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腟痙
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

腟痙の概要

腟痙(ヴァギニスムス)は、腟の入り口を囲む骨盤底筋群が不随意に収縮することにより、性交時や内診時の腟の挿入が困難または不可能になる状態を指します。これは女性の性機能障害の一つであり、精神的な要因と身体的な要因が複雑に関与しています。国際的には「性器-骨盤痛障害および挿入障害(Genito-Pelvic Pain/Penetration Disorder, GPPPD)」として分類されることがあり、性交困難のみならず、タンポンの挿入や婦人科検診の際の困難も伴うことがあります。

腟痙の原因

腟痙の原因は多岐にわたり、心理的要因身体的要因の両方が関与すると考えられています。心理的要因としては、過去の性暴力や痛みの経験、強い不安や恐怖、性教育の不足、宗教的・文化的背景による性的タブーなどが挙げられます。これらの要因が組み合わさることで、性交時に骨盤底筋が過度に緊張し、腟の開口部を閉じてしまうのです。 一方、身体的要因としては、先天的な腟の異常、膣炎や尿路感染症などの炎症、萎縮性腟炎(閉経後の女性に多い)、外陰部の神経過敏などが関与することがあります。また、性行為に関連する痛み(性交痛)が継続することで恐怖が増幅され、腟痙を引き起こすケースもあります。

腟痙の前兆や初期症状について

腟痙の症状は、性交時の強い痛みや腟の挿入困難が代表的です。軽度の場合は、ある程度の挿入は可能ですが、強い不快感を伴います。重症化すると、性交は完全に不可能となり、タンポンや婦人科診察の器具すら挿入できなくなることがあります。骨盤底筋の異常な収縮が持続するため、婦人科診察の際に診断の遅れが生じることも少なくありません。 腟の収縮に伴い、不安感や恐怖が増大し、性交に対する回避行動がみられることもあります。また、重症例では、性交を試みるだけで動悸、過呼吸、発汗、震えなどのパニック症状が現れることもあります。

腟痙の検査・診断

腟痙の診断は、詳細な問診と婦人科診察に基づいて行われます。問診では、性交時の痛みの有無、性交に対する恐怖感、過去の性体験やトラウマの有無、日常生活における腟の挿入困難(タンポンの使用や婦人科検診の経験)について詳しく聞き取ります。 婦人科診察では、腟の構造的異常がないかを確認し、筋肉の収縮状態を評価します。特に、腟の入口周囲の筋肉の過緊張がみられる場合には、腟痙が疑われます。また、膣鏡を用いた内診が困難な場合には、超音波検査で子宮や卵巣の状態を確認することもあります。 精神的要因が強く疑われる場合には、精神科や心理カウンセリングの専門家と連携して診断を進めることもあります。

腟痙の治療

腟痙の治療は、心理的要因と身体的要因の両方に対応することが重要です。第一の治療法として、認知行動療法心理療法が用いられます。これには、性に関する正しい知識の提供、不安を軽減するためのリラクゼーション技法の習得、骨盤底筋のコントロールトレーニングなどが含まれます。 骨盤底筋の過緊張を和らげるために、ケーゲル体操 や 呼吸法 を指導し、リラックスできる状態で腟の緊張をほぐすことが推奨されます。また、段階的な腟の拡張療法(ダイレーター治療) を行い、小さいサイズのダイレーターから徐々に腟の開口部を広げていく方法も有効とされています。 薬物療法としては、抗不安薬や筋弛緩薬が一時的に使用されることがありますが、根本的な治療にはなりにくいため、補助的な役割にとどまります。また、ボツリヌス毒素(ボトックス)注射が筋肉の過緊張を抑えるために試みられることもありますが、効果の持続性については十分なエビデンスが確立されていません。 カップルセラピーも有効であり、パートナーとともに治療を進めることで、心理的な負担を軽減し、性交への恐怖を克服しやすくなります。

腟痙になりやすい人・予防の方法

腟痙は、心理的要因と深く関係しているため、幼少期からの性教育や性に対する正しい理解が予防に重要な役割を果たします。性に関する誤った情報やタブー意識が強い環境では、性交に対する恐怖が形成されやすく、結果的に腟痙のリスクが高まることがあります。 また、性行為に対する不安が強い場合には、無理に性交を試みるのではなく、専門家の指導のもとで適切なリラックス法やトレーニングを取り入れることが大切です。ストレス管理やリラクゼーション法を日常的に実践することで、骨盤底筋の過緊張を予防することが可能です。 パートナーとの良好なコミュニケーションも重要であり、性に関する不安を共有しながら、焦らず段階的に対応することが推奨されます。腟痙は適切な治療を受けることで改善可能な疾患であり、専門医の診察を早めに受けることが重要です。

関連する病気

  • 膣炎
  • 骨盤筋群過緊張
  • 心因性障害
  • 外陰部疼痛症候群

参考文献

  • Kiremitli S, Kiremitli T. Examination of Treatment Duration, Treatment Success and Obstetric Results According to the Vaginismus Grades. Sex Med. 2021;9:100407.
  • American Psychiatric Association. DSM-5: Diagnostic and Statistical Manual for Mental Disorders. 5th ed. USA: American Psychiatric Press; 2013.
  • Pacik PT. Understanding and treating vaginismus: A multimodal approach. Int Urogynecol J. 2014;25:1613–1620.
  • Melnik T, Hawton K, McGuire H. Interventions for vaginismus. Cochrane Database Syst Rev. 2012;12:CD001760.

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