

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
産褥感染症の概要
産褥感染症とは、分娩後に発症する細菌感染症の総称であり、特に分娩後10日以内に発熱を伴う感染症を指します。最も一般的なものとして、子宮内膜炎、尿路感染症、血栓性静脈炎、乳腺炎などがあります。これらの感染症は、分娩時の処置や帝王切開、長時間の破水、胎盤の遺残などが原因となることが多いため、適切な管理が重要です。特に、帝王切開を受けた女性では、経腟分娩に比べて感染リスクが高まることが報告されています。
産褥感染症の原因
産褥感染症の原因は、主に細菌感染によるものです。分娩時や産褥期に細菌が子宮内膜や尿路、乳腺などに侵入することで感染が発生します。起炎菌としては、大腸菌、連鎖球菌、黄色ブドウ球菌、嫌気性菌などが挙げられます。特に、帝王切開後の感染ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの耐性菌が関与することもあります。
感染の主な経路として、腟からの上行性感染が一般的ですが、分娩時の器具使用や手技による子宮内感染、分娩後の免疫低下も発症リスクを高める要因となります。また、母乳哺育中の乳腺炎では、乳頭亀裂を介して細菌が乳管に侵入し、感染を引き起こすことが知られています。
産褥感染症の前兆や初期症状について
産褥感染症の初期症状は、感染部位によって異なりますが、一般的には発熱(38℃以上)、悪寒、倦怠感がみられます。子宮内膜炎では、下腹部痛、異常な悪露(悪臭を伴うこともあります)、子宮の圧痛が特徴的です。尿路感染症では、頻尿や排尿時の痛み、腰背部痛がみられることがあります。
血栓性静脈炎の場合、下肢の腫れや熱感、圧痛を伴うことがあり、肺塞栓症のリスクもあるため注意が必要です。乳腺炎では、乳房の赤みや腫れ、痛み、発熱が主な症状となります。感染が進行すると、膿瘍を形成することがあり、切開して排膿が必要になる場合もあります。
産褥感染症の検査・診断
診断には、症状の評価とともに、血液検査で白血球増加やC反応性タンパク(CRP)の上昇を確認することが有効です。細菌培養検査では、子宮内膜炎の場合は子宮頸管分泌物、尿路感染症の場合は尿、乳腺炎の場合は乳汁を採取して病原菌を特定します。超音波検査は、子宮内膜炎の診断において子宮内の遺残物や膿瘍の有無を確認する目的で使用されます。また、血栓性静脈炎が疑われる場合には、下肢静脈エコーやCT、MRIを用いた血栓の評価が行われます。
産褥感染症の治療
産褥感染症の治療では、感染部位や病原菌に応じて適切な抗生物質の投与が基本となります。子宮内膜炎では、広域抗生物質としてセファロスポリン系、クリンダマイシン、メトロニダゾールが使用されます。尿路感染症では、ペニシリン系やセフェム系抗生物質が用いられ、必要に応じて抗菌薬の投与が継続されます。血栓性静脈炎の場合には、抗生物質に加えて抗凝固療法としてヘパリンやワルファリンが使用されます。乳腺炎の場合は、セファロスポリン系やマクロライド系の抗生物質が使用され、膿瘍が形成された場合には切開排膿が必要となります。治療期間は感染の重症度によって異なりますが、軽症例では経口抗生物質を数日間投与し、重症例では入院のうえ静脈内投与が必要になることもあります。適切な治療が行われれば、多くの場合、症状は改善します。
産褥感染症になりやすい人・予防の方法
産褥感染症になりやすい人の特徴として、帝王切開や長時間の破水、頻回の内診を受けた人、産褥期における免疫低下、糖尿病や貧血を有する人などが挙げられます。また、妊娠高血圧症候群や肥満もリスク因子となります。予防のためには、妊娠中から適切な衛生管理を行い、分娩時の無菌操作を徹底することが重要です。帝王切開を受ける場合は、手術部位の消毒や術後の抗生物質投与が感染予防に役立ちます。産後は、適切な栄養摂取と十分な休養をとることが、免疫力の維持につながります。また、母乳哺育中の乳腺炎を防ぐためには、乳頭ケアを徹底し、授乳時の姿勢を工夫することが推奨されます。乳房に異常を感じた場合は、早めに医療機関を受診し、適切な治療を受けることが大切です。
参考文献
- American Academy of Pediatrics. "The Transfer of Drugs and Chemicals into Human Milk." Pediatrics, 1994.
- Cunningham, F.G., Leveno, K.J., Bloom, S.L., et al. "Williams Obstetrics." 25th ed. McGraw-Hill, 2018.
- Caughey, A.B., Cahill, A.G., Guise, J.M., Rouse, D.J. "Safe Prevention of the Primary Cesarean Delivery." American Journal of Obstetrics and Gynecology, 2014.
- Betrán, A.P., Torloni, M.R., Zhang, J.J., Gülmezoglu, A.M. "WHO Statement on Cesarean Section Rates." The Lancet, 2016。




