

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
胎盤遺残の概要
胎盤遺残とは、出産や流産の後に胎盤の一部または大部分が子宮の中に残ってしまう状態を指します。胎盤は妊娠中、赤ちゃんに酸素や栄養を送り、不要なものを排出する大切な役割を果たす臓器です。通常は赤ちゃんが生まれてから30分程度で自然に子宮から出てきます(これを胎盤娩出といいます)。しかし、時にその一部が子宮の中に残ることがあり、これを胎盤遺残と呼びます。出産後では100人に1人程度、流産後では100人に1.5-29人程度で起こるとされています。特に、不妊治療による妊娠では起こりやすい傾向があり、最近の研究では不妊治療による妊娠では胎盤遺残の43%を占めることが分かっています。
胎盤遺残の原因
胎盤遺残が起こる原因は、出産後と流産後で異なります。出産後は、胎盤が子宮の壁にしっかりとくっついてしまう(固着や癒着)ことで起こりやすくなります。胎盤の固着とは、胎盤が子宮の内側にくっついているものの、基本的には剥がすことができる状態を指します。一方、癒着とは胎盤が子宮の壁に深く入り込んでしまい、剥がすことが難しい状態を指します。特に不妊治療で妊娠した場合や、出産の際に胎盤を手で剥がす処置(用手剥離)が必要だった場合、出産時の出血が多かった場合などで発生しやすいことが分かっています。流産後の場合は、主に胎盤組織が完全に取り除けていないことが原因として考えられています。実際の臨床では、流産手術の際に超音波で胎盤組織の残存がないことを確認することで、胎盤遺残の発生を減らすことができるという報告もあります。
胎盤遺残の前兆や初期症状について
最も多い症状は出血です。通常の出産後は2-3週間程度で出血が落ち着いてきますが、胎盤遺残がある場合はそれより長く続いたり、突然大量の出血が起こったりすることがあります。時には輸血が必要になるほどの大量出血となることもあります。また、38度以上の熱が出たり、下腹部が持続的に痛くなったりすることもあります。妊娠検査薬が陽性のままで、月経(生理)が戻るのが遅くなることも特徴的です。これは、残った胎盤組織から妊娠ホルモン(hCG)が出続けているためです。一方で、全く症状がなく、定期検査で偶然見つかることもあります。多くの場合、出産や流産の直後ではなく、数週間から数か月経ってから発見されることが特徴です。これは、出産直後は血のかたまりなども多く、超音波検査での判断が難しいことや、胎盤遺残に特徴的な血流パターンが時間とともに形成されてくることが理由とされています。
胎盤遺残の検査・診断
診断の中心となるのは経腟超音波検査です。これは腟から細い棒状の超音波装置を入れて検査を行うもので、おなかの上から行う通常の超音波検査よりも子宮の中の様子をはっきりと観察することができます。特に重要なのが、血液の流れを見ることができるカラー超音波検査です。検査では、子宮の中に残った胎盤組織が白く光って見え、そこにどのくらい血液が流れているかを調べます。血液の流れの程度によって4段階(タイプ0-3)に分類され、血液の流れがない状態をタイプ0、とても多い状態をタイプ3と呼びます。
胎盤遺残の治療
治療方法は、出血の程度、血液の流れの量、残った胎盤の大きさによって異なります。治療の選択肢には以下のようなものがあります。
様子を見る方法(待機療法)は、出血が少なく、超音波検査で血流があまり見られない場合に選択されます。時間とともに自然に排出されることを期待する方法です。
子宮の中の組織を掻き出す手術(子宮内容除去術)は、従来から行われている方法ですが、血流が多い場合は大量出血のリスクがあるため、慎重な判断が必要です。
子宮鏡下手術は、細い内視鏡を使って子宮の中を直接見ながら残った組織を取り除く方法で、より安全で確実な治療が可能です。
血管を詰める治療(動脈塞栓術)は、大量出血のリスクが高い場合や、実際に大量出血が起きている場合に選択されます。足の付け根から細い管を入れ、出血している血管を詰める治療です。
胎盤遺残になりやすい人・予防の方法
不妊治療によって妊娠した方は、胎盤遺残が起こりやすいことが分かっています。特に、出産の際に胎盤を手で剥がす必要があった方や、出血が多かった方は注意が必要です。妊娠中から定期的な検査で胎盤の位置や状態を確認し、必要に応じて専門医に相談することが大切です。また、出産時には胎盤がきちんと剥がれているか、欠損がないかを医療者が注意深く確認します。流産手術を行う際には、超音波で胎盤組織が残っていないことを確実に確認することが予防につながります。出産後や流産後は、異常な出血や発熱などの症状があれば、すぐに医療機関を受診することが重要です。早期発見・早期治療により、深刻な合併症を防ぐことができます。予防と早期発見のためには、妊娠中からの定期的な検診と、出産後の慎重な経過観察が重要となります。
関連する病気
- 産後出血
- 子宮内感染
- 癒着胎盤
参考文献
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- Wada Y, et al. Expectant management of retained products of conception following abortion: A retrospective cohort study. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol 2021; 260: 1-5
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