監修医師:
岡本 彩那(淀川キリスト教病院)
横隔膜ヘルニアの概要
横隔膜ヘルニアは胸部と腹部を隔てている横隔膜に異常が生じ、腹部の臓器の一部が胸部へ脱出する疾患です。
通常、横隔膜は胸部と腹部の臓器を隔てる役割を果たしていますが、横隔膜ヘルニアでは横隔膜に開いた穴から腹部の臓器が脱出し、胸部に移動します。
胸部へ脱出する臓器は、小腸や結腸、肝臓や胃、十二指腸や脾臓などで、欠損している穴の大きさによって脱出する臓器の量は異なります。
先天性と後天性があり、先天性は生まれつき横隔膜に穴が空いているタイプで、後天性は事故やけがなどが原因で横隔膜に穴が開くタイプです。
先天性横隔膜ヘルニアは、2,000〜5,000人の出生に対して1人の割合で発症し、年間を通して200〜300人が発症しています。
出典:公益財団法人 難病医学研究財団 難病情報センター「先天性横隔膜ヘルニア」
多くの場合、横隔膜の後外側を中心に発生するボホダレク孔が欠損孔であるため「ボホダレク孔ヘルニア」と呼ばれることもあります。
横隔膜ヘルニアの主な症状は呼吸困難や腹痛、嘔吐などです。
診断にはレントゲン検査やMRI検査、CT検査などの画像診断が主に用いられ、主に手術療法によって治療します。
横隔膜ヘルニアは適切な診断と治療を受けることで良好な予後が期待できるため、早期発見と適切な介入が鍵となります。
横隔膜ヘルニアの原因
横隔膜ヘルニアの原因は先天性と後天性の2つに大別されます。
先天性横隔膜ヘルニア
先天性横隔膜ヘルニアは、胎生8週頃の発育段階において横隔膜が正常に形成されないことで発生します。
病因遺伝子的な問題が関与していると示唆されていますが、現段階では明確な原因は解明されていません。
後天性横隔膜ヘルニア
交通事故やけがなどの強い衝撃により、横隔膜が障害を受けて穴が開くことが原因です。
他にも、術後の合併症により横隔膜が損傷されることで穴が開いたり、過度な体重増加による横隔膜への圧力によって穴が開くことが原因とされています。
横隔膜ヘルニアの前兆や初期症状について
横隔膜ヘルニアの症状は、欠損孔の大きさや脱出している臓器の程度などによって大きく異なりますが、以下のような症状を呈することが多いです。
- 呼吸困難
- 腹痛
- 嘔吐
腹部の臓器が胸部に入り込むことで肺や心臓、縦郭(心臓や気管、食道のある部分)が圧迫されます。それにより、肺が十分に膨らむことができなくなったり、反対の肺まで圧迫されたりすることで、呼吸困難の症状が出現します。呼吸困難が重症化すると、循環不全のような命に関わる状態となる危険もあります。
腹痛や嘔吐は、胃や腸などの消化器官の一部が胸部に入り込むことによる通過障害により出現します。胸やけや吐き気、食欲不振などの症状として現れることもあります。
なお、胎児期に横隔膜ヘルニアによって肺が圧迫を受け、肺の形成が未熟である場合、肺血管を血液が通るときの抵抗が上がり、出生後に新生児遷延性肺高血圧をきたすこともあります。
横隔膜ヘルニアの程度が軽症である場合、症状を感じないこともあります。
横隔膜ヘルニアの検査・診断
横隔膜ヘルニアの検査方法は以下のとおりです。
- 超音波検査
- 画像検査(X線検査、CT検査、MRI検査)
超音波検査は新生児や胎児に対する検査において有用で、心臓の位置に偏りがある所見や胃泡の位置に異常があるといった所見を頼りに発見されることが多いです。
近年では精度が高い超音波検査機器によって、脱出している臓器の判別も可能とされています。
出生後は、呼吸困難や胸郭の膨隆といった横隔膜ヘルニアを疑う所見を確認した場合、X線検査やCT検査などを実施します。
複数の検査結果から、横隔膜の位置や欠損している大きさ、腹部臓器の胸腔内へ脱出の程度などを総合的に判断し、横隔膜ヘルニアの診断につなげます。
診断後は、横隔膜ヘルニアの程度や患者の全身状態などから、適切な治療を選択します。
横隔膜ヘルニアの治療
横隔膜ヘルニアの主な治療方法は手術で、欠損孔を修復し、腹部から胸部へ脱出した臓器を戻すことを目的としています。
先天性横隔膜ヘルニアでは、肺の圧迫により、生後すぐに呼吸状態が悪くなることがあります。このような場合には、気管挿管などをおこない救命措置が最優先されますが、呼吸や全身状態が安定したのちに、必要な手術が検討されます。
手術方法は、開腹手術と内視鏡を用いた腹腔鏡手術の2つに分かれます。
開腹手術の場合、通常は腹部側を開いてから胸部へ移動している臓器を腹部へ戻したあと、横隔膜の欠損部を修復します。
穴の大きさが小さい場合、欠損している穴を直接縫合する場合もありますが、大きい場合は人工布を用いて穴を閉鎖します。
近年では横隔膜ヘルニアの程度が軽症である場合において、開腹せずに腹腔鏡下のもと手術をおこなうケースもあります。
開腹手術と比べて身体にかかる負担が少なく、術後の回復が早い点が特徴ですが、全ての横隔膜ヘルニアに対して腹腔鏡下手術が適応となるわけではありません。
横隔膜ヘルニアになりやすい人・予防の方法
横隔膜ヘルニアになりやすい人は、以下のような特徴が挙げられます。
- 外傷を負った人
- 先天性の横隔膜の脆弱性がある人
横隔膜が欠損するほどの事故やけがなどの外傷を負った人は、横隔膜ヘルニアになりやすいといえます。
他にも、生まれつき横隔膜の強度が低い人の場合においても、横隔膜ヘルニアを発症するリスクが高くなります。
横隔膜ヘルニアは、先天的な原因や偶発的に起こる事故やけがによって発症することが多いため、明確な予防法はありませんが、後遺症や合併症の悪化を防ぐためにも、治療後は継続的にフォローアップを受けることが重要です。
参考文献