症を引き起こす可能性があります。
症状としては、腹部の膨隆、呼吸困難、鼠径ヘルニア、虫垂炎の症状、腹水の所見などが挙げられます。しかし、初期段階では特徴的な症状が現れにくい場合が多く、発見が遅れることがあります。
腹膜偽粘液腫の診断は、複数の検査を組み合わせて行われます。主に、腹部CT検査やMRI検査により、腹腔内の粘液の蓄積や腫瘍の位置、大きさを確認します。腫瘍マーカー検査によってCEAやCA19-9などの項目も確かめます。
腹膜偽粘液腫は、良性から悪性までさまざまな段階があり、進行度や病理学的特徴によって治療方針が決定されます。患者の生活の質を維持しながら、疾患の進行を抑制することが治療の主な目標です。
現時点では、腫瘍切除と腹腔内温熱化学療法(HIPEC)の組み合わせが効果的とされている治療方法です。
腹膜偽粘液腫の原因
腹膜偽粘液腫のはっきりした原因は分かっていませんが、虫垂にできた粘液嚢胞腺癌や粘液嚢胞腺腫の破裂が要因の一つであると考えられています。
悪性の腹膜偽粘液腫では、上皮増殖因子受容体(EGF受容体)が発現していることがわかっています。
腹膜偽粘液腫の前兆や初期症状について
腹膜偽粘液腫の初期症状はほとんどないため、早期発見が難しい場合があります。進行すると、腹腔内に粘液が蓄積し、腹部の膨満感や不快感、虫垂炎の症状、鼠経ヘルニアなどの症状が出現します。腹部の違和感や鈍痛、食欲不振、体重減少が現れることもあります。
女性の場合、月経不順や不正出血などの婦人科系の症状が現れることもあります。進行した状態では腹部の腫瘤が発生し、腸管を圧迫して便秘や下痢、吐き気などが現れます。
腫瘤によってさらに臓器が圧迫されると、腸閉塞による栄養失調などの合併症を引き起こす危険性が高くなります。尿管の圧迫による腎機能低下、腸管や膀胱に穴が空くことによる腸漏や膀胱漏、胆管の圧迫による黄疸、胸腔転移による呼吸困難なども見られ、生命の危険にさらされる可能性があります。
腹膜偽粘液腫の検査・診断
腹膜偽粘液腫の診断は、複数の検査を組み合わせて行われます。腹部CT検査やMRI検査によって、腹腔内の粘液の蓄積や腫瘍の位置、大きさを確認します。CT検査では、ホタテ貝状変形、ケーキ様大網と呼ばれる特徴的な所見が観察できます。一方、MRI検査では腫瘤を明確に検出できます。
腫瘍マーカー検査も実施され、CEAやCA19-9などの値を検出します。CEAとCA19-9は消化器系のがんで用いられる指標で、診断の補助として使用されます。
確定診断には生検による組織診断が必要であり、腹腔鏡検査や開腹手術によって組織を採取し、病理学的検査を行います。
また、腹水の成分を調べる腹腔穿刺を実施することもあります。腹腔穿刺は、腹腔に刺したカテーテルから腹水を採取し、成分を調べる検査です。粘膜偽粘液腫では、粘性が高く吸引できない場合もあり、吸引できない場合は粘膜偽粘液腫が疑われます。
また、腹腔穿刺は胃がん、すい臓がん、大腸がん、卵巣がんなどと鑑別するためにおこなうこともあります。
腹膜偽粘液腫の治療
腹膜偽粘液腫の治療は、疾患の進行度や患者の全身状態に応じて決定されます。基本的な治療は、腫瘍切除と腹腔内温熱化学療法の組み合わせです。
腫瘍切除では、腹腔内の腫瘍と粘液を可能な限り除去します。手術直後に行われる腹腔内温熱化学療法は、加熱した抗がん剤溶液を腹腔内に循環させ、残存する腫瘍細胞を除去します。
腹腔内温熱化学療法はがん細胞が熱に弱い性質を利用したもので、腫瘍切除との併用が効果的とされています。
手術が困難な場合や、全身状態が良くない患者に対しては、全身化学療法や対症療法が選択されることもあります。しかし、全身化学療法は投与した抗がん剤が標的部位まで到達しにくく、腫瘍を完全に取り除くことが難しいため予後不良となりやすいです。がん細胞が死滅しても粘液が残る可能性があります。
腹膜偽粘液腫になりやすい人・予防の方法
腹膜偽粘液腫の発症リスクを高める明確な因子は特定されていません。発症率は男性より女性のほうがやや高いです。
腹膜偽粘液腫の予防法は現在のところ確立されていません。しかし、腹部に違和感や持続的な症状がある場合は、早期発見・早期治療できるように、速やかに医療機関を受診することが推奨されます。
腹膜偽粘液腫は早期発見が難しい疾患ですが、定期的な健康チェックによって自身の体調変化にすぐ気付くことが、重症化を防ぐために大切です。
参考文献