

監修医師:
田中 茉里子(医師)
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・弘前大学医学部卒業 ・現在は湘南鎌倉総合病院勤務 ・専門は肝胆膵外科、消化器外科、一般外科
目次 -INDEX-
痔瘻(肛門周囲膿瘍)の概要
痔瘻(じろう)とは、肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)が進行し、皮膚を突き破って膿が排出された状態を指します。肛門周囲膿瘍は、肛門の周囲が赤く腫れ、周りに膿がたまる病気で、これが破れて膿が排出されると痔瘻となります。痔瘻の有病率は、欧米で10万人あたり5.6〜20.8人とされており、男女比は2.2〜5.7:1と男性が多く、30〜40歳に好発します。痔瘻は自然治癒は難しく、基本的には外科的治療が必要となります。 肛門周囲膿瘍は、肛門の周りに膿がたまることで痛みを伴う腫脹と発赤、発熱などの症状を引き起こします。膿がたまる原因は、肛門の内側にある肛門腺に便が入り込み、細菌感染することが主な要因です。その結果、肛門周囲に膿が溜まり、腫れて痛みを感じるようになります。 痔瘻の診断に有用な検査として、視診や触診、肛門視診、肛門鏡検査、経肛門的超音波、CT、MRI検査、瘻孔造影、肛門内圧検査などが挙げられます。中でも肛門視診は痔瘻の診断に最も大切な検査であり、実施する側にも熟練の技術が必要です。 痔瘻の自然治癒はまれのため、手術が適応となることが多いです。手術は開放術式や肛門括約筋温存手術、seton(ヒモ)法などが代表的ですが、痔瘻には単純なものから複雑なものまで様々あり、肛門機能を可及的に温存しながら根治を目指す手術を行います。術後の再発や便失禁の有無は、術式によって治療成績が変わってくるため、医師と相談して術式を決めましょう。痔瘻(肛門周囲膿瘍)の原因
痔瘻(じろう)や肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)の原因は、主に肛門腺に便が入り込み、細菌感染を引き起こすことが主な要因です。下痢や軟便の際に便が肛門腺に入り込みやすく、感染のリスクが高まります。頻繁な下痢や軟便
痔瘻や肛門周囲膿瘍のリスク要因として、頻繁な下痢や軟便があります。通常時から、便は肛門腺に触れやすい状況にありますが、小児は免疫力がもともと高くなく、細菌に対する抵抗力が弱いため、感染が進行しやすくなります。さらに、肛門周囲の皮膚に傷がある場合も、細菌が侵入しやすいです。炎症性腸疾患(クローン病・潰瘍性大腸炎)
その他の原因としては、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患を患っているケースが当てはまります。これらの疾患は、腸の粘膜に炎症を引き起こし、肛門周囲膿瘍や痔瘻のリスクを高めます。併せて基礎疾患を患っている場合は免疫力が低下している場合が多く、より感染リスクが高まってしまうため注意しましょう。その他の合併症
その他の合併症として、免疫力を低下させる結核やヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染や、膿皮症(小さな隆起や水泡ができる病気)などが関与して、痔瘻や肛門周囲膿瘍のリスクが高まります。痔瘻(肛門周囲膿瘍)の前兆や初期症状について
痔瘻の前兆症状
痔瘻の前兆として見られるのが、肛門周囲のしこりや膿の排出です。膿がたまることで肛門周囲にしこりができ、触ると痛みを感じます。そのまま放置していると膿が皮膚の表面を突き破り、膿が排出されて一時的に痛みや腫れが軽減します。しかし痔瘻の管は残るため、再発することが多いです。また、膿の排出によって下着が汚れたり、かゆみが生じたりすることもあります。痔瘻の初期症状
肛門周囲膿瘍の初期症状では、肛門周囲の腫れや赤みが見られます。膿が深い場所に溜まっている場合、皮膚の表面からは見えず、触診や画像検査で確認する必要があります。また、細菌感染によって炎症反応が生じ、38度以上の高熱が出ることもあります。 痔瘻の初期症状は他の肛門疾患と似ているため、自己判断で放置せず専門医の診察を受けることが大切です。消化器外科や肛門科がある病院・クリニックにて、早期に適切な治療を受けることで症状の悪化を防ぎ、再発を防ぐことができます。痔瘻(肛門周囲膿瘍)の検査・診断
痔瘻や肛門周囲膿瘍の検査・診断は、専門医による詳細な診察と適切な検査が必要です。問診
問診では患者さんの症状や生活習慣、既往歴などを詳しく聞き取ります。特に、下痢や軟便の頻度、肛門周囲の痛みや腫れの程度、発熱の有無などが重要な情報となります。視診・触診
視診や触診、肛門視診は痔瘻や肛門周囲腫瘍を診断する上で有用な検査方法です。 視診では肛門周囲の皮膚の状態を確認し、赤みや腫れ、膿の排出があるかどうかをチェックします。併せて、肛門の内側にある一次口(原発口)と皮膚の表面にある二次口(排膿口)の確認も重要な検査項目です。二次口を外側に引っ張り上げると、皮膚の上から瘻管が触知でき、欠損の広がりや走行が確認できます。触診では、肛門周囲のしこりや痛みの部位を確認し、膿がたまっているかどうかも判断します。膿が深い場所にたまっている場合は、触診だけでは確認できないこともあり、超音波検査や画像検査での総合的な評価が必要です。肛門指診
肛門指診は、痔瘻だけでなく肛門疾患の診断において多用される検査で、肛門内に入れた人差し指と肛門外に触れた親指で高位筋間痔瘻の粘膜下を走行する瘻管を確認します。その他にも痔瘻の一次口や広がり、活動性の診断が可能です。肛門鏡検査
肛門鏡検査は、痔瘻の発生原因となる一次口の部位を確認するために行う検査です。しかし、痔瘻を再発している症例や複雑痔瘻の症例では肛門管が硬く、検査が困難な場合があります。その際は肛門鏡にゼリーを塗布し、挿入しやすいように調整します。経肛門的超音波検査
経肛門的超音波検査では、肛門から超音波用プローブ を挿入し、肛門周囲の膿瘍や痔瘻の場所、どの程度広がっているかを確認します。患者さんの負担は少なく、かつ精度高く即座に結果が出る点が特徴です。CT・MRI検査
CTでは、坐骨直腸窩膿瘍や骨盤直腸窩膿瘍の診断に有用です。MRI検査は、CTと比べて横断像や冠状断像、矢状断像で自由に撮影が可能なため、複雑な痔瘻の検査にも活用できます。瘻孔造影
瘻孔造影は、二次口からガストログラフィンという造影剤を注入し、瘻管(欠損部)の広がりや走行、一次口の部位を確認する検査です。臓器の間に生じる瘻孔に対して管を留置し、炎症や感染症を予防するために実施します。肛門内圧検査
肛門内圧検査は肛門括約筋群の内圧値を定量的に評価できます。痔瘻患者さんの肛門内圧は、術前では高い値を示しますが、開放手術で外肛門括約筋に損傷が生じると内圧値は低くなります。痔瘻(肛門周囲膿瘍)の治療
痔瘻や肛門周囲膿瘍の治療は、膿を排出し、感染を防ぐことが主な目的です。治療方法は、膿のたまり具合や症状の程度、患者さんの全身状態によって異なります。切開排膿術
膿がたまっている箇所を切開し、膿を排出する方法です。切開排膿術を外来で実施する場合は、局所麻酔下で行われるケースがあります。ただし、高位筋間膿瘍や坐骨直腸窩膿瘍、骨盤直腸窩膿瘍などの深い部位の農用に対しては、局所麻酔では麻酔効果が不十分な場合があります。そのため、痔瘻の種類や患者さんの身体状況に合わせ、麻酔の量や術式を選択していきます。瘻管切開開放術
瘻管切開開放術は、一次口から二次口までの全瘻管を開放する方法です。切開後の肛門部は徐々に肉芽が盛り上がり、じきに完治していきます。後方側にある痔瘻に対して実施されることが多い術式で、再発率も低い点が特徴です。seton法
seton法は、一次口と二次口の間にある瘻管に、seton(ヒモ)を通して少しずつ縛って瘻管を切り離す方法です。締める強さや瘻管の程度によって手術の期間は異なりますが、おおよそ2〜3ヶ月かけて切り離していきます。肛門括約筋を切断してしまいますが、損傷が少なく済むため癒合していくのが利点です。くり抜き法(括約筋温存術)
くり抜き法は、肛門括約筋を切開せずに痔瘻のみを切除する方法です。深部にある痔瘻や前または横に存在する痔瘻に対して行います。肛門括約筋を切開しないため、術後の便失禁発症率が低下し、患者さんのQOL(生活の質)を損なわない利点があります。痔瘻(肛門周囲膿瘍)になりやすい人・予防の方法
痔瘻や肛門周囲膿瘍になりやすい人には、いくつかの共通点があります。なりやすい人の特徴(下痢や軟便を繰り返す)
お腹を下し、下痢や軟便になることが多い方は、肛門腺に便が入り込みやすく、細菌感染のリスクが高まります。特に、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患を持つ人はよりリスクが高まるため注意しましょう。なりやすい人の特徴(免疫力の低下)
免疫力が低下している方も痔瘻や肛門周囲膿瘍になりやすいです。免疫力が低下すると、細菌に対する抵抗力が弱まり、感染が進行しやすくなります。結核やHIV感染、膿皮症などの基礎疾患を持つ人は免疫力が低下しやすくなっているため、痔瘻や肛門周囲膿瘍になりやすい状態にあります。なりやすい人の特徴(肛門周囲の外傷)
肛門周囲の皮膚に外傷がみられる方も、細菌が侵入しやすくなります。皮膚の乾燥や、下痢や軟便で肛門周囲の皮膚にびらん(ただれ)がみられる方も注意が必要です。予防方法(肛門周囲の清潔)
肛門周囲の清潔を保つことは、痔瘻や肛門周囲腫瘍の予防に効果的です。特に、肛門周囲の乾燥やびらんがみられる方は、低刺激の素材を使ったケアが推奨されます。排便後には肛門周囲を優しく洗い、強くこするようにペーパーを当てるのは避けた方がいいです。肛門周囲が汚れていたり、皮膚を傷ついていたりすると、細菌の感染が広がってしまうため、清潔を保つように心がけましょう。予防方法(バランスのよい食事)
痔瘻や肛門周囲膿瘍の予防には、バランスの取れた食事を心がけましょう。食物繊維を多く含む食品を摂取することで腸内環境が整えられ、下痢や軟便が予防できます。併せて適度な運動を行うと腸の蠕動運動が促進されるため、結果的に細菌感染の予防につながります。予防方法(規則正しい生活)
細菌への抵抗性を上げるために、規則正しい生活を送って免疫力を高める方法も効果的です。免疫力を高めるためには、6〜8時間の睡眠をとり、ストレスや過労で疲弊した身体を休めなければなりません。人それぞれ必要な睡眠時間は異なりますが、起床時間を一定にして、日中に眠気がこない程度は睡眠時間が確保できると、免疫力を高める可能性があります。関連する病気
- ノロウイルス感染症
- サルモネラ感染症
- カンピロバクター感染症
参考文献




