中路 幸之助

監修医師
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)

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1991年兵庫医科大学卒業。医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター所属。米国内科学会上席会員 日本内科学会総合内科専門医。日本消化器内視鏡学会学術評議員・指導医・専門医。日本消化器病学会本部評議員・指導医・専門医。

過敏性腸症候群の概要

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome, IBS)は、 腸の機能異常によって引き起こされる慢性的な消化器疾患であり、主に腹痛や不快感、排便習慣の変化を主な症状とします。
IBSは、腸の運動や感覚に異常が生じることで、腸内の内容物の移動が不規則になり、便秘や下痢、またはその両方が交互に起こることなどが特徴です。
この疾患は、特に女性に多く見られる傾向があります。

IBSの症状は、慢性的でありながら一時的に緩和することもあるため、診断や治療が難しいことがあります。

IBSの重要な特徴は、腸自体には目に見える異常が見られない点です。これは、IBSが「機能性消化器疾患」として分類される理由でもあります。
機能性消化器疾患とは、症状はあるものの、腸やほかの消化器官に構造的な異常や明らかな炎症が見られない疾患を指します。
このため、IBSの診断は主に患者さんの症状の詳細な評価に基づいて行われます。

IBSの発症メカニズムについては完全には解明されていませんが、いくつかの要因が関連していると考えられています。
これには、腸の運動機能異常、腸内細菌叢のバランスの乱れ、腸の感覚過敏、免疫系の異常、心理的ストレス、食生活の影響などが挙げられます。
患者さんのこの疾患による生活の質への影響は大きいことが多く、仕事や社会生活に支障をきたすことがあります。
しかし、IBSそのものは生命を脅かす疾患ではなく、適切な治療と管理により多くの患者さんが症状をコントロールすることができます。
治療は主に症状の緩和を目指し、生活習慣の改善、食事療法、薬物療法、ストレス管理など多角的なアプローチが取られます。

過敏性腸症候群の原因

IBSの原因は完全には解明されていませんが、複数の要因が関与していると考えられています。
腸の運動異常や感覚異常、腸内細菌叢の変化、食事やストレスなどの心理社会的要因が関与する可能性があります。
また、遺伝的要因もIBSの発症に寄与することが示唆されています。

過敏性腸症候群の前兆や初期症状について

IBSの典型的な症状については、腹部の痛みや不快感、腹部膨満感、便秘または下痢、残便感といったものがあります。
これらの症状は一般に慢性的に起こり、一定期間続くことがあります。
また、症状の程度や頻度は個人によって異なります。

症状により便秘型・下痢型・混合型・分類不能型(便秘と下痢)に分けられ、治療に使用される薬剤も少し異なります。
過敏性腸症候群の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、消化器内科です。過敏性腸症候群は腸の機能障害による症状であり、消化器内科で診断と治療が行われています。

過敏性腸症候群の検査・診断

IBSの診断は、一般的に症状の詳細な評価とほかの疾患の排除に基づいて行われます。
診断については後述するRomaⅣ基準が用いられますが、ほかの疾患の除外として各種検査が行われることがあります。
RomaⅣ基準では、IBSの診断のために次のような症状が必要です。
少なくとも過去3ヶ月間に、少なくとも1週間に1回以上の頻度で腹痛があり、その痛みが以下の3つの条件のうち少なくとも2つを満たすこと。

  • 排便に関連する(排便により痛みが改善または悪化する)。
  • 便の頻度の変化に関連する。
  • 便の形状(外観)の変化に関連する。

また、ほかの誘因での下痢・便秘の可能性を除外するために、必要に応じて血液検査(炎症マーカーの評価やほかの疾患の排除)、大腸内視鏡検査(腸の器質的異常の有無の確認)、大腸X線造影検査やCT(腸の粗大病変の評価)が行われることがあります。

過敏性腸症候群の治療

IBSの治療は、症状の重症度やタイプに応じて異なる部分があります。

食事療法

食事療法もIBSの管理において有用とされています。発酵性オリゴ糖、二糖類、単糖類、およびポリオール(FODMAP)の摂取を制限することで症状を緩和する食事法(低FODMAP食)が勧められます。
これには、小麦、玉ねぎ、ニンニク、豆類、リンゴ、牛乳などが含まれます。
また、便秘型IBSの患者さんには食物繊維を増やすことも有益です。

薬物療法

薬物療法は、症状のタイプや重症度に応じて使用されます。
ただし症状のタイプは時間経過と共に変化することがよくあります。
こうした事情から、以下の記載で「○○型に使用する」などとあるのは、いずれも「どちらかといえば」くらいの意味合いになります。

下痢型・便秘型・混合型に使われるもの

ポリカルボフィルカルシウム

この薬は、体内に吸収されず、消化管の中を通過し、そのまま排泄されます。
本体は、水を吸うことで膨張しゲルのような形になる樹脂です。
下痢型IBSの場合、便の水分量が多くなりすぎるため、このゲルに過剰な水分を吸わせることで、便通の状態が改善されます。一方、便秘型IBSにおいては腸の内容物の量を増やすことで排便を促し、便秘を改善します。
このため、IBSの分類にあまり関係なく使用できます。

プロバイオティクス製剤

プロバイオティクスとは、腸内細菌のバランスを整えることで人の健康によい影響をもたらす微生物やそれを含んだ薬・食品のことです。
腸には大腸菌をはじめとした多くの細菌が住み着いていて、宿主と共存関係にあります。
これが、腸内細菌です。腸内細菌は、ほかの微生物から宿主を守ってくれるほか、栄養素の吸収など生体機能に重要なはたらきをしています。
プロバイオティクス製剤とは、この腸内細菌の仲間を飲む・食べることでおなかの調子を整えるものです。
腸内細菌叢もIBSの症状に関連するとされており、下痢型・便秘型かかわらず処方されることの多い薬剤です。

抗コリン薬

腹痛を和らげるために使用されます。

身体の中にはアセチルコリンという物質があり、これが腸に作用することで腸の運動が起こります。
ところが程度が過ぎると過剰な動きを疼痛として捉えてしまいます。
抗コリン薬は、アセチルコリンのはたらきをブロックすることで行き過ぎた腸の運動を抑えます。

抗うつ薬

IBSにはストレスも関与します。従って抗うつ薬も治療として用いられることがあります。
抗うつ薬にはいろいろな種類があるのですが、その中でIBSに特に有効と考えられているのは、「選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI)」と「三環系抗うつ薬」という2グループになります。

下痢型に使われるもの

セロトニン3受容体拮抗薬

脳-腸間の情報伝達に重要な物質にセロトニンがあります。
セロトニンは脳内での情報伝達にもかかわる物質ですが、体内貯蔵量のほとんどは腸にあります。
これが腸に作用すると、水分吸収が悪くなり、下痢を生じます。こうしたセロトニンの作用に拮抗することで下痢症状を改善する薬です。

抗下痢薬

腸が便を直腸側に押し出す動きを抑制することで下痢を抑えます。
下痢型や下痢症状優位の混合型に使用されることがあります。

便秘型に使われるもの

粘膜上皮機能変容薬

腸の粘膜からの水分分泌量を増やすことで、便秘症状を改善します。
主に便秘型IBSに使用されますが、IBSに限らず便秘症の薬として処方されています。

酸化マグネシウム

古くから使用されている、便秘の薬です。便の水分量を増やすはたらきがあります。

大腸刺激性下剤

腸刺激性下剤は腸を動かすことにより排便を促す薬です。
便秘型IBSにおいても有効ですが、長期の使用には向きません。
過度な長期の使用により腸の動きがかえって悪くなり、動きが悪くなってしまうことがあります。
使うならば必要最小限の量と期間とすることが推奨されています。

生活習慣の改善

生活習慣の改善もIBSの管理において重要です。
規則正しい食事を摂り、過食を避けることが推奨されます。
また、定期的な運動は消化器官の動きを促進し、ストレスを軽減する効果があります。
さらに、良質な睡眠を確保することで、身体全体の健康を維持し、IBSの症状を管理しやすくなります。

ストレス管理

ストレスはIBSの症状を悪化させる要因の一つであり、認知行動療法(CBT)はIBS患者さんのストレスや不安を軽減し、症状管理を改善するのに有効です。
リラクゼーション技法としては、深呼吸、瞑想、ヨガ、プログレッシブ筋弛緩法などが挙げられます。

過敏性腸症候群になりやすい人・予防の方法

なりやすい人の特徴

IBSは誰にでも発症する可能性がありますが、以下のようなリスク要因が関連しています。

  • ストレスが多い人や不安が強い人
  • 特定の食品や飲み物に対して過敏な人

などが挙げられます。

予防法

予防法としては、

  • バランスの取れた食事を心がけること
  • ストレスを管理すること
  • 適度な運動を行うこと
  • 規則正しい生活習慣を確立すること

が推奨されます。


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