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乳房脂肪壊死
高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

乳房脂肪壊死の概要

乳房脂肪壊死とは、乳房内部の脂肪組織が何らかの原因で血流を絶たれ、組織が死んでしまう状態を指します。 良性の変化であり、乳がんのように周囲へ広がったり転移したりする性質はありません。しかし、壊死の過程でしこりが形成されたり皮膚に変化が生じたりすることがあり、自己判断では乳がんとの区別が難しいケースがあります。乳房脂肪壊死は、乳腺外科においてよく知られている病変ですが、患者さん自身が初めてしこりに気付くと不安を感じやすい点も特徴の一つです。

乳房脂肪壊死は、触ってわかるしこり(腫瘤)や皮膚のくぼみ(陥凹)など、見た目・触り心地の変化をもたらすことがあります。特にしこりが不規則な形状を示す場合や皮膚が硬くなった場合には、がんを疑う可能性が高くなるため、より専門的な検査が必要となります。 一方で、乳房脂肪壊死が確認されても経過観察で十分な例も多く、時間経過とともにしこりが縮小・吸収されるケースがしばしば見られます。

また、乳房脂肪壊死は特定の年齢層や性別に限らず起こりうるものの、一般的には中高年の女性にやや多い傾向があると報告されています。乳房のボリュームが大きい場合や、過去に胸部に外傷・手術を受けた経験がある場合などは、リスクが高まる可能性があります。

乳房脂肪壊死の原因

乳房脂肪壊死が起こる直接的な原因は、乳房に存在する脂肪細胞の血流が絶たれてしまうことです。最も多いのが、外傷(ぶつけたり圧迫したり)や手術(乳がん手術や美容外科的手術、検査のための生検など)がきっかけとなるケースです。交通事故でシートベルトが強く当たる、スポーツ中に胸を強打するなどの衝撃は、乳房内部の血管を傷つけ、脂肪壊死を引き起こす可能性があります。

また、乳房の放射線治療後に血流障害が生じ、脂肪細胞が十分な酸素や栄養を得られずに壊死することもあります。術後の瘢痕(はんこん)形成によって血管が狭窄し、組織への血液供給が低下することが原因と考えられています。

さらに、乳房脂肪壊死が発生する背景としては「脂肪組織が豊富な方ほど、壊死を起こすリスクが高い可能性がある」との指摘があります。これは、乳房が大きい方ほど外部からの物理的影響を受けやすく、また加齢による組織修復力の低下が重なると、小さなダメージでも壊死が起こりやすくなるためです。

ほかに、術後や外傷の既往がないにも関わらず乳房脂肪壊死が見つかる症例もあります。血行障害がゆるやかに進むと、自覚症状がほとんどなく、偶然の健診や画像検査で指摘されて初めて気付くことがあります。脂肪組織は酸素や栄養を多く必要とする細胞でもあるため、何らかの局所的な要因(圧迫による循環不全、動脈硬化や血栓など)があれば壊死の引き金となることがあります。

また、若年層でも強い衝撃を受けたり、胸に当たるような激しいスポーツを日常的に行っていたりする場合には、脂肪壊死が生じるリスクを否定できません。特にバスケットボール、ラグビー、サッカーなど、身体接触が多いスポーツを行う際には胸部保護具の使用などで予防に努めるとよいでしょう。

いずれにせよ、乳房に何らかのダメージが加わると、その後、軽い痛みやしこりを自覚したり、偶然に検査で指摘されたりして初めて原因が外傷だったとわかる場合もあります。

乳房脂肪壊死の前兆や初期症状について

乳房脂肪壊死の代表的な症状として、乳房内に触れるしこりや、その部分の軽い痛み・違和感があげられます。しこりは直径数cm程度の固い塊として感じられることが多く、初期には皮膚が赤や紫に変色したり、熱感が出たりする場合もあります。しかし、痛みがまったく生じないケースもあり、患者さん自身が気付かないまま経過することもあります。

また、脂肪が壊死した部分で炎症が強まると、皮膚の表面がくぼんだり、へこんだ形になることがあります。これは壊死によって組織が失われ、皮膚や乳腺の支えが不足するためです。さらに、しこりや皮膚変化が周囲組織を引っ張るように進行すると、乳頭(乳首)に陥没が見られることもあります。これらの症状はいずれも乳がんを疑わせる初見と共通しているため、自分だけで良性か悪性かを判断することは難しいです。

前兆と呼べるような特有のサインはありませんが、「以前に胸をぶつけた覚えがある」「検査や手術後にいつの間にかしこりができた」といった背景があれば、乳房脂肪壊死を疑う一つの手がかりになります。

乳房に何らかの変化を感じたら、できるだけ早めに医療機関を受診して必要な検査を受けましょう。乳房の診察を行っている診療科は、主に乳腺外科ですが、施設によっては婦人科や一般外科でも対応していることがあります。

乳房脂肪壊死の検査・診断

しこりや乳房の皮膚変化がある場合、まず行われるのは視触診とマンモグラフィー、乳房超音波検査(エコー)などの画像検査です。 視触診では、専門医が乳房全体を観察・触診し、皮膚の状態、しこりの有無や大きさ、硬さなどを調べます。マンモグラフィーでは乳房を圧迫しながらX線撮影を行い、石灰化の有無やしこりの形状、密度の異常を確認します。乳房脂肪壊死の場合、しこりの中心部付近に脂肪成分やカルシウム沈着が見られ、油胞(oil cyst)と呼ばれる囊胞状の構造が映し出されることがあります。

一方、乳がんを疑う所見としては、微細な石灰化が集まっている、あるいは境界が不整形のしこりがあるなどがあげられます。しかし、乳房脂肪壊死でも似たような画像所見を示すことがあり、マンモグラフィーのみで両者を明確に区別できないケースがあるため、補足的に超音波検査やMRI検査が行われることもあります。超音波検査では、しこりの内部構造や血流の状態を確認し、のう胞性変化や血流の乏しさを判断材料とします。

それでも良性・悪性の確定が難しい場合は、細胞診や針生検による組織検査が必要です。細胞診では細い針をしこりに刺して細胞を吸い取り、顕微鏡で観察しますが、得られる情報が限られる場合があります。より確実な診断を行うためには、針生検(コアニードルバイオプシー)でしこりの組織を一部採取し、専門の病理医が詳細に評価する方法が選択されます。ここで乳がん特有の悪性細胞が見られなければ、乳房脂肪壊死と診断されることになります。

乳房脂肪壊死の治療

乳房脂肪壊死は基本的に良性の病変であり、多くの症例では特別な治療を行わずに経過観察で問題ありません。壊死した脂肪組織は時間とともに吸収されていく場合が多く、しこりも徐々に小さくなるか、消えていくケースがあります。 痛みが軽度の場合は、鎮痛剤湿布・温罨法(おんあんぽう)などで対応が可能です。むしろ治療の中心は「乳がんなど悪性疾患ではない」ことを確認したうえでの心理的な安心と、必要に応じた経過観察が重要とされています。

ただし、脂肪壊死によって大きなしこりが形成され、外見上の変形が強い場合や、しこりが長期間にわたって縮小せずに残り続ける場合は、外科的治療を検討します。具体的には、局所麻酔または全身麻酔下で壊死した組織を切除し、周囲の正常組織との境界をきれいにする腫瘤摘出術などが行われることがあります。また、感染を伴って膿がたまっている場合には、膿を排出するとともに抗生物質を投与して炎症を抑える措置が必要になります。

油胞(oil cyst)と呼ばれる液体のたまった嚢胞が大きく、痛みや違和感の原因となっている場合には、細い針で吸引するだけで症状が改善することがあります。吸引した液体を病理検査に回して、悪性の所見がないことを確認することも可能です。吸引後、また液体が再びたまることもありますが、そのまま自然に吸収されてサイズが小さくなる場合も少なくありません。

乳房脂肪壊死になりやすい人・予防の方法

乳房脂肪壊死は、乳房に外傷や手術の経験がある場合にリスクが高まります。特に乳房が大きい方や加齢により組織がもろくなっている方は、日常生活の些細な打撲でも脂肪壊死につながることがあります。 スポーツ特に胸部への衝撃を繰り返す競技(ラグビー、バスケットボール、格闘技など)を行う方も同様にリスクが高まります。また、乳がんや良性疾患の治療を目的とした放射線照射によって血管がダメージを受け、慢性的な循環不全が生じることがきっかけになることもあります。

予防のためには、まず胸部への強い衝撃を避ける工夫が大切です。スポーツ時は保護パッドつきのウェアやフィット感のあるスポーツブラを着用し、事故でシートベルトが強く当たらないよう着用位置を調整するなど、日々の生活のなかで乳房を守る配慮が求められます。特に乳房が大きい方は、普段からフィットする下着を使い、過度な揺れや圧迫を防ぎましょう。 また、術後ケアの徹底も重要で、乳房手術を受けた場合は医師の指示にしたがって傷口を圧迫しすぎないよう注意するほか、感染予防のための衛生管理を行い、必要に応じて定期検診で状態を確認します。

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