監修医師:
大坂 貴史(医師)
感染性胃腸炎の概要
感染性胃腸炎は、ウイルスや細菌、寄生虫によって引き起こされる消化管の感染症です。主な症状には下痢、嘔吐、腹痛、発熱があり、ノロウイルスやカンピロバクターが原因となることが多いです。病原体に汚染された食べ物や飲み物、または感染者との接触によって感染が広がります。治療は主に対症療法で、水分補給が重要です (参考文献 1) 。
感染性胃腸炎の原因
感染性胃腸炎の原因は、主にウイルス、細菌、寄生虫の3つに分けられます。最も一般的な原因はウイルスであり、特にノロウイルスが多くの症例を引き起こします。ノロウイルスはカキなどの二枚貝を十分な加熱を行わずに食べることで発症します。感染している人が調理した食品が原因で起きる大規模な集団感染が増えています。
細菌による感染性胃腸炎には毒素型と感染型があります。毒素型は黄色ブドウ球菌やセレウス菌などが原因となります。黄色ブドウ球菌の産生するエンテロトキシンという毒素は耐熱性で、一度毒素が産生されると100℃30分で熱してもその毒素は失活しません。また、セレウス菌は調理したごはんや炒飯などの食品が長時間放置されると毒素を生じて食中毒の原因となります。
一方、感染型はカンピロバクターや大腸菌、ウェルシュ菌などが原因となります。カンピロバクターは鶏肉や鶏卵に付着した菌が原因となります。腸管出血性大腸菌は牛などの家畜の腸管に存在し、便で汚染された食材を食べることで発症します。感染者からの伝播による二次感染も多いと言われています。ウェルシュ菌は加熱しても死滅しないのが特徴で、食肉・魚介類などの加工食品や煮込み料理などに増殖して食中毒の原因となることがあります。
寄生虫による感染性胃腸炎は、ジアルジアやクリプトスポリジウムが代表的です。これらは発展途上国や衛生状態の悪い地域でよく見られ、汚染された水や食物を介して感染します。
いずれの原因においても、感染源は主に汚染された食品や水、または感染者との接触となっています。
感染性胃腸炎の前兆や初期症状について
感染性胃腸炎の主な症状は腹痛、下痢、吐き気、嘔吐、発熱です。細菌性腸炎は原因菌によって症状が異なり、それぞれ以下のような症状を呈します。
腸管出血性大腸菌 O157
激しい腹痛と水溶性下痢で発症し、その後に血便も呈します。約10% は発症 1週間後 に溶血性尿毒症症候群を続発して急性腎不全、血小板減少、溶血性貧血、脳症を生じることがあり、重篤な経過を辿ると死に至る場合もあります。
サルモネラ菌
典型的な感染性腸炎の症状と同じで、腹痛、下痢、吐き気、嘔吐、発熱を呈します。
カンピロバクター
水溶性下痢、発熱、腹痛が見られ、1週間 程度続きます。対症療法で症状が改善することが多いですが、菌血症や髄膜炎、腹膜炎を生じることもあります。
赤痢菌
発熱、腹痛、泥状〜水様の便、テネスムス (便意はあっても排便しようとすると出ない) が見られ、後に膿粘性の血便が見られます。
コレラ菌
「米のとぎ汁様」と言われるような水様性の下痢を生じます。発熱はなく、脱水が顕著に表れます。
チフス菌・パラチフス菌
高熱で発症します。脾腫や全身に 数mm の赤い斑点も見られることがあります。進行すると腸出血や腸穿孔を生じることもあります。
黄色ブドウ球菌
激しい吐き気や嘔吐、強い腹痛、下痢を生じます。まれに発熱やショック症状を伴うこともありますが、通常は 1日 か 2日間 で治ります。
ウイルス性胃腸炎も腹痛・水様性下痢・吐き気・嘔吐が主な症状となりますが、腹痛は細菌性腸炎に比べて軽度で、 2〜3日 で自然軽快することが多いです (参考文献 1) 。
感染性胃腸炎の検査・診断
ウイルス性胃腸炎では、ロタウイルスとノロウイルスの迅速抗原検査やRT-PCRが行われます。一方、細菌性下痢症が疑われる場合は、便培養検査が推奨されていて、毒素検査を行うこともあります。また、便の塗抹検査で白血球や菌を観察することも感染原因を特定するのに有用です。そして、抗生物質を最近使っているなど抗生剤関連下痢症が疑われるような場合は CDトキシンの迅速検査を行うこともあります (参考文献 1) 。
感染性胃腸炎の治療
感染性胃腸炎の治療は、主に対症療法と抗菌薬療法に分かれます。まず、対症療法では、脱水症状への対応が重要です。Na や K を含む経口補水液を飲み、脱水が深刻な場合は経静脈的に輸液が行われることもあります。また、乳酸菌製剤 (整腸薬) や制吐薬を併用することもありますが、腸運動抑制薬 (止痢薬) の使用は推奨されていません。これは、止痢薬が腸内に病原体や毒素を長く留まらせるかもしれないと考えられているためです (参考文献 1) 。
抗菌薬療法は、細菌性胃腸炎の場合に適用されますが、軽症であれば抗菌薬を使用しなくても自然に軽快することが多いです。重症例では、病原体に応じて適切な抗菌薬が処方されます。例えば、赤痢菌や腸管侵入性大腸菌 (EIEC) 、毒素原性大腸菌 (ETEC) 、コレラ菌などによる中等症~重症の腸炎には抗菌薬が推奨されています。また、カンピロバクター腸炎では重症例や症状が遷延する場合にマクロライド系薬が勧められます。
一方、サルモネラ感染症では、抗菌薬が保菌状態を助長する可能性があるため、乳児、高齢者、免疫不全者以外では使用しない方が良いとされています。また、腸管出血性大腸菌 (EHEC) 感染症に対する抗菌薬の使用については、志賀毒素の遊離を促す可能性があるため欧米では推奨されていません。しかし日本では下痢の発症初期にホスホマイシンが有効であるという報告があり、特に子どもに対して処方されることがあります。
感染性胃腸炎になりやすい人・予防の方法
感染性胃腸炎の予防には、衛生管理が重要です。とにかく調理従事者の手指衛生を徹底することが基本であり、家庭でも手洗いや食材の冷蔵管理、適切な加熱を心掛ける必要があります。たとえばノロウイルスを予防するには、カキを 85〜90℃ で 90秒 加熱する必要があります。また、発症者からの二次感染を防ぐためには、手指衛生と環境の清拭・消毒が重要です。ノロウイルス、ロタウイルスやクロストリジウム・ディフィシル (C. difficile) などの病原体はアルコール消毒が効果を発揮しにくいため、流水と石けんによる手洗いが推奨されます。また、次亜塩素酸ナトリウムを用いた環境消毒も有効です。
また、病原体によってはワクチンで予防できるものもあります。乳幼児期にロタウイルスワクチンを接種しておくことで重症な下痢を 90% 以上予防することができるという研究結果があり、ロタウイルスワクチンの接種が推奨されています。 (参考文献 2) 。
参考文献
- 1.矢崎義雄 et al.「内科學第11版」(朝倉書店、2017年) 228-232, 337-338, 953-957ページ、e付録6-2-4コラム1その他の消化管感染症
- 2.厚生労働省「ロタウイルス」 (最終閲覧日 2024年9月4日)