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乳汁分泌症候群
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

乳汁分泌症候群の概要

乳汁分泌症候群(galactorrhea)とは、妊娠や授乳とは無関係に乳汁が乳頭から分泌される状態を指します。この症候群は女性に多くみられますが、まれに男性にも発症することがあります。生理的な授乳とは異なり、乳汁分泌が長期間にわたり持続する場合には、内分泌異常の存在が疑われます。特に高プロラクチン血症(hyperprolactinemia)はその主要な原因であり、下垂体腫瘍であるプロラクチノーマ(prolactinoma)がしばしば関与します。プロラクチンは下垂体前葉から分泌されるホルモンで、乳腺の発達と乳汁の産生を促進する働きを持っています。過剰なプロラクチンは視床下部-下垂体-性腺軸を抑制し、月経異常や不妊、性欲の低下といった多彩な症状を引き起こします。

乳汁分泌症候群の原因

乳汁分泌症候群の原因は多岐にわたりますが、大きく分けて内分泌性、薬剤性、全身疾患性、その他の要因に分類されます。内分泌性の原因として最も頻度が高いのはプロラクチノーマであり、これは下垂体前葉に発生する良性腫瘍で、プロラクチンを過剰に分泌します。また、視床下部や下垂体茎の圧迫病変(例:頭蓋咽頭腫や肉芽腫性疾患など)によってドパミンの下垂体への伝達が阻害される場合にも、プロラクチン分泌が亢進します。

薬剤性の原因としては、ドパミン拮抗作用を持つ抗精神病薬(例:リスペリドン、ハロペリドール)、抗うつ薬(例:三環系抗うつ薬)、降圧薬(例:メチルドパ)、消化管運動改善薬(例:メトクロプラミド、ドンペリドン)などが知られています。これらはドパミンによるプロラクチン抑制作用を遮断し、プロラクチン値の上昇を引き起こします。

また、原発性甲状腺機能低下症ではTRHの分泌が亢進し、それに伴いプロラクチン分泌も増加します。さらに、慢性腎不全や肝硬変などの全身疾患でもプロラクチンのクリアランス低下や代謝障害により高プロラクチン血症をきたすことがあります。ストレスや乳頭の慢性的な刺激も一過性のプロラクチン分泌亢進を誘発します。

乳汁分泌症候群の前兆や初期症状について

乳汁分泌症候群の主症状は、非授乳期に乳頭から乳白色または透明な分泌液が持続的に排出されることです。分泌は片側または両側性で、軽度の刺激で誘発されることもあります。分泌量はわずかなにじみから、搾乳しなくても自発的に漏れる重度のものまでさまざまです。

乳汁分泌に加えて、無月経、月経不順、不妊、性欲低下などの性腺機能低下症状が同時に認められる場合は、下垂体-性腺軸の機能抑制が疑われます。特にプロラクチノーマが原因である場合は、腫瘍の大きさに応じて頭痛や視野狭窄などの圧迫症状が現れることもあります。症状は緩徐に進行することが多く、長期間放置されることも少なくありません。

乳汁分泌症候群の検査・診断

診断の基本は血中プロラクチン濃度の測定です。基準値は一般に25ng/mL以下とされ、それを超える場合は高プロラクチン血症と診断されます。ただし、採血時のストレスや乳頭刺激、食後などにより一過性にプロラクチンが上昇することもあるため、異常値が出た場合には時間を空けて再検査を行うことが推奨されます。

血中プロラクチンが200ng/mLを超えるような高値を示す場合には、プロラクチノーマの可能性が高くなります。画像診断としては頭部MRIが第一選択であり、下垂体腺腫の有無や大きさを確認します。マイクロアデノーマ(直径1cm未満)とマクロアデノーマ(1cm以上)で治療方針が異なるため、正確な診断が重要です。

加えて、甲状腺機能(TSHおよびFT4)の評価、腎機能(BUN、クレアチニン)や肝機能(AST、ALT、アルブミン)の測定も行い、他の全身性疾患の関与を除外します。服薬歴の確認も極めて重要であり、原因薬剤が疑われる場合には可能であれば1〜2週間の休薬後にプロラクチンを再測定します。

乳汁分泌症候群の治療

治療方針は原因に応じて決定されます。まず薬剤性の場合は、可能であれば原因薬の中止または変更を行います。内分泌異常が原因であれば、プロラクチンの過剰分泌を抑制するためにドパミン作動薬が用いられます。日本ではブロモクリプチン(bromocriptine)が広く使用されており、漸増法で1日7.5mg程度まで増量します。副作用としては悪心、嘔吐、起立性低血圧などが報告されていますが、少量から開始し食後に服用することで軽減可能です。

より副作用の少ない薬剤としてカベルゴリン(cabergoline)も使用されており、週1〜2回の投与で効果が得られるため、患者のアドヒアランスの面でも有利です。プロラクチン値の正常化とともに月経が再開し、妊娠も可能になることがあります。

マクロアデノーマなどの視神経圧迫による症状がある場合や、薬剤不耐・無効例では、経蝶形骨的手術による腫瘍摘出が検討されます。ただし、外科治療の成功率は術者の経験や腫瘍の大きさに依存するため、慎重な判断が求められます。

甲状腺機能低下症に対してはレボチロキシンによるホルモン補充療法を行い、他の原因疾患に対してもそれぞれの標準的治療が必要です。

乳汁分泌症候群になりやすい人・予防の方法

乳汁分泌症候群は、ドパミン作動系に影響する薬剤を長期使用している人、慢性腎疾患や甲状腺機能低下症を有する人、長期間ストレスにさらされている人に多くみられます。特に若年女性で無月経や月経不順がある場合には、本症候群が潜んでいる可能性があります。

予防のためには、ホルモン異常を早期に発見することが重要です。月経異常や不妊症、乳汁分泌が見られた場合には、婦人科や内分泌内科を早期に受診することが推奨されます。また、薬剤使用中であれば、定期的にホルモン値のモニタリングを行い、必要に応じて薬剤の見直しを検討します。ストレス管理や乳房への過度な刺激を避けることも、発症リスクの低減に役立ちます。

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